EP 7
死蟷螂襲来と、長すぎる変身バンク〜早くしなさいよ! 3分間も待てませんわよぉ!〜
スゥッ……。
ポポロ村の広場に、生ぬるい風が吹いた。
夕暮れの茜空の下、集会所から出てきたウサ耳村長・キャルルさんの頭上へ、不可視の刃が音もなく振り下ろされようとしていた。
――ガキィィィィンッ!!!!
静寂を引き裂く、甲高く、そして重々しい衝突音が村中に響き渡った。
「え……?」
キャルルさんが目を丸くして振り返る。
彼女の目の前には、いつの間にか飛び出してきた僕が立っていた。
僕の右手には、愛用の『三徳包丁』が握られている。いや、それはもう包丁ではなかった。抜刀と同時に大気中の水分を強制凍結させ、刀身を白銀の氷で覆った『氷のロングソード』だ。
僕の氷剣は、空中で『何も無い空間』と激突し、凄まじい冷気と火花を散らしていた。
「ユ、ユリウス君!?」
「キャルルさん、下がって!!」
僕が氷剣に魔力を込め、思い切り弾き返す。
ギギギッ!という不快な金属音と共に、空中で陽炎のように歪んでいた『何か』が、大きく後方へ弾き飛ばされた。
同時に、姿を隠していた光学迷彩のシステムが冷気によってショートし、バチバチと青白い火花を散らしながら、そのおぞましい正体を現した。
「な、なんだあれは……ッ!?」
「ひぃぃっ! 魔獣!? いや、機械か!?」
広場にいた村人たちが、恐怖に顔を引きつらせて悲鳴を上げた。
そこに姿を現したのは、全長三メートルに及ぶ、緑色の鋼鉄で覆われた巨大な蟷螂――『死蟷螂機』だった。
不気味に光る緑色の複眼。
全身を覆う流線型の装甲は、一切の空気抵抗を無くすためのもの。
そして何より恐ろしいのが、両腕に装備された巨大な『高周波ブレードの鎌』だ。触れるものすべての分子結合を断ち切る、超音速の暗殺兵器。
『ギ……ギジジジッ……!!』
死蟷螂機が、僕を「最大の脅威」と認識したのか、首をギゴギゴと傾けながら、その鋭い複眼で僕を睨みつけてきた。
「ユリウス! 気をつけろ! あいつからは尋常じゃない殺気が……ッ!」
背後でマンミアさんがパイルバンカーを構えながら叫ぶ。
わかっている。こいつは、先日エビ天にして美味しくいただいた死蟻機たちとは次元が違う。純粋な『殺意』だけで作られた、最凶の殺戮マシーンだ。
村人たちがパニックに陥り、逃げ惑う。
転んで泣き叫ぶ子供。それを庇おうとする母親。
平和だった僕の居場所が、またしても理不尽な暴力によって踏みにじられようとしている。
……許せない。
「罪なき者に、理不尽な行いはさせません!」
僕は氷のロングソードを正眼に構え、死蟷螂機を真っ直ぐに見据えた。
父上の地獄のしごきで培われた闘気が、僕の全身から青白いオーラとなって立ち昇る。
「誰も……僕の大切な人たちを、傷つけさせない!」
僕の言葉に呼応するように、周囲の気温が一気に氷点下へと下がり始めた。
死蟷螂機が、前傾姿勢をとる。
超音速の突進が来る。僕も、迎撃の体勢を――。
――パァァァァァンッ!!!!
その時。
緊迫した戦場に、突如として『オーケストラが奏でるような壮大でポップなBGM』が、どこからともなく爆音で鳴り響いた。
「え?」
僕が思わず空を仰ぐと、ポポロコーポの三階の窓から、金髪ツインテールのトップゴッドチューバー・キュララさんが、フリフリの衣装をはためかせながら飛び降りてきたのだ。
「フッフッフ……! 村のピンチに颯爽と登場! ここが私の最大の見せ場(撮れ高)ね!」
「キュ、キュララさん!?」
空中に浮かぶ無数の水晶玉が、キュララさんを様々なアングルから捉える。
「いくわよみんな! 悪を討つため、美少女天使が本気を出しちゃうんだから!」
キュララさんが空中でピシッとポーズを決め、高らかに叫んだ。
「――『ホーリー・メイクアップ!!』」
カッ!!
キュララさんの体を、目も眩むような神々しい光の柱が包み込んだ。
BGMがさらに盛り上がり、光の粒子が彼女の周囲をキラキラと舞い踊る。
「(おおっ! なんだかすごい技が出るのか!?)」
僕が期待に胸を膨らませたのも束の間。
……光の中で、キュララさんの服がゆっくりと弾け飛び、光の帯となって彼女の体を包み込んでいく。
足元から順番に、白銀のグリーブ(すね当て)が『カシャァン!』と装着される。
続いて、ガントレットが『シャキィン!』。
さらに、胸当てが『キラリィン!』。
――長い。
めちゃくちゃ長いのだ。
まるで、日曜朝の魔法少女アニメの変身バンクを、一秒たりともスキップせずにフルで見せられているかのような、異常な間の長さ。
しかも、パーツが一つ装着されるたびに、キュララさんがカメラに向かって「えへっ♡」とあざといポーズを決めるものだから、余計に時間がかかっている。
「あの……キュララさん? 敵、待ってくれないと思うんですけど……」
僕が冷や汗を流しながらツッコミを入れるが、キュララさんは光の柱の中から「ストップ! ここはスキップ不可の演出だから!」と叫び返してくる。
いや、ゲームじゃないんだから。
『ギ、ギジッ……?』
目の前の死蟷螂機でさえ、「え? 俺、今どうすればいいの?」と言わんばかりに、カマを少し下げて困惑しているように見えた。
「ちょっとおおおおぉぉぉぉっ!!!」
その時、広場の隅から、鬼気迫る怒声が響き渡った。
声の主は、おやつのリンゴ(僕が育てた極上品)を両手で大事そうに抱えた、芋ジャージ姿のリーザさんだった。
「何やってんですのあの手羽先天使は! 敵が目の前にいますのに、着替えでモタモタモタモタと……っ!」
リーザさんは、リンゴをかじりながら、空中で延々とクルクル回っているキュララさんに向かって、地団駄を踏んで絶叫した。
「早く! 早くしなさいよぉ!! 三分間も待てませんわよおおっ!!」
カップラーメンより待てないリーザさんの魂の叫びが、ポポロ村の空に木霊する。
「うるさいわね雑草魚! この尺の長さが、最高潮のカタルシスとスパチャを生むのよ! 変身完了まであと二分五十秒待ちなさい!」
「長すぎですわ! その間に村が全滅しますのよ!?」
上空でギャーギャーと痴話喧嘩を始めるトップゴッドチューバーと極貧アイドル。
もはや、どちらが敵なのかわからないほどのカオス空間。
緊迫感など、とっくの昔にどこかへ吹き飛んでしまっていた。
『――ギジィィィィッ!!』
しかし、機械である死蟷螂機は、そんな茶番にいつまでも付き合ってくれるほど甘くはなかった。
標的の隙ありと判断した緑の悪魔が、ブースターを全開にして、僕の喉元へ向けて超音速の突撃を開始した。
「(……来るっ!)」
僕はキュララさんの変身を待つことを諦め、氷のロングソードを構え直した。
相手の速度は凄まじいが、僕の目にははっきりとその軌道が視えている。
「(あんな巨大なカマキリ……絶対に美味しいお肉(カニ味)がいっぱい詰まってるはずだ。装甲ごと粉砕したら、もったいない)」
村を守るため。そして、今夜の豪華な食卓のために。
気弱な農夫は、自らの内に眠る絶対的な冷気を、刀身へと極限まで圧縮していくのだった。
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