EP 8
月影流・顎砕きと、絶対零度の一刀両断〜極上のカニ肉を傷つけないための神域の剣技〜
上空では、依然としてポップで壮大なBGMが鳴り響き、金髪のトップゴッドチューバーがキラキラと光の粒子を振り撒きながらクルクルと回っている。
「右腕のガントレット、装着完了! 次は可愛い背中のリボンよっ♡ みんな、スクショの準備はいい!?」
「早くしなさいよぉぉぉっ!! もう敵が目の前まで来てますわよぉっ!!」
キュララさんの気の抜けるような実況と、リーザさんの血を吐くようなツッコミが交差する中。
地上では、いよいよ本物の『死』が僕の喉元へと迫っていた。
『ギジィィィィッ!!』
死蟷螂機が、背部のスラスターを全開にして爆発的な加速を見せる。
ドンッ!と空気が弾ける音が響いた。音速を超えたのだ。
両腕に装備された高周波ブレードの鎌が、空間そのものを歪ませながら、僕の首を刈り取らんと迫り来る。
「(速い……! でも、視える!)」
僕は父上から叩き込まれた剣術の型に従い、氷のロングソードを構え、迎撃の踏み込みを行おうとした。
だが、その時。
「ユリウス君! 合わせるよっ!!」
僕の横から、ウサギの耳をピンと立てた小柄な影が、弾丸のような速度で飛び出した。
村長のキャルルさんだ。
「私の村と! 私の大切な(未来の)旦那様に、手を出さないでぇぇっ!」
キャルルさんは、死蟷螂機の超音速の突進を真っ向から迎え撃つように地を蹴った。
彼女の足元――タローマン製の特注安全靴に、凄まじい密度の闘気が集中していく。
ウサギの獣人特有の、大地を砕くほどの異常な脚力。それに武術の技が上乗せされる。
「――『月影流・顎砕き』ッ!!」
キャルルさんの体が、コマのように鋭く回転した。
放たれたのは、下から上へとカチ上げる、神速のサマーソルトキック。
その一撃は、死蟷螂機が鎌を振り下ろすよりもわずかに早く、緑色の悪魔の顎(フレームの下部)に完璧なタイミングでクリーンヒットした。
ガガァァァァァンッ!!!!
鋼鉄と安全靴が激突し、爆発したような轟音が響く。
全長三メートル、重量数トンはあろうかという死蟷螂機の巨体が、超音速の突進の勢いごと上方向へベクトルを捻じ曲げられ、天高くカチ上げられたのだ。
『ギ、ギビィッ!?』
姿勢制御を失い、空中で無防備に仰け反る死蟷螂機。
完璧なアシストだ。
「ありがとう、キャルルさん……! あとは、僕がやります!」
僕は、宙に浮いた巨大な獲物を見上げた。
先日の死蟻機(エビ天)の経験から、僕は確信している。あの分厚い装甲の中には、絶対に極上の『カニ肉』が詰まっているはずだと。
ここで力任せに叩き切ったり、魔力で粉砕してしまえば、美味しい肉汁や油が台無しになってしまう。
それに、飛び散った機械の部品で村の畑が汚れるのも絶対に避けたい。
「(装甲ごと、中身を一切傷つけずに……綺麗な断面で両断する!)」
僕の目から、気弱な農夫のオドオドした光が消え去った。
あるのは、極上の食材を前にした料理人としての執念と、村を守るという絶対の意志だけ。
スゥッ、と。
僕は短く息を吸い込み、右手に握った氷のロングソード――『三徳包丁』に、極限まで圧縮した魔力を注ぎ込んだ。
「――『アブソリュート・ゼロ』」
静かに、その言葉を紡ぐ。
ピキィィィンッ……!
世界から、すべての『音』が消え失せた。
キュララさんの変身BGMも、村人たちの悲鳴も、風の音すらも。
僕の刀身から放たれた絶対零度の冷気が、上空で仰け反っている死蟷螂機の周囲の『空間そのもの』を完全に凍結させたのだ。
空中で、緑色の悪魔がピタリと静止する。
関節の駆動も、高周波ブレードの振動も、すべてが分子レベルで活動を停止させられた。
「(……今だ!)」
僕は、凍てついた大地を蹴った。
神速の踏み込み。父上でさえ反応しきれなかった、一切の無駄を省いた『完全なる剣の軌道』。
僕は空中に静止した死蟷螂機に向かって、真下から跳躍し、白銀の刃を振り抜いた。
「『アイス・エッジ・フィニッシュ』ッ!!」
青白い閃光が、夕暮れの空に一筋の美しい弧を描いた。
抵抗など、存在しなかった。
僕の放った斬撃は、超硬度の鋼鉄装甲も、強靭な人工筋肉も、まるで柔らかな豆腐を切るかのように、スゥッ……と音もなく通り抜けた。
着地と同時に、僕は残心をとってゆっくりと息を吐き出す。
僕の背後、空中で静止していた死蟷螂機は。
パキッ……。
ツー……。
頭の先から、尻尾の先まで。
機体の中心に一本の極細の『線』が走り――直後、巨大な機体が、左右の真っ二つに分かれてズレた。
ドッスゥゥゥンッ!!!!
両断された二つの鉄塊が、広場の地面に別々に墜落し、地響きを立てる。
完璧な一刀両断。
切断面は、僕の冷気によって分子レベルで美しくコーティングされ、機械油の一滴も、カニの肉汁の一滴も、外に漏れ出していなかった。
完全に鮮度を保ったままの、美しい断面を持つ『特大のタラバガニ(機械装甲入り)』の完成だ。
「ふぅ……。よかった、綺麗に切れました」
僕は氷剣をサラサラと大気中に霧散させ、腰の三徳包丁をホルダーにしまいながら、安堵の笑みを浮かべた。
これで、今夜は村のみんなに美味しいカニをご馳走できる。
僕がホッと胸を撫で下ろして振り返ると。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
キャルルさんも。マンミアさんも。
リーザさんも、避難し損ねていた村人たちも。
全員が、声を発することも忘れ、ただただ圧倒的な畏怖と驚愕の表情で、真っ二つになった死蟷螂機と、僕の顔を交互に見つめていた。
あまりにも次元の違う神域の剣技。
それを、ただ『食材を綺麗に捌くため』だけに放った農夫の異常性に、全員の脳の処理が完全に追いついていないのだ。
圧倒的な静寂。
しかし、その静寂を破るように、上空から『ファンファーレ』が高らかに鳴り響いた。
「フッフッフ! お待たせしましたぁっ! 変身、完了ぉぉぉぉぉぉっ!!」
光の柱が弾け飛び、黄金の聖騎士アーマーを全身にまとったキュララさんが、ビシィッ!と完璧なポーズを決めて空から降臨してきた。
「さあ! 愛と正義とマネーの為の黄金聖騎士、ゴッドチューバー・キュララ参上! 撮れ高のために、悪い魔獣は退治しちゃうぞっ☆」
キュララさんが、ウインクと共にドヤ顔を決める。
だが、当然ながら、彼女が倒すべき敵は、すでに僕によって綺麗に真っ二つにされた後であった。
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