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追放された気弱な氷魔法剣士、辺境で農業無双~絶対零度と極上野菜で、なぜか神々や最強女子たちから溺愛されています~  作者: 月神世一


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EP 4

オカン農夫の新聞紙ハリセン(説教部屋)〜「楽して稼げるうまい話なんてないんです!」〜

 その日の夕方。

 僕は、畑で採れたての『月見大根』と『太陽芋』を抱え、村長宅――通称、ポポロ村のシェアハウスへと足を運んでいた。

「キャルルさん、野菜のお裾分けに――」

 ガチャリ、と玄関の扉を開け、リビングへと足を踏み入れた僕は、思わず言葉を失い、立ち止まった。

 薄暗いリビング。

 なぜか部屋の照明は落とされており、テーブルの上に置かれた小さな魔導ランプだけが、ぼんやりと周囲を照らしている。

 そのランプの光に照らされながら、芋ジャージ姿の少女――リーザさんが、一心不乱に『何か』を磨いていた。

「スパチャ来い……スパチャ来い……石油王さん、カンバック……金貨、銀貨、札束……フフフッ……」

 手にした布で、立派な桐箱の上に置かれた『壺』を撫で回しながら、ブツブツと呪文のような言葉を呟いている。

 死んだ魚のような目は血走り、口元には不気味な笑みが浮かんでいた。

 完全に、何らかのヤバい儀式(黒魔術)の最中である。

「(……見なかったことにしよう)」

 僕は静かに扉を閉め、回れ右をして帰ろうとした。

 しかし、僕の気配に気がついたリーザさんが、ガバッとこちらを振り向いた。

「あっ! ユリウス様! 見てくださいませ、この神々しい輝きを!」

「……ええっと、リーザさん。何やってるんですか、その壺は?」

 逃げ遅れた僕は、諦めてリビングの照明のスイッチを入れた。

 パッと部屋が明るくなり、怪しげな儀式の雰囲気が霧散する。

「フフン! よくぞ聞いてくれましたわ! これは『開運!創世神聖壺』ですの! これを磨いて祈りを捧げれば、負のカルマが浄化されて、失われた石油王さんからの赤スパが滝のように降り注ぐという、奇跡のアイテムですわ!」

「……開運の、壺?」

「ええ! 今日、村の裏通りで高名な霊能者の方から譲っていただいたんですの。本来なら金貨五百枚のところを、私のアイドルとしての素質を見抜いて、特別に金貨五十枚にしてくれましたのよ!」

 得意げに胸を張るリーザさん。

 僕は、抱えていた野菜をテーブルに置き、その『神聖壺』とやらをじっと見つめた。

 ……おかしい。

 見た目こそ立派なアンティーク風だが、僕の目には、それがただの『粗悪なゴミ』にしか見えなかったのだ。

 僕は伊達に【豊穣の神】のスキルを持って、毎日土と触れ合っているわけではない。物質の成分や、内包されている魔力の質を見抜くことくらい、造作もないことだ。

 僕が壺の表面を指先でコンコンと叩くと、非常に軽く、スカスカな音が響いた。

「……リーザさん」

「はいっ! 何かご利益のオーラが見えますの!?」

「これ、ただの粗悪なコピー品(パチモノ)ですよ」

「…………はい?」

 リーザさんが、ポカンと口を開けた。

「魔力の痕跡もほとんどないし、素材も中身がスッカスカの石の粉を無理やり固めただけの代物です。……たぶん、あと三ヶ月もすれば、勝手にヒビが入って砂になって崩れますよ」

「えっ……ウ、ウソですわよね? だって、霊能者の方が……!」

「霊能者じゃなくて、ただの詐欺師です。完全に騙されてますね」

 僕がキッパリと断言すると、リーザさんの顔からスゥッと血の気が引いていった。

「さ、詐欺……!? 私の、神聖壺が……? パチモノ……?」

「はい。市場価値は、おそらく銅貨一枚(百円)の価値もありません。……ちなみに、金貨五十枚はどうやって払ったんですか?」

「そ、それは……私、銅貨三枚しか持っていなかったので……『トイチのローン』を組んで……」

「トイチ!?」

 僕は思わず大声を上げてしまった。

 十日で一割の利息。地球のヤミ金も真っ青の暴利ではないか。

 そんなもの、月収数千円の極貧アイドルに返せるわけがない。放置すれば、あっという間に借金が雪だるま式に膨れ上がり、臓器を売るかマグローザ漁船に乗るしかなくなる。

「…………リーザさん」

 僕の全身から、スゥッと冷たい気配が立ち昇った。

 絶対零度の闘気ではない。

 前世で、駄目な子供を叱るオカン(母親)が放っていた、あの『怒りのオーラ』である。

「ひっ……! ユ、ユリウス様……? なんだか、目が笑ってないですわ……」

 僕はテーブルの上にあった、キャルルさんが購読している『ルナミス新聞』を手に取った。

 そして、それをクルクルと細長く丸め、ガムテープで端を固定し、即席の『新聞紙ハリセン』を完成させた。

「そこに、正座してください」

「えっ? あの、ユリウス様……?」

「正座」

 僕の低く静かな声に、リーザさんはヒィッと悲鳴を上げ、芋ジャージの膝を曲げて床にペタンと正座した。

 僕は丸めた新聞紙を振り上げ、リーザさんの頭を――。

 ポカッ!

「あいたっ!?」

「何度言ったらわかるんですか! 世の中に、楽して稼げるうまい話なんてないんです!!」

 ポカポカッ!

「ひゃうっ! 痛いですわ! 痛い!」

「だいたい、壺を買って開運するなら、世の中みんな大富豪になってます! 地道に畑を耕すか、真面目に配信で歌って少しずつファンを増やすしか、お金を稼ぐ方法はないんですよ!」

 ポカッ!

「うぅぅ……! だって、だってぇ……石油王さんがいなくなって、私、半額もやしすら買えなくて……お腹が空いてて、藁にもすがる思いだったんですのぉぉっ!」

「だからといって、トイチの借金をしてどうするんですか! お金がなくてお腹が空いてるなら、僕のところにご飯を食べにおいでって、いつも言ってるじゃないですか!」

 ポカポカポカッ!

「ふぇぇぇぇんっ! ごめんなさいぃぃっ! 私がバカでしたわぁぁぁっ!」

 リーザさんは頭を抱え、大粒の涙をポロポロとこぼしながら号泣し始めた。

 圧倒的な魔力と、超音速の暗殺兵器を両断する神域の剣技を持つ男が。

 新聞紙のハリセンで、泣きじゃくる極貧アイドルの頭をポカポカと叩きながら、お小言を言っている。

 その光景は、もはや完全に『出来の悪い娘を叱るオカン』のそれであった。

「あらあら。ユリウス様とリーザちゃん、とっても仲良しですのね♡」

 奥の部屋から、フリフリのお嬢様ドレスを着たルナさんが、ふわふわと歩いてきた。

 彼女は僕が説教している光景を見て、楽しそうに微笑んでいる。

「ルナさん、これは仲良しでやってるわけじゃないんですよ。リーザさんが詐欺に引っかかって、とんでもない借金を背負ってしまったんです」

「まぁ、詐欺? お金を騙し取られてしまったのですか?」

「ええ。その辺の石の粉で作ったゴミ壺を、金貨五十枚で買わされたんです」

 僕がため息をつきながら言うと、ルナさんはコトンと小首を傾げた。

「石の粉を、金貨五十枚に……。まぁ、その詐欺師さん、とっても錬金術がお上手なのですね! 私も、石を金貨に変えるのは得意ですけれど、壺の形にするのは少し難しそうですわ」

「(いや、感心するところそこじゃないです。それに、ルナさんの錬金術も別の意味でコンプラ違反ですからね)」

 僕は心の中でツッコミを入れつつ、泣き疲れて床に突っ伏しているリーザさんの背中を軽くポンと叩いた。

「……痛かったですか?」

「ぐすっ……心に、しみましたわ……。ユリウス様の愛の鞭(新聞紙)、ちゃんと受け止めましたの……」

「わかればいいんです。借金の件は、僕も自警団のマンミアさんに相談して、その詐欺師を探すのを手伝いますから。もう、あんな怪しい壺に頼ろうとしちゃダメですよ」

「ユ、ユリウス様ぁぁぁっ……! 一生ついていきますわぁぁぁっ!」

 リーザさんが、鼻水を垂らしながら僕の足にすがりついてきた。

 僕は苦笑しながら、彼女の頭を撫でてやった。

 本当に、手のかかる妹(あるいはペット)のような人だ。

 ――しかし。

 この時の僕たちは、全く気づいていなかった。

 この『開運壺詐欺』を仕掛けた小悪党(火原)が。

 今まさに、村の中を散歩に出かけようとしている『歩くコンプラ違反兵器(ルナ)』に目をつけ、自らの人生を完全崩壊させる地獄への片道切符を手に入れようとしていることに。

 気弱な農夫の知らないところで、役者は完全に揃い、詐欺師の破滅へのカウントダウンが静かに始まろうとしていたのである。

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