EP 2
リアル貧乏神の擦り付け合いと、恐怖の女子会〜「お金がないなら、腎臓を売ればいいじゃない♡」〜
ポポロ村の中央に位置する、村長宅。
広々とした5LDKのリビングでは、現在、大画面の魔導モニターを前にして、三人の少女たちが血で血を洗う凄惨な盤上遊戯を繰り広げていた。
「あははははっ! ルナミス帝都の物件、全部買い占め完了ぉっ! そしてぇ! 私のターンの終わりに、一番近くにいるリーザちゃんに『貧乏神』をなすりつけちゃいまーすっ♡」
「ぎぃぃぃぃぃぃっ!? また私ですの!? どうして私は、現実でもゲームでも極貧に苦しまなければならないんですのぉぉっ!!」
月収二億円のトップ天使・キュララがコントローラーを片手に高笑いし、芋ジャージ姿の極貧人魚・リーザが血の涙を流しながら絶叫する。
彼女たちがプレイしているのは、大ヒットすごろく型ボードゲーム『梅太郎伝説DX(通称・梅鉄)』。
サイコロを振って大陸を鉄道で巡り、物件を買い占めて総資産を競うゲームなのだが、誰か一人が目的地に到着すると、一番遠くにいたプレイヤーに最悪のお邪魔キャラである『貧乏神』が憑りつくという、友情破壊の極悪仕様となっている。
「うぅぅ……貧乏神のせいで、私の持ち金がマイナスに……物件も全部叩き売られましたわ……!」
「あはは! ドンマイ貧乏魚ちゃん! 次もせいぜい頑張ってね!」
「おのれぇ……この恨み、晴らさでおくべきか……ッ! サイコロよ、デカい目を出せぇぇぇっ! ……出ましたわ! 特急カードを使って、キャルル様のマスに突撃ですの!!」
リーザがコントローラーを乱暴に操作し、画面内の自分のキャラクターを、ウサ耳村長・キャルルのキャラクターにピッタリと重ねた。
『なすりつけ! 貧乏神はキャルル社長に移動しました!』
画面に無慈悲なテロップが流れる。
「ちょっとおおおぉぉぉぉっ!! なんで私になすりつけるのよぉぉっ!?」
タローマンのオーバーオールを着たキャルルが、ウサギの耳を逆立ててブチギレた。
「私なんてねぇ! 現実でも前村長が資金を持ち逃げしたせいで、村の赤字補填と自警団の弾薬代で首が回らないのよ!? ゲームの中くらい、黒字でリッチな気分を味わわせなさいよぉぉっ!!」
「知りませんわ! 貧乏神はキュララになすりつけてくださいませ!」
「いやよ! 私の資産が減っちゃうじゃない!」
ギャーギャーと、貧乏神の擦り付け合いで醜い口論を始める三人。
月収二億の金持ちと、年収1500万(実質ゼロ)の村長と、年収数千円のド底辺アイドル。
資本主義の縮図のようなシェアハウスのリビングは、まさにカオスの様相を呈していた。
――トントン。
その時。
村長宅の立派な玄関のドアが、控えめに叩かれた。
「ん? 誰か来たみたいね。ユリウス君かしら?」
キャルルがゲームを一時停止し、ウサ耳をピクピクと動かして玄関へと向かう。
リーザとキュララも、お茶を飲みながらその背中を見送っていた。
ガチャリ、とドアが開く。
「はい、どちらさま――」
「ごきげんよう♡ キャルルちゃん、久しぶりですわね」
玄関の前に立っていたのは、フリフリのお嬢様ドレスに身を包んだ、透き通るような白銀の髪を持つエルフの美少女だった。
「キャルルちゃん、それにリーザちゃんとキュララちゃんも。私、みんなに会いたくて、ルナミス帝国からずっと歩いてきましたの!」
満面の、それはもう純度百パーセントの善意に満ちた、愛らしい笑顔。
しかし。
その顔を見た瞬間、キャルルの顔面から一瞬にして血の気が引き、真っ青になった。
奥のリビングで様子を伺っていたリーザとキュララも、持っていたマグカップを取り落としそうになるほど激しく動揺した。
「ひ、ひいいいいいいいっ!? ル、ルナぁぁぁっ!?」
「ス、スポンサーの登場ですわ……ッ!?」
「なんで!? なんで歩く天変地異がポポロ村にいるのよ!?」
三人の少女たちが、まるで『梅鉄の最悪の貧乏神(キング級)』が現実世界に顕現したかのような、絶望に満ちた悲鳴を上げた。
ルナ・シンフォニア。
エルフ族の次期女王候補にして、悪意ゼロの善意でインフラと市場経済を焼け野原にする、規格外のコンプラ違反兵器。
「まぁ、みんなそんなに喜んでくれるなんて。私、とっても嬉しいですわ♡」
ドン引きして後ずさる三人をよそに、ルナはニコニコと笑いながら、勝手に靴を脱いでリビングへと上がり込んできた。
「実はね、私、ずっと前からキャルルちゃんたちと一緒にシェアハウスで暮らしたいなぁって思っていたのです。だから、今日からここに住ませていただきますわね!」
「だ、だぁぁぁーっ! 断固拒否しますぅっ!!」
キャルルが両手で大きなバツ印を作って絶叫した。
「あんたが来たら、半時でこの家が灰になるわ! 前に『暖炉の火が弱いから』って精霊の火炎龍を呼んで、ルナミスの別荘を一つ消し炭にしたの忘れたの!?」
「あら? あの時は、リーザちゃんが『寒い』って震えていたから、少し温めてあげようと思っただけですのに……」
「出力調整がバグってんだよお前は!!」
普段は温厚なキャルルが、かつてないほどの激しいツッコミを入れる。
しかし、ルナは全く意に介さず、コトンと小首を傾げた。
「でも、村長さんのお仕事って大変なのでしょう? 村の財政が赤字だと、草木さんたちから聞きましたわ。もしお金に困っているのなら、私がお手伝いしますのに」
「えっ……お、お金? (ゴクリ……)ど、どうやって……?」
お金という単語に、村長のキャルルと、極貧のリーザがピクリと反応してしまう。
すると、ルナは両手をポンッと合わせ、天使のような笑顔でとんでもない提案を口にした。
「簡単ですわ! みんなの『腎臓』を売りましょう!」
「「「…………は?」」」
「私がすぐに『超回復魔法』で腎臓を再生して差し上げますから、売って、再生して、売ってを繰り返せば、無限に村の資金が潤いますわよ? 私、みんなのために頑張って回復しますね♡」
ピシリ、と。
リビングの空気が凍りついた。
臓器売買の無限ループ。
エルフの超位魔法を、倫理観の欠片もない闇ビジネスに全振りするという、吐き気を催すほどのコンプライアンス違反。
これを、一切の悪意なく『最高の人助け』だと信じて疑わない天然サイコパス。
それこそが、ルナ・シンフォニアという女の恐ろしさなのだ。
「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!! BAN対象! BAN対象ですわぁぁぁっ! ゴッドチューブの運営(天界)から一発でアカウント停止を食らう倫理違反ですのよぉぉぉっ!!」
キュララが頭を抱えて悲鳴を上げる。
「私、いくらお金が欲しくても、お腹切られるのは絶対に嫌ですわ!! 腎臓売るなら、この泥棒猫のものを売ってくださいませ!!」
リーザが、キュララの盾になるように背後に回り込み、ルナに向かってキュララを突き出した。
「違うでしょ! 私の内臓は超高級なんだから安売りなんてしないわよ! 腎臓売るなら、この暴力兎のものを売りなさいよ!」
「私無理無理絶対無理ぃぃぃっ! 村長が臓器売買の元締めになったら村が終わるわ! 腎臓売るなら、この寄生魚から取りなさいよぉぉっ!」
ゲームの中で『貧乏神』を擦り付け合っていた三人が。
今度は現実世界で、最強の『コンプラ違反兵器』のタゲを擦り付け合うという、地獄のような狂宴が始まった。
「まぁまぁ、みんな遠慮なさらないで。順番に全員分、綺麗に摘出して差し上げますから……♡」
ルナが杖を構え、無垢な笑顔で近づいてくる。
このままでは、ポポロ村の村長宅が、闇の臓器収穫プラントにされてしまう。
「ま、待ってルナ! お金なら間に合ってるから! だから、お願いだから自分の国に帰ってぇぇっ!」
キャルルが涙目で懇願する。
しかし、ルナは急に悲しそうな顔になり、エメラルドの瞳に大粒の涙を浮かべ始めた。
「うぅ……私、キャルルちゃんたちと一緒に暮らしたかったのに……。私がいると、ご迷惑ですか……? ぐすっ……」
「(ヤバい! ルナが泣いたら、世界樹がブチギレて村の植物が反乱を起こす!)」
エルフの涙は、世界樹の怒りの引き金だ。
三人がパニックに陥る中、ルナはスッと涙を拭い、持っていたハンドバッグから『何か』を取り出した。
「……でも、これを持ってきたら、リーザちゃんは一緒に住んでくれるって、草木さんから聞いたのですけれど」
ルナがテーブルの上に置いたのは。
世界樹の森から直送された、最高級の『神聖フルーツバスケット』だった。
魔力を帯びて淡く光る極上のリンゴ、滴るような果汁を秘めたブドウ、甘い香りを放つ特大の桃。それが山盛りにされている。
「あ…………ぁ…………ッ」
リーザの瞳から、理性の光がプツンと消え失せた。
「こんな高級な果物……私の半額もやし生活では、一生かかっても……ッ。じゅるり」
「こ、こらリーザ! 買収されるんじゃないわよ! そいつを入れたら家が……!」
「お入りなさいませ、ルナ様ぁぁぁぁぁっ!! 今日からここは貴女の家ですわぁぁぁぁっ!!(ガツガツガツッ!)」
リーザは一瞬にしてフルーツバスケットに飛びつき、ダイソンの吸引力で桃を丸呑みにしながら、ルナの入居を完全許可してしまった。
「まぁ! ありがとうリーザちゃん♡ これからよろしくね!」
「終わった……。私のシェアハウス(城)が、終わったわ……」
キャルルが膝から崩れ落ち、キュララが白目を剥いて天を仰ぐ。
こうして、気弱な農夫が知らないところで、ポポロ村のシェアハウスに最強の『歩く天変地異』が正式に居候することになってしまったのである。
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