EP 5
詐欺師の誤算〜カモにしたのは天然の偽金造幣局でした〜
極貧アイドル・リーザに『開運!創世神聖壺』を売りつけ、トイチの違法ローン契約を結ばせることに成功した脱走奴隷の詐欺師、火原 元。
「ギャハハハッ! あんな頭の悪そうな小娘、少し適当なことを言っただけでコロッと騙されやがった! この村は本当にチョロいカモだらけだぜ!」
ポポロ村の路地裏で、火原は下劣な笑い声を上げていた。
彼のユニークスキル【コピー】で生み出された壺は、外見だけは一丁前だが、中身はスッカスカ。原価ゼロのゴミである。それを金貨五十枚もの大金で売りつけられたのだから、笑いが止まらないのも無理はない。
「さて、次はどんなカモが歩いてくるかなぁ。……ん?」
白装束を整え、再び怪しげな霊能者のポーズを作っていた火原の目に、一人の少女の姿が飛び込んできた。
それは、村の大通りをふんわりとした足取りで歩いてくる、絶世の美少女だった。
透き通るような白銀の髪に、エメラルドの瞳。
フリルとレースがたっぷりとあしらわれた、明らかに田舎の村には不釣り合いな『超高級なお嬢様ドレス』。
そして、その顔に浮かんでいるのは、この世の悪意など一切知らないと言わんばかりの、純真無垢で天然な笑顔。
「(……オイオイオイ! なんだあの特大の金ヅルは!)」
火原の詐欺師レーダーが、これ以上ないほどの激しいアラートを鳴らした。
「(あのドレス、そこら辺の貴族よりずっと上等な生地だぞ。それにあのポヤッとした顔……絶対に世間知らずの箱入り娘だ! ちょいと脅して不安を煽れば、いくらでも金を引っ張り出せるに違いねえ!)」
火原はニヤリとゲスい笑みを浮かべ、標的――ルナ・シンフォニアの前へと歩み出た。
「そこのお嬢様。……お待ちください」
「あら? 私ですか?」
突然声をかけられたルナが、コトンと小首を傾げて立ち止まる。
「ええ。私には見えます。……あなた、とても高貴な星の下に生まれていますが、現在、ひどい『方向音痴の悪霊』に憑りつかれていますね?」
「まぁっ!」
ルナがエメラルドの瞳をパチクリとさせた。
火原は心の中でガッツポーズをした。「村で迷子になっているよそ者」という設定で適当にカマをかけただけだが、見事に命中したらしい。
「す、すごいですわ! 私、キャルルちゃんたちのお家から、少しお散歩に出ただけなのですけれど……気がついたら見たこともない路地裏にいて、困っていたのです。あなた、すごい霊能者さんなのですね!」
「ヒヒッ……(チョロい! チョロすぎるぜこのエルフ!)」
火原は咳払いをして、厳かな声を作った。
「私の霊視によれば、その悪霊を祓わなければ、あなたは一生この村から出られず、同じ道をグルグルと回り続けることになります」
「ええっ!? それは困りますわ。私、ルナミス帝国にも美味しいパフェを食べに行きたいですし……どうすればよろしいの?」
「安心なさい。神はあなたを見捨ててはいない。……これを見なさい」
火原は、恭しく桐箱を開け、本日二つ目の『開運!創世神聖壺(粗悪コピー品)』を取り出した。
「こ、これは……?」
「これは、古代の神々が愛用した『神聖なる浄化の壺』です。この壺を持ち歩けば、悪霊は浄化され、あなたは二度と迷子になることはありません」
火原の嘘八百のセールストークを聞きながら、ルナは壺をまじまじと見つめた。
そして、ふんわりと微笑んだ。
「まぁ……。外見はとても立派ですけれど、中身はスッカスカの石の粉ですわね」
「!?!?!?」
火原の心臓が、ドクンと跳ね上がった。
「(な、なんで一瞬で素材を見抜きやがった!? こいつ、ただのアホ令嬢じゃないのか!?)」
「でも、わかりますわ」
焦る火原をよそに、ルナは両手を胸の前で合わせ、慈愛に満ちた瞳で火原を見つめた。
「あなた、とってもお金に困っているのですね?」
「へ……?」
「そのお洋服(白装束)、ところどころほつれていますし、首元には辛い火傷の跡がありますもの。きっと、生活が苦しくて、石の粉を一生懸命に固めて壺を作り、こうして売り歩いているのですね……」
ルナのエメラルドの瞳から、ポロリと美しい涙がこぼれ落ちた。
あまりにも斜め上の同情である。
詐欺を見抜いた上で、「貧しくてニセモノを作って売っている可哀想な人」として、純度百パーセントの善意で哀れみ始めたのだ。
「うぅ……私、胸が痛いですわ。あなたのような苦労している方がいるなんて」
「あ、いや……その……」
「わかりましたわ! 私、この壺を買わせていただきます! これで、美味しいご飯をいっぱい食べてくださいな!」
「(……えっ? 買うんかい!)」
火原の脳内は混乱を極めていたが、相手が金を払うと言うのなら断る理由はない。
「そ、そうですか! それはありがたい! 本来なら金貨五百枚ですが、特別に金貨百枚で――」
「あっ、ごめんなさい。私、今手持ちのお金がありませんの」
「(はぁ!? 冷やかしかよこのクソエルフ!)」
火原が舌打ちをしようとした、次の瞬間。
ルナは足元に転がっていた『拳大の石ころ』をヒョイと拾い上げた。
「ですが、お代はきちんとお支払いしますわね。えいっ♡」
ルナが石ころに触れ、魔法の杖を軽く振った。
カッ!と眩い光が弾け、石ころが瞬く間に『特大の純金塊』へと変貌を遂げたのだ。
金貨に換算すれば、優に五百枚(約五百万円)はくだらない重量と輝きである。
「はい、これでお釣りは結構ですわ。いっぱい食べて、元気になってくださいね♡」
「な、なんだと……ッ!?」
火原は、ルナから渡された黄金の塊を受け取り、そのずっしりとした重みと、本物の純金特有の輝きに息を呑んだ。
「(……ほ、本物の純金だ! 石を金に変えるマジックか何かか!? いや、そんなことはどうでもいい! こいつ、金貨五百枚相当の金塊を、ポンと渡しやがった!)」
火原の拝金主義の脳髄が、歓喜で沸騰した。
相手が自分の詐欺に気づいていようがいまいが関係ない。手元にあるこの純金こそが全てだ。
「ヒッ、ヒヒヒッ! あ、ありがてえ! ありがたく頂戴しますぜ、お嬢様!」
「ええ。それでは私、壺を持って帰りますわね。……あ、村長さんのお家はどちらでしたかしら?」
「あっちの大通りを真っ直ぐ行って、突き当りの一番デカい家ですぜ!」
「ありがとうございます♡ では、ごきげんよう!」
ルナは、粗悪なコピー品の壺を抱え、ニコニコと上機嫌で歩き去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、火原は手元の金塊に頬ずりをして、狂ったように高笑いを上げた。
「ギャハハハハッ!! なんだあのエルフ! 詐欺だとわかってて金を払うなんて、世界一の大マヌケじゃねえか! しかも金貨五百枚分の純金! これで俺は大富豪だぁぁぁっ!!」
火原の笑い声が、ポポロ村の路地裏に響き渡る。
彼は完全に有頂天になっていた。
この金があれば、もうチマチマと壺なんて売る必要はない。隣町の高級キャバクラで豪遊して、美味い酒を飲んで、最高の女を抱くのだ。
――しかし。
哀れな小悪党は、知る由もなかった。
彼女、ルナ・シンフォニアの放つ錬金魔法には、『三日でただの石ころに戻る』という、この世の金融システムを崩壊させる致命的な詐欺仕様(コンプラ違反)が備わっているということを。
数日後、この偽造通貨を握りしめて隣町で豪遊した火原が、支払いの瞬間に地獄の底へと叩き落とされる運命は、すでに確定していたのである。
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