EP 4
やらせ大食い配信〜机の下でカツ丼を丸呑みする極貧アイドルと、エンタメの闇〜
月収二億円のトップゴッドチューバー・キュララさんと、月収数千円の極貧地下アイドル・リーザさんの、血で血を洗うキャットファイト。
その熾烈な争いは、思いのほかあっけなく幕を閉じた。
『きゅるるるるるるぅぅぅぅ……!』
リーザさんのお腹から、部屋中に響き渡るほどの巨大な腹の虫の音が鳴り響いたからだ。
「あぅ……っ。朝から雑草しか食べてないから、パワーが……っ」
「ふふん。どうやら勝負あったみたいね、貧乏魚ちゃん」
床にへたり込んだリーザさんを見下ろし、キュララさんは余裕の笑みを浮かべた。
そして、彼女は悪魔のような(天使だけど)提案を口にしたのだ。
「そんなにお腹が空いてるなら、私のお仕事(配信)を手伝ってくれない? そうね……報酬は『特盛カツ丼、食べ放題』でどう?」
「カ、カツ丼……!? し、しかも特盛が食べ放題ですって……!?」
「そう。私の企画の裏方としてキッチリ働いてくれるなら、好きなだけ食べさせてあげるわ」
「くっ……! ア、アイドルとしてのプライドは売りませんわ! ですが、私の胃袋は別腹ですの!! やりますわ! やらせてくださいませ!!」
リーザさんは、カツ丼という魅惑の響きの前に、秒でプライドをドブに捨ててキュララさんの軍門に降った。
背に腹は代えられないとは言うけれど、あまりにも早すぎる決断だった。
◇ ◇ ◇
一時間後。
僕の部屋(A301号室)の中央には、木製の長机がセッティングされていた。
机の上には、僕が調理した『シープピッグ(豚型魔獣)の特盛カツ丼』が、ドドンと十杯も並べられている。
僕の【豊穣の神】で育てた『米麦草』のふっくらご飯に、極厚のシープピッグのトンカツ。それをタローマンの特売で買った卵でふんわりととじ、特製の醤油草ダレをたっぷりとかけた自信作だ。
湯気と共に、甘辛いタレと揚げたてのカツの匂いが部屋中に充満している。
「準備はいい? それじゃあ、配信スタートするわよ!」
長机の前に座ったキュララさんが、宙に浮かぶ水晶玉に向かってウインクを決める。
『はーい、全宇宙のみんなー! キュララだよ〜♡』
配信が始まった瞬間、キュララさんのスマホの画面が凄まじい勢いで流れ始めた。
コメントと虹色のスパチャが滝のように溢れ返る。
『今日は新居からの初配信! というわけで、引っ越し記念企画! 大食い天使が挑戦する、【特盛カツ丼十杯チャレンジ】をやっちゃいまーす!』
『おおお!』『キュララちゃんの細い体のどこにそんなに入るの!?』『赤スパ投げます!』
「みんな応援よろしくねっ♡ それじゃあ、いただきまーす!」
キュララさんは箸を手に取り、カメラに向かって「あーん」と口を開け、カツを一切れだけかじった。
「んん〜っ! お肉がすっごく柔らかくて、ジューシーで美味しい〜♡ でも、十杯はちょっと手強いかもぉ」
可愛らしく微笑みながら、キュララさんはカツ丼のどんぶりを持ったまま、スッと自分の膝の上――つまり、カメラの死角になる『机の下』へとどんぶりを下ろした。
その机の下には。
長いテーブルクロスに隠れて、床に四つん這いになり、よだれを滝のように流して待機している『極貧アイドル』の姿があった。
「(……来ましたわッ!!)」
キュララさんがどんぶりを下ろした瞬間。
ズォォォォォォォォォォォッッ!!!!
凄まじい吸引音が響いた。
リーザさんは、箸すら使わず、どんぶりに顔を突っ込んで、特盛のカツとご飯をダイソンの掃除機のごとき吸引力で『丸呑み』にし始めたのだ。
文字通り、一瞬である。たったの三秒で、特盛カツ丼が綺麗に消滅した。
「(う、うっ、うっ……! 美味しい……! お肉の脂が甘いですわ……っ! でも、悔しい……っ! どうして私は机の下で、他人の配信の残飯処理みたいなことを……っ!)」
リーザさんは、カツ丼のあまりの美味しさに歓喜の涙を流しながらも、アイドルとしての屈辱に血の涙を流し、泣きながらカツ丼を爆速で胃袋へと流し込んでいく。
「はいっ! 一杯目、完食でーす♡」
キュララさんが、ピカピカに空になったどんぶりをカメラの前に持ち上げた。
コメント欄が爆発する。
『早えええええええっ!?』
『今の数秒で特盛を!?』
『キュララちゃん、食べるスピードが神業すぎるwww』
『いっぱい食べる君が好き! 金貨100枚スパチャ!』
「えへへ、まだまだいけるよー! じゃあ二杯目、いただきまーす! ……んっ、美味しい〜♡(スッ)」
ズォォォォォォォォォォォッッ!!!!
「はいっ、二杯目も完食〜♡(スッ)」
ズォォォォォォォォォォォッッ!!!!
「ふぅ〜、ちょっとお腹きつくなってきたかも? 三杯目いっちゃうよー!(スッ)」
ズォォォォォォォォォォォッッ!!!!
……狂気だった。
画面に映る、一口だけ食べて「美味しい♡」と微笑む可憐なトップゴッドチューバー。
そしてその足元で、涙と鼻水を垂らしながら、投げ与えられたカツ丼を秒速で丸呑みしていく、野生の獣と化した極貧地下アイドル。
光と闇。
富者と貧者。
これが、資本主義とエンタメ業界が産み出した『やらせ配信』の究極の姿だ。
「……エンタメの世界って、本当に闇が深いんだなぁ」
僕は部屋の隅で、温かい陽薬草茶をズズーッとすすりながら、そのシュールすぎる光景を遠い目で見つめていた。
数分後。
見事に特盛カツ丼十杯(実質、キュララさんが食べたのはカツ十切れのみ)の完食を果たした配信は、大盛況のうちに幕を閉じた。
「お疲れ様ぁ! いやー、今日もボロ儲けね! スパチャの嵐でウハウハだわ!」
配信を切り、エンジェルすまーとふぉんの売上画面を見て高笑いするキュララさん。
その足元から、テーブルクロスをめくって、丸々と腹を膨らませたリーザさんが這い出してきた。
「げぷっ……。お、お腹いっぱいですの……。もう、パンの耳すら入りませんわ……」
「ふふっ、よくやったわね貧乏魚ちゃん。次回の激辛ラーメン百杯チャレンジの時も、よろしく頼むわね」
「ア、アイドルとしてのプライドは……完全に死にましたわ……。でも、ユリウス様のカツ丼……最高でしたの……ガクッ」
リーザさんは、幸せそうな、それでいて全てを諦めたような顔で、床に大の字になって気絶した。
「ユリウス君、カツ丼すっごく美味しかったわ! ねえ、他にも何か作れる? これなら『大食い企画』のレパートリーがいっぱいできそう!」
上機嫌で僕に話しかけてくるキュララさん。
僕のご飯が役に立つのは嬉しいけれど、このやらせ配信の片棒を担ぐのは、少しだけ罪悪感があった。
「作れますけど……あまり無理はさせないであげてくださいね」
「大丈夫大丈夫! あの子、胃袋だけは神様級だから!」
キュララさんはケラケラと笑いながら、ふと、窓の外に広がる僕の『極上の大農園』へと視線を移した。
「……ねえ、ユリウス君。さっきから気になってたんだけど」
「はい?」
「あの外の畑、ユリウス君が一人で作ったの? なんか、とんでもない魔力がバンバン出てる気がするんだけど……」
キュララさんの瞳が、配信者の『獲物』を見つけた肉食獣のように、キラリと光った。
このトップゴッドチューバーの好奇心が、僕の平穏な日常を『全宇宙規模のバズ』へと巻き込んでいくことなど、お茶をすすっていた僕にはまだ知る由もなかったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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