EP 3
騙されやすい人魚と、トイチの霊感壺〜「これがあれば、石油王のスパチャが戻ってきますの!?」〜
ポポロ村の裏通り。
人通りの少ない路地の片隅に、胡散臭い白装束に身を包んだ一人の男が立っていた。
日焼けした浅黒い肌に、薄くなった頭髪。首元には、かつて奴隷として酷使されていたことを示す『魔導爆破首輪』の痛々しい火傷跡が残っている。
「ヒヒッ……。この村は田舎だが、金回りが良さそうな連中が多いな。こいつはいいカモがネギ背負って歩いてるようなもんだぜ」
男の名前は、火原 元。
地球からの転生者であり、懲役四百年の強制労働から逃げ出した脱走奴隷。そして、犯罪組織『ナンバーズ』の下請けとして詐欺を働く小悪党である。
前世で土木作業員だった彼は、アナスタシア世界に転生した際、ユニークスキル【コピー】を与えられた。
「これで俺もチートで大富豪だ!」と歓喜した彼は、高級な武器や防具をコピーして闇市で売りさばき、荒稼ぎをした。
しかし、彼のスキルには致命的な欠陥があった。
彼の頭が絶望的に悪かったため、武器の『分子構造』や『素材の成分』を理解できず、出力されるコピー品はすべて『中身がスッカスカの粗悪なパチモノ』になってしまったのだ。
結果。彼が売った武器は実戦で次々とポッキリ折れ、大勢の冒険者が重傷を負った。
激怒した鍛冶師ギルドとルナミス警察庁による一斉摘発を受け、火原は金貨三十万枚(約三十億円)の損害賠償を背負わされ、極寒の魔晶石炭鉱へと送られるハメになったのである。
「チッ……。あのクソ警察どもめ。俺の才能を妬みやがって」
ナンバーズの幹部の手引きで炭鉱から脱走した現在も、火原は全く反省していなかった。
むしろ、自分のスキルを『安全な詐欺』に活用する悪知恵だけを働かせていた。
火原の足元には、古びた木箱が置かれ、その上に立派な桐箱に入った『壺』が鎮座している。
博物館に飾られているような神々しいオーラを放つその壺は、火原のスキルで生み出された『粗悪なコピー品』だ。
外見だけは本物そっくりだが、三ヶ月もすれば魔力保持の限界を迎え、勝手にヒビが入って砂になって崩れ去るという、時限式のパチモノである。
「さてと。今日のおめでたいカモはどこにいるかなぁ……っと」
火原が路地裏から目を光らせていると。
「……あぁ、石油王さん。どうして最近、私の配信に来てくれないんですの……。また、あの手羽先天使のところで赤スパを投げているんですの……?」
ブツブツと虚空に向けて怨嗟の言葉を呟きながら、フラフラと歩いてくる少女の姿があった。
ルナミスデパートのワゴンセールで買った色あせた『芋ジャージ』に、足元は健康サンダル。
目は死んだ魚のように濁り、口元からは極貧のオーラが漂い、手には「試食コーナー」でもらってきた爪楊枝とウインナーの切れ端を握りしめている。
極貧地下アイドル、リーザさんだ。
「(……ん? なんだあの貧乏くさい小娘は。……いや、待てよ?)」
火原の詐欺師としての直感が、ピクリと反応した。
ああいう『現状に絶望し、他力本願で一発逆転を狙っている人間』ほど、悪徳商法に引っかかりやすい最高のカモなのだ。
火原はニヤリとゲスい笑みを浮かべ、白装束の襟を正すと、リーザの前にスッと立ち塞がった。
「そこのお嬢さん。……あなた、ひどい『負のオーラ』に憑りつかれていますね?」
「……え?」
突然声をかけられたリーザが、虚ろな目を向ける。
「私には見える……。あなたの本来持っている素晴らしい『星の輝き』が、嫉妬深い悪霊によって曇らされているのが。そのせいで、最近……大切なお金回りや、贔屓にしてくれていたお客様が離れていってはいませんか?」
「!!」
火原の適当なコールドリーディング(誰にでも当てはまりそうなことを言って信用させる話術)が、リーザの心にクリティカルヒットした。
「そ、そうですの! 私の唯一の太客だった『石油王さん(スパチャの神)』が、同じ家に住む悪霊(月収二億のゴッドチューバー)に寝取られてしまったんですわ!」
「(よし、食いついたぜ!)」
火原は心の中でガッツポーズを決めつつ、表面上は高名な霊能者のように、深く厳かな声を作った。
「やはり。それは、あなた自身の努力が足りないからではありません。運気が、悪運に吸い取られているからです」
「私の、運気が……?」
「ええ。ですが、安心しなさい。神はあなたを見捨ててはいない。……これを見なさい」
火原は、恭しく桐箱を開け、中から『開運!創世神聖壺(粗悪コピー品)』を取り出した。
「こ、これは……?」
「これは、古代の神々が愛用したと言われる『神聖なる浄化の壺』です。この壺を部屋に飾り、毎日祈りを捧げるだけで、あなたの負のカルマは浄化され、失われた運気が滝のように流れ込んでくるのです」
「滝のように……!?」
「ええ。この壺を買ったある冒険者は、翌日にSSRの魔剣を引き当てました。またある商人は、大金脈を掘り当てました。……あなたのような美しいアイドルなら、スパチャが嵐のように降り注ぐことでしょう」
スパチャが、嵐のように。
その言葉を聞いた瞬間、リーザの目のハイライトがカッ!と復活し、ドルマーク(金貨の形)に変わった。
「そ、それがあれば……私にも、また石油王さんからの赤スパが……!? 半額もやし生活から抜け出せるんですの!?」
「間違いありません。特別に、あなたには神の導きがあります。本来なら金貨五百枚のところを、今日は特別に……金貨五十枚でお譲りしましょう」
金貨五十枚。約五十万円。
しかし、極貧のリーザにそんな大金があるはずもない。
「うぅっ……! ほ、欲しい! 喉から手が出るほど欲しいですわ! でも私、今月の所持金は……銅貨三枚(三百円)しかありませんの……っ!」
リーザが悔しそうに芋ジャージのポケットを裏返す。
火原は「チッ、本当に金持ってねえのかよ」と舌打ちしそうになったが、ここで逃がす手はない。
「おや、それは困りましたね。……しかし、あなたの熱意に免じて、私が特別に『ローン』を組んで差し上げましょう」
「ローン……ですか?」
「ええ。私の知り合いの金融業者を通せば、今すぐお金がなくても壺を持ち帰れます。利息は『十日で一割』。良心的でしょう?」
十日で一割の利息。
前世の地球なら完全なる違法金利(ヤミ金)であり、雪だるま式に借金が膨れ上がる破滅の契約だ。
だが、経済観念が崩壊している極貧人魚に、そんな計算ができるはずもなかった。
「壺の力でスパチャがドカンと入れば、そんな利息、一瞬で返せますよね?」
「はっ……! 確かに! スパチャさえくれば、利息なんて赤スパ一発でチャラですわ!」
火原の悪魔の囁きに、リーザは完全に洗脳されてしまった。
「か、買いますわ! その神聖壺、ローンで買わせていただきますの!!」
「ヒヒッ……素晴らしい決断だ。では、ここに血判を……」
数分後。
路地裏から、立派な桐箱を胸に抱きしめ、「これで石油王さんが戻ってきますわ〜♡ フフフッ」と不気味に笑いながら去っていく芋ジャージの少女の姿があった。
「ギャハハハッ! あんなただの石っころに化けるゴミを、金貨五十枚のトイチで買っていくとはな! まさにカモがネギ背負ってきやがったぜ!」
火原は、リーザの血判が押された借用書をピラピラと振り回し、下劣な笑い声を上げた。
「さてと。このアホな村には、まだまだチョロいカモがいそうだな。もっと稼がせてもらうとするか……ヒヒヒッ!」
自分の詐欺が完璧に成功したと信じ込み、有頂天になる火原 元。
しかし、彼がこの後、「絶対に詐欺を仕掛けてはいけない、天然の経済破壊兵器」をターゲットにしてしまい、人生最大の地獄を見る羽目になることを――この時の彼は、まだ知る由もなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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