EP 5
気弱な農夫の日常、再び大バズりする〜隠し撮り配信と、天界の狂喜乱舞〜
特盛カツ丼十杯のやらせ大食い配信から数時間後。
リーザさんが満腹のあまり白目を剥いて床で爆睡しているのを横目に、僕はポポロコーポを出て、村の裏手にあるポポロ山の麓へと向かっていた。
「よし。今日の午後は、この斜面を開拓しよう」
僕の目の前にあるのは、岩がゴツゴツと突き出し、雑草すらまばらにしか生えていない荒れた斜面だ。
先日、キャルルさんから「村の特産品として、甘い果物があったら嬉しいなー」というリクエスト(という名のおねだり)を受けていたのだ。
村の財政事情も厳しいと聞くし、保存が効いて高く売れるフルーツがあれば、ポポロ村の立派な名産品になるだろう。
僕は麦わら帽子を被り直し、長靴の底で荒れた地面を軽く踏みしめた。
よし、気合を入れていこう。
……しかし、僕はこの時、全く気づいていなかった。
僕の背後、少し離れた木の枝の影から、ふわりと浮かぶ『透明な水晶玉』が、僕の一挙手一投足をバッチリと捉えていたことに。
◇ ◇ ◇
「ふふふっ。さーて、全宇宙のみんな! ゲリラ配信の始まりだよ〜♡」
ポポロコーポのA301号室。
キュララは自撮り棒に固定したスマホ画面に向かって、悪戯っぽいウインクを飛ばした。
画面の向こう側には、遠隔操作している水晶玉が捉えた『麦わら帽子の青年』の背中が映し出されている。
『お? 大食い企画の次はなんだ?』
『キュララちゃん、誰を盗撮してるのww』
『あ、こいつ! 前にルナキンで調停者にサラダ食わせてたヤバい農夫じゃね!?』
コメント欄が即座に反応し、同時接続数がみるみるうちに跳ね上がっていく。
「そう! 大正解! 今回は、私に美味しいご飯(と大食い企画のカツ丼)を作ってくれた、謎の凄腕農夫『ユリウス君』の密着ドキュメンタリーをお届けしまーす!」
キュララはニヤリと笑い、画面を拡大した。
「さっき彼の畑を見たんだけど、放ってる魔力が明らかに普通じゃなかったのよね。トップゴッドチューバーの私の勘が『ここは特大のバズ鉱脈だ』って告げてるわ。さあ、ユリウス君。私に極上の『撮れ高』を見せてよねっ!」
◇ ◇ ◇
そんな隠し撮り配信が行われているとはつゆ知らず。
僕は荒れた斜面の前に立ち、軽く準備体操をしていた。
「果樹園を作るなら、まずは土台となる土壌改良からだな。一気にいきますか」
僕は右手の親指と中指をすり合わせる。
ユニークスキル【豊穣の神】。
大地を支配し、生命を芽吹かせる神格級の権能。その魔力を指先に集中させた。
パチンッ。
僕が軽く指を鳴らした、その瞬間。
ズズズズズッ……!!
ポポロ山の斜面全体が、まるで生き物のように波打ち始めた。
ゴツゴツとした巨大な岩石が、魔力の波に飲まれてサラサラの砂へと砕け散る。
赤茶けた死の土が、一瞬にしてふかふかの『極上の黒土』へと変色していく。
「よし、次は種まきと育成だ。リンゴ、ブドウ、それから桃もいってみよう」
僕はマジックボックスから取り出した種を、斜面に向かってパラパラと放り投げた。
本来なら、芽が出てから実をつけるまで数年はかかる果樹栽培。
しかし、僕が再び魔力を流し込み、『超神速育成』を発動させると。
ドババババババッッ!!!
種が地面に触れた瞬間に芽吹き、大木へと急成長し、青々とした葉を茂らせた。
たったの数秒。
荒涼としていた斜面が、見渡す限りの『巨大な果樹園』へと変貌を遂げたのだ。
枝には、太陽の光を浴びて宝石のように輝く特大のリンゴや、魔力を帯びて淡く発光するブドウの房が、これでもかと実っている。
「ふぅ。とりあえずこんなもんかな。……うん、すごく甘いいい匂いだ。これならリーザさんの今日のおやつもバッチリだな」
僕は麦わら帽子を脱いで額の汗を拭い、豊かに実ったリンゴを一つもぎ取って満足げに微笑んだ。
――僕にとっては、ただの『いつもの農作業』だった。
だが、この規格外すぎる光景をリアルタイムで目撃してしまったゴッドチューブの視聴者たち(神々)にとっては、天変地異にも等しい衝撃映像だったのだ。
◇ ◇ ◇
『ファッ!?』
『はああああああああああ!?』
『指パッチン一回で山が果樹園になったんだが!?』
『生態系を一瞬で書き換えたぞあいつ! 創造神クラスの御業じゃねえか!!』
『あんな魔力帯びた果物、一口食っただけで不老不死になりそうwww』
キュララの配信画面が、弾幕のようなコメントで完全に埋め尽くされた。
そして、同時接続数は瞬く間に『三億人』を突破。
画面の右側では、虹色、金色、真紅のスパチャ(魔力還元)が、バグったような勢いで飛び交い始めていた。
天界直轄領・セレスティア。
コタツ部屋で寝転がっていた女神ルチアナは、エンジェルすまーとふぉんから鳴り響く『ピロリンピロリン!』というスパチャ通知の爆音に飛び起きた。
「な、なんなのよこの通知音の嵐は!? ……って、またユリウス君じゃないのぉぉぉっ!!」
画面に映る、見渡す限りの極上果樹園。
そして、無自覚にリンゴをかじっている気弱そうな青年の姿。
「またやった! あの子また無自覚に世界観ぶっ壊してる! でも最高!! 見てよこのPVとスパチャの額! 私の管轄世界のアナスタシア大陸が、宇宙トレンドの世界1位を独走してるわ!!」
ルチアナはスマホを握りしめ、歓喜のあまりコタツの上でサンバを踊り始めた。
「これなら月人君のディナーショーの一番前の席が買える! ユリウス君、あんたは私が生み出した最高の神様見習い(ドル箱)よぉぉぉっ!!」
そしてもう一人。
天界の執務室で、アナスタシア世界管理チームのリーダーである主神オリンは、モニターに映る『同時接続数:五億人突破』の文字を見て、胃薬を握りしめたままガタガタと震えていた。
「おおお……おおおおおっ……!」
オリンの目から、滝のような涙が溢れ出す。
「す、凄い……! なんて凄い青年なんだユリウス君は! 彼が指を鳴らして木を生やしただけで、我がチームの年間予算目標をたったの十分で達成してしまったではないか!!」
オリンは薄くなった頭を両手で撫で回し、狂喜乱舞した。
「これなら! この圧倒的なPVと予算獲得の実績があれば! 私の『銀河神への昇任試験』合格は間違いない! いけ、ユリウス君! もっとだ! もっとその無自覚な神の力で、全宇宙を熱狂させてくれぇぇぇっ!!」
天界の最高責任者たちをも狂わせる、気弱な農夫の無双配信。
「あははははっ! ヤバいヤバいヤバい! 笑いが止まらないわ!」
ポポロコーポの自室で、キュララはスマホの画面を抱きしめ、ベッドの上をゴロゴロと転げ回っていた。
「私の目に狂いはなかった! この村は、ユリウス君は、マジで特大のバズ鉱脈よ! これなら月収二億どころか、一桁増えちゃうかも……♡」
キュララがゲスい笑顔を浮かべ、全宇宙の神々がユリウスの行動一つ一つに一喜一憂し、熱狂の渦に巻き込まれている中。
――ただ一人。
この熱狂を、腸が煮えくり返るほどの憎悪を込めて睨みつけている『神』がいた。
この後、炎上神ワイズの黒い悪意が、ポポロ村に最凶の暗殺兵器を解き放つことになるなど、リンゴをかじっていた僕は予想すらしていなかったのだ。
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