EP 6
炎上神の怒りと、最凶の刺客『死蟷螂』〜平和な村に迫る超音速の刃〜
ガンッ!!
天界の片隅に存在する薄暗いモニタールームで、再び激しい打撃音が響き渡った。
新入りの男神、炎上神ワイズが、またしても愛用のデスクを力任せに殴りつけたのだ。
「……ふざけやがって。どいつもこいつ、頭がイカれてやがる」
ワイズは血走った目で、ずらりと並んだモニターを睨みつけていた。
中央のメインモニターに映し出されているのは、彼が手塩にかけてプロデュースしている『追放勇者ゼロスの復讐劇』の配信画面だ。
かつてはゴッドチューブのランキング上位を独占していたはずのそのチャンネルは、今や同時接続数が悲惨なほどに落ち込んでいた。チャット欄も過疎り、飛んでくるスパチャは数えるほどしかない。
「俺の演出した『仲間を裏切って王女を寝取る』っていう最高の炎上展開だぞ!? なんで誰も見ねえんだよ!」
ワイズがギリッと歯を食いしばり、視線を横のサブモニターへと移す。
そこには、現在全宇宙のゴッドチューブランキングで堂々の『第一位』を独走している配信が映っていた。
【ゲリラ密着!】謎の凄腕農夫ユリウス君、指パッチンで山を果樹園に変える【神回】
◆同時接続数:6億5,000万人突破!
画面の中では、麦わら帽子を被った気弱そうな青年が、リンゴをかじって「甘くて美味しいなぁ」と呑気に笑っている。
その横で、天使族のトップゴッドチューバーであるキュララが「ヤバいヤバい、スパチャが止まらないわ!」と歓喜の悲鳴を上げている。
「……ッ!! クソがぁぁぁぁっ!!」
ワイズは絶叫し、手元のマグカップを壁に投げつけた。
ガチャンッと陶器が砕け散り、コーヒーが壁を汚す。
「なんだこのクソみたいな配信は! 農夫が木を育ててリンゴ食ってるだけじゃねえか! エンタメってのはな、理不尽な絶望と血みどろの復讐劇があってこそ輝くんだよ! こんなヌルいスローライフのどこにカタルシスがあるってんだ!」
ワイズの苛立ちは頂点に達していた。
第一章で彼がけしかけた古代生物兵器『死蟲機』の群れは、あの農夫の絶対零度によって氷漬けにされ、あろうことか『エビ天』として美味しく消費されてしまった。
ワイズにとって、それは神としてのプライドを粉々に打ち砕かれるほどの屈辱だったのだ。
「群れがダメなら、今度は『単体』の絶対的な殺意で絶望させてやる。あのクソ生意気な天使ごと、あの農夫を挽き肉にしてやるよ」
ワイズの口角が、歪に釣り上がった。
彼はキーボードを高速で叩き、自らの特権を悪用して、アナスタシア大陸の地下深くに封印されている『天魔窟』のシステムに強制アクセスした。
ターゲットは、古代ルナミス帝国すら持て余したと言われる最凶の暗殺兵器。
「起動コード承認。……目覚めろ、『死蟷螂機』」
モニターの奥深く、漆黒の闇の中で、緑色の不気味な複眼がギロリと光を放った。
死蟷螂機。
群れで動く死蟻機や死蜂機とは全く異なる、完全単独行動型の殺戮兵器。
全長は三メートルほどと小柄だが、その機動力は『超音速』を誇る。さらに、両腕に装備された高周波ブレードは、魔力の障壁はおろか『空間そのもの』を断ち切る絶対的な切断能力を持っている。
レーダーに映らない高度な光学迷彩と隠密性を併せ持ち、標的が「敵だ」と認識する前に、その首を物理的に落とす。
「行け。ポポロ村の住人を一人残らず切り刻め。あの農夫が絶望に顔を歪める瞬間を、最高画質で全宇宙に配信してやる!」
ワイズの狂気に満ちた命令を受け。
天魔窟の最深部から、音すら置き去りにする恐ろしい速度で、緑色の悪魔が地上へと射出された。
◇ ◇ ◇
その頃、ポポロ村。
夕焼け空が村を茜色に染め、農作業を終えた村人たちが家路につく、穏やかな時間が流れていた。
「ふぅ。今日の作業はこれくらいにして、夕飯の支度をしようかな」
僕は麦わら帽子を脱ぎ、肩を回しながらアパートへと向かっていた。
今日はキュララさんがウキウキで「ユリウス君の配信、大バズりだったよ!」と言っていたけれど、何のことかよくわからなかった。まあ、あの人が楽しそうならそれでいい。
アパートの前では、自警団長のマンミアさんがパイルバンカーの手入れをしていた。
「お疲れ様、ユリウス。今日もいい土の匂いをさせているな」
「あ、マンミアさん。お疲れ様です。今日の村は平和でしたか?」
「うむ。魔導防衛レーダーにも一切の異常はない。キャルル様も集会所で書類仕事をしているところだ。平和なものさ」
マンミアさんが優しく微笑む。
やっぱり、この村は最高だ。のどかで、優しくて、争い事なんて一つもない。
僕は夕飯の献立を考えながら、アパートの階段を上ろうとした。
――その時だった。
『……?』
僕の肌が、ピリッ、と粟立った。
父上との地獄の修練で培われた、生物としての『死の危険を告げる本能』が、脳内に警鐘を鳴らしたのだ。
「……マンミアさん」
「ん? どうした、ユリウス」
「動かないで。……『何か』が来ます」
僕は低い声で告げた。
ポポロ村を覆うルナミス帝国製の魔導防衛フィールド。村を魔獣から守るための透明な障壁だ。
それが今。
何の警報も鳴らさず、魔力的な衝突音も立てず。
スゥッ……。
まるで、温かいナイフでバターを切るかのように、村の空を覆う結界が『縦真っ二つ』に切り裂かれたのだ。
「な、なんだと……!? 防衛フィールドが、音もなく裂けた!?」
マンミアさんが血相を変え、空を見上げた。
防衛システムのコントロールパネルを管理しているはずの詰所からは、何の警告音も聞こえない。
それはつまり、襲撃者が『システムが感知する前に結界を切り裂き、侵入した』という事実を意味している。
「(速い……! それに、この淀んだ殺気は……魔獣じゃない。機械だ)」
僕の視界の端で、空気が陽炎のように歪んだ。
光学迷彩で姿を隠した『何か』が、超音速で空を駆け抜け、村の広場へと急降下してくる。
その狙いは、集会所からちょうど出てきたウサ耳の村長――キャルルさんだった。
「キャルル様ッ!! 逃げてください!!」
マンミアさんが絶叫する。
しかし、キャルルさんが声に気づいて振り向いた時には、すでに歪んだ空気が彼女の眼前にまで迫っていた。
空間ごと切断する、不可視のブレードが振り下ろされる。
間に合わない。
誰もがそう思った、次の瞬間。
「――理不尽な行いは、させません」
僕の体は、思考よりも先に動いていた。
腰のホルダーに手を伸ばし、愛用の『三徳包丁』を握りしめる。
争い事は嫌いだ。怖いし、痛いのも嫌だ。
でも、僕の大切な居場所を、罪なき人々を、理不尽に傷つけようとする悪意には――絶対に屈しない。
パキパキパキパキィンッ!!
僕が抜刀した瞬間、大気中の水分が瞬時に凍結し、三徳包丁は白銀の輝きを放つ『氷のロングソード』へと変貌を遂げた。
さあ。
僕の村を荒らす害虫の駆除を始めよう。




