第三章 『歩くコンプラ違反(エルフ)と、霊感壺売り詐欺師〜天然の偽金錬成術で、悪徳商法が完全崩壊しました〜』
迷子のエルフと、受け取れない純金(偽)〜「ご親切に♡ これは御礼の純金100kgですわ」〜
ポポロ村の昼下がり。
青く澄み渡った空の下、僕――ユリウス・レオパルドは、麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いた完全な農夫スタイルで、村の畑に立っていた。
「うん、今日もいい土の匂いだ。月見大根も、太陽芋も、みんな元気に育ってるな」
僕がユニークスキル【豊穣の神】の魔力を少しだけ込めてジョウロで水を撒くと、野菜たちが喜ぶように葉を揺らし、ツヤツヤと輝きを増していく。
帝国から無能だと追放され、辺境のポポロ村にやって来てから、どれくらいの月日が経っただろうか。
死蟲機の襲撃や、神様見習いへの強制任命など、色々と規格外のトラブルはあったけれど、基本的にはのどかで平和な日々を送れている。
村人たちは優しいし、ご飯は美味しい。
僕の居場所は、やっぱりこの土と共にあるんだと実感する。
「さーて、次はこの畝の草むしりでもするか……」
僕がしゃがみ込み、額の汗を拭った時だった。
「あら? ここはどこかしら……? また、道に迷ってしまいましたわ」
背後から、鈴を転がすような、とても甘く、そしてどこかのんびりとした可愛らしい声が聞こえてきた。
「え?」
振り返った僕は、思わず目を丸くした。
のどかな土と緑が広がるポポロ村の畑のど真ん中に、明らかにこの風景にそぐわない『超絶美少女』が立っていたのだ。
透き通るような白銀の長い髪が、そよ風に揺れている。
新緑を思わせるエメラルドの瞳。長く尖った耳は、彼女が『エルフ族』であることを示している。
そして何より目を引くのは、彼女の服装だ。
フリルとレースがふんだんにあしらわれた、高級感あふれる純白の『ふわふわ系お嬢様ドレス』。手には、神々しい魔力を放つ、立派な木製の杖を携えている。
まるで、童話の中から抜け出してきたお姫様そのものだ。
「(……す、すごい美人だ。でも、どうしてこんな田舎の畑に?)」
僕がポカンとしていると、彼女の足元で奇妙な現象が起きていることに気がついた。
彼女が歩くたびに、畑のあぜ道に生えている雑草たちが、自らスススッと道を空けているのだ。それどころか、近くの野花たちが「こっちだよ〜」「ルナ様〜♡」とでも言わんばかりに、彼女の方を向いて嬉しそうに花弁を揺らしている。
植物と対話し、植物から愛される種族。
エルフの中でも、特に高位の存在に違いない。
「あの、すいません。そこの農夫さん」
美少女エルフが、僕に気がついてふんわりと微笑みかけてきた。
その笑顔のあまりの破壊力に、僕は思わず麦わら帽子のツバを下げて目を逸らしてしまった。
「は、はい! なんでしょうか!」
「私、ルナ・シンフォニアと申します。実は、お友達の家を探しているのですけれど……どうやら、少し道に迷ってしまったみたいで」
「迷子、ですか?」
ルナと名乗ったお嬢様は、困ったように頬に手を当てた。
「ええ。真っ直ぐ歩いていたはずなのですけれど、気がついたら知らない森を三つほど抜けて、ここに辿り着いてしまいましたの。……私、少しだけ方向音痴なところがあるみたいで」
「(少しだけ……? 知らない森を三つも……?)」
それは方向音痴というレベルを超越している気がするが、ツッコミを入れるのはやめておいた。
「それで、ルナさんはどなたの家を探しているんですか? この村の住人なら、大体わかりますけど」
「本当ですか? ありがとうございます。私が探しているのは、キャルルちゃん……ウサギの耳の、可愛い女の子なのですけれど。それから、リーザちゃんというお魚の女の子も一緒にいるはずですわ」
キャルルさんとリーザさん。
その名前を聞いて、僕は合点がいった。
「ああ、キャルル村長と、居候のリーザさんですね。お知り合いでしたか」
「はいっ! ルナミス帝国にいた頃からのお友達なのです。彼女たちがこのポポロ村にいると植物さんたちから聞いて、一緒に住みたいなと思って遊びに来ましたの!」
「なるほど。キャルルさんたちなら、この道を真っ直ぐ行って、広場の先にある一番大きな家……村長宅にいますよ」
「まぁ! すぐそこでしたのね! 教えてくださって、本当にありがとうございます!」
ルナさんはパァッと顔を輝かせ、丁寧にお辞儀をした。
本当に、絵に描いたような深窓の令嬢といった感じだ。悪意の欠片も見当たらない、純度百パーセントの善意と天然で構成されているような女の子。
「いえいえ、大したことじゃありませんから。お気をつけて」
僕が軽く手を振って農作業に戻ろうとした、その時だった。
「あっ、お待ちになって!」
「え?」
「親切にしていただいたのに、お礼をしないわけにはいきませんわ」
ルナさんが、杖を持たない方の手を空中に差し出した。
すると、彼女の白魚のような手のひらの上に、凄まじい密度の魔力が集束し始めた。
カッ!!
眩い黄金の光が弾け、次の瞬間。
ゴトォォォォンッ!!!!
僕の目の前の畑に、地響きを立てて『巨大な黄金の塊』が落着した。
それは、大人の胴体ほどもある、紛れもない『純金のインゴット』だった。
「これ、私からのお礼ですわ♡ 純金100kgですけれど、美味しいものでも食べてくださいな」
「……………………は?」
僕は、目の前の畑にめり込んだ黄金のインゴットと、ニコニコと微笑むルナさんを交互に見比べた。
純金、100kg。
金貨に換算すれば、一生遊んで暮らしても使い切れないほどの天文学的な金額だ。それを、「道を教えたお礼」として、コンビニでガムをあげるような感覚で差し出してきたのだ。
「え、え、ええええええっ!?」
僕の小市民アラートが、脳内で最大音量のサイレンを鳴らし始めた。
「む、無理です! こんなの受け取れません!」
「あら? 遠慮なさらないで。私、お金には困っていませんから」
「そういう問題じゃないです! 純金100kgなんていきなり貰ったら、ルナミス帝国の税務署が飛んできます! 贈与税が大変なことになりますし、資産隠しを疑われて僕が地下労働施設に送られちゃいます!」
僕は首をブンブンと激しく横に振って、全力でインゴットを拒否した。
前世の日本人としての記憶が「絶対に受け取ってはいけないヤバい金だ」と警告しているのだ。
そもそも、このインゴット。彼女の錬金魔法で生み出されたものだとしたら、何か裏があるかもしれない(※事実、彼女の錬金術は『3日でただの石ころに戻る』という致命的な詐欺仕様なのだが、この時の僕は知る由もなかった)。
「まぁ……農夫さん、とても欲がない立派な方なのですね。わかりましたわ。では、この純金は私が持っておきますね」
ルナさんは不思議そうに首を傾げながら、純金100kgのインゴットを指先一つでヒョイッと持ち上げ(エルフの筋力どうなってるんだ)、どこからともなく取り出した可愛らしいハンドバッグの中に無造作に放り込んだ。
「では、私はキャルルちゃんたちのところへ向かいますわ。農夫さん、またお会いしましょうね♡」
「は、はい……さようなら……」
ふわふわと手を振りながら、あぜ道を歩いていくルナさんの背中を見送る。
歩くたびに雑草が道を空けるモーゼの十戒のような光景を眺めながら、僕は額に浮かんだ冷や汗をタオルで拭った。
「(……なんだったんだ、あの人。すごくいい人そうだったけど……関わると、経済的な意味で命が危ない気がする)」
気弱な農夫の直感は正しかった。
この『歩くコンプラ違反』とも言うべき天然の災害エルフが、ポポロ村のシェアハウス、ひいてはこの村に潜り込んできた悪党の運命を大きく狂わせていくことになろうとは。
僕は深くため息をつきながら、再び月見大根の草むしりへと戻るのだった。
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