EP 3
気弱な剣士の模擬戦と、無自覚すぎる口説き文句〜「あなたを傷つけたくないんです」〜
絶品のステーキ丼(と、なぜか始まったキャルルさんとリーザさんの女の戦い)を終えた後、僕は村長であるキャルルさんの案内で、ポポロ村の自警団詰所へとやってきた。
村で農業を営みながら暮らすには、まず自警団への挨拶と登録が必要らしい。
「マンミアー! いるー?」
「これはキャルル様。いかがなさいましたか?」
キャルルさんの声に応じて奥から現れたのは、息を呑むほど凛々しい女性だった。
しかし、彼女の下半身は立派な馬の胴体になっている。
ケンタウロス種。強靭な脚力と馬力を誇る、誇り高き戦士の種族だ。
彼女の腕には、厳いパイルバンカー式の盾と、分銅付きの太い鎖が装備されている。
「見てマンミア! 超大型新人を連れて来ちゃった♡ 私のナイト(予定)のユリウス君よ!」
「……は?」
キャルルさんが僕の腕にギュッと抱きつきながら宣言すると、マンミアと呼ばれたケンタウロスの女性は、ピクリと眉をひそめた。
「はじめまして。ユリウス・レオパルドと申します。あの、ナイトというのは村長さんの冗談でして、僕はただ農業がしたくて……」
僕が愛想笑いを浮かべてお辞儀をすると、マンミアさんは鋭い眼光で僕を上から下まで値踏みするように見つめてきた。
「(……む? なんだこの男は。ただへらへらと笑っているように見えて、重心が全くブレていない。しかも、あの手の平の分厚いマメ……相当な剣の修練を積んでいる証拠だ。できる……!)」
マンミアさんが、ゴクリと喉を鳴らす。
なんだろう、すごく睨まれている。もしかして、よそ者は歓迎されない村だったりするんだろうか。
「……キャルル様。彼がただ者ではないことは、一目でわかりました。ですが、このポポロ村は三国が交差する重要な緩衝地帯。得体の知れない者を、そう簡単に村に招き入れるわけにはいきません」
「えー? いいじゃない、私が保証するわよ?」
「そういうわけには! ……ユリウスとやら。実際に戦ってみないことには、お前の実力も腹の底も信用できん。私と模擬戦をしろ!」
「ひぃっ!?」
いきなりの戦闘要請に、僕はビクッと肩を跳ねさせた。
「む、無理ですよ! 僕、そういう争い事とか一番苦手で……っ」
「問答無用! 表の訓練場に出ろ!」
言い出したら聞かないタイプのマンミアさんに引きずられるようにして、僕は詰所裏の広場へと連行されてしまった。
ギャラリーとして、キャルルさんとリーザさんもワクワクした顔で付いてきている。
「木剣を持て。私に一撃でも入れることができれば、合格としてやろう」
「えええ……」
渡された木剣を、僕はしぶしぶ構えた。
相手は元騎士団長クラスのケンタウロス。本気で突っ込んできたら、大怪我じゃ済まないぞ。絶対に避けなきゃ。
「行くぞ……ハァッ!」
ドドォン!と蹄が地面を爆砕する音が響いた。
ケンタウロス種の脚力を最大限に活かした、超高速のチャージタックル。
さらに、彼女の腕から放たれた分銅鎖『メビウス』が、僕の退路を塞ぐように唸りを上げて飛んでくる。
「(ひぃぃぃっ! こわいこわいこわい!)」
僕は涙目になりながら、父上の地獄のしごきで染み付いたステップを踏んだ。
ヒュッ、ブンッ!
顔面すれすれを飛び交う分銅鎖を、首を僅かに傾けて躱す。
次いで迫り来る巨体の体当たりを、足元の土を滑るようにして半歩だけ横にスライドし、完全に無効化した。
「なっ……!? 私のチャージタックルを、紙一重で……!?」
驚愕するマンミアさんだが、すぐさま反転し、今度は盾に仕込まれたパイルバンカーを突き出してきた。
空を裂く恐ろしい刺突攻撃。
しかし、これも父上の『本気の殺意マシマシ神速三段突き』に比べれば、軌道が素直すぎてスローモーションのように見えてしまう。
僕は木剣を盾のように使い、パイルバンカーの軌道をツルリと受け流す。
「くっ! ならばこれならどうだ!」
マンミアさんは怒涛の連続攻撃を仕掛けてくる。
右から、左から、上から。
僕はただひたすらに、恐怖のあまり「ひぃっ」「あわわっ」と情けない声を上げながら、そのすべての攻撃を最小限の動きで躱し、受け流し続けた。
反撃なんてとんでもない。木剣とはいえ、まともに当てたら彼女に怪我をさせてしまう。
五分後。
「はぁっ……はぁっ……!」
完全に息が上がり、肩で息をするマンミアさんが、ついに動きを止めた。
対する僕は、息一つ乱れていない。(精神的には寿命が縮むほどビビり散らしているが)
「くっ! 何故だ! 何故攻撃しない!」
マンミアさんが、悔しそうに怒鳴り声を上げた。
「貴様ほどの腕があれば、私が攻撃を外して体勢を崩した瞬間、いつでも私に一太刀浴びせられただろう! 私を、愚弄しているのかッ!」
彼女の悲痛な叫びに、僕は慌てて首を横に振った。
「違います! そんなつもりは全くありません!」
「ならば、何故剣を振らん!」
僕は木剣を下ろし、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめ返して、心からの本音を口にした。
「……僕は、あなたに傷ついてほしくないんです」
「――――え?」
マンミアさんの動きが、ピタリと固まった。
「模擬戦とはいえ、痛い思いをするのは嫌ですよね。あなたは村を守る立派な自警団長さんなんですし、こんなところで怪我をさせるわけにはいきませんから」
僕は本気で心配してそう言った。
すると、マンミアさんの顔が、みるみるうちに沸騰したように真っ赤に染まっていく。
「(あ、あ、あなたに傷ついてほしくない……!?)」
ドキンッ、と。
マンミアさんの胸の中で、大きな鐘が鳴り響いた音がした(気がした)。
「(私の、体を心配して……っ! こ、こんな台詞、今まで誰にも言われたことがない! い、いや、私は村を守る戦士であって、決して二十五歳で恋人がいたことがないことを焦っているただの女では……っ!)」
マンミアさんはわなわなと震えながら、両手で顔を覆った。
「くっ……くっ殺せ!」
「えっ!? 殺しませんよ!?」
「ち、違う! 今のナシ! ああもう、私の負けだぁぁぁっ!」
真っ赤になったマンミアさんは、そのまま逃げるように詰所の中へと駆け込んでいってしまった。
残された僕は、ポカンと立ち尽くす。
「なんだったんだろう……怒らせちゃったかな?」
「ユリウス君って、本当に天然のタラシよね……。ますます目が離せないわ」
「ユリウス様! あんな馬女より、私にご飯を作ってくださいませ!」
呆れ顔のキャルルさんと、すっかり懐いたリーザさんが駆け寄ってくる。
ともあれ、マンミアさん(自警団)の許可も得られたということで、僕は無事にポポロ村の住人として迎え入れられることになった。
案内されたのは『ポポロコーポ』という木造三階建ての独身アパートだ。
僕の部屋は、男子寮の『A301』号室。
「ふぅ……。色々とあったけど、ようやく一息つけるな」
荷物を置き、僕は大きく伸びをした。
長かった一日。追放からのドタバタで、すっかり汗をかいてしまった。
まずは、部屋についているお風呂に入ってさっぱりしよう。
僕は鼻歌を歌いながら、脱衣所で服を脱ぎ、浴室の扉をガラリと開けた。
「……え?」
そこには、なぜか浴室の隅に原木を並べ、せっせと『椎茸』の栽培をしている芋ジャージの少女――リーザさんの姿があった。
「あ、ユリウス様。おかえりなさいませ。お風呂、まだ沸かしてないですわよ?」
「……な、何をしてるんですか?」
僕は自分の目を疑いながら、静かにツッコミを入れたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「ひたすら避けるだけの無自覚煽りからの、天然口説き文句!」
「マンミアさん(25歳・彼氏いない歴=年齢)の乙女回路がショートww」
「そして最後に現れる不法侵入アイドル……」
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次回、「ポポロコーポの怪異(リーザのサバイバル力)」。
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