EP 3
シェアハウスの経済格差と、寝取られた石油王〜「な〜に? この貧乏魚はぁ?」〜
ポポロ山から村へと戻り、僕とキャルルさんは、罠にかかっていた金髪の天使・キュララさんを連れて『ポポロコーポ』の僕の部屋(A301号室)へと帰還した。
「わぁっ! こぢんまりしてるけど、日当たりが良くてすっごくいい部屋だね!」
キュララさんは靴を脱ぐなり、僕の部屋の中をズカズカと歩き回り、興味津々な様子でキョロキョロと見回し始めた。
背中の真っ白な羽がパタパタと動き、フリフリのアイドル衣装から甘い香りが漂う。
「ふむふむ。窓からの景色も最高だし、壁の防音もしっかりしてる。ここで配信すれば、田舎のほのぼの感もアピールできて、さらにリスナーからの好感度が爆上がり間違いなしね!」
「あの、キュララさん。とりあえずお茶を淹れますから、そこに座って――」
「決めたっ! 私、今日からここに住むことにするわ!」
「えっ?」
僕がティーポットを持ったまま固まると、キュララさんは自分の水晶玉に向かってウインクを決めた。
「ねえみんな聞いてー! キュララのお引越し大決定だよっ! これからは大自然に囲まれたスローライフ配信もお届けしちゃうから、楽しみにしててね♡」
水晶玉の向こう側のチャット欄(空中に半透明の文字が浮かび上がっている)が、猛烈な勢いで流れ始めた。
『マジオメ!』
『キュララちゃんの田舎暮らしとか最高かよ!』
『引っ越し祝いスパチャ投げます!』
次々と虹色に輝くエフェクト(スパチャ)が飛び交い、彼女のスマホ(エンジェルすまーとふぉん)がチャリンチャリンと景気のいい音を鳴らしている。
たった数秒の引っ越し宣言で、僕の何年分もの生活費が稼ぎ出されていく。恐ろしい世界だ。
「ちょっと! ここはユリウス君の部屋よ!? 勝手に住み着くなんて許さないわ!」
「えー? いいじゃん、村長さん! 私がこの村に住めば、村の宣伝にもなるし、村の税収もガッポリだよ? Win-Winでしょ?」
「くっ……(確かに、村の赤字財政を考えると、このトップ配信者の税収は魅力的すぎる……!)」
キャルルさんが、ヤンデレと村長としての責任感の間で板挟みになり、頭を抱えて唸り始めてしまった。
もういいや。
この村にまともな人はいない。僕もすっかり慣れっこになってしまっていた。
「……はぁ。もう勝手にしてください。ご飯を作りますから、喧嘩はしないでくださいね」
僕がため息をつきながらキッチンに向かおうとした、その時だった。
『――ピロリンッ!』
キュララさんのエンジェルすまーとふぉんが、一際大きな、神々しい電子音を鳴らした。
同時に、画面上にド派手な真紅のエフェクト(通称・赤スパ)が弾け飛ぶ。
「あっ! 『アラビアの石油王』さん、引っ越し祝いの赤スパチャ(金貨十枚・約十万円相当)ありがとうございまーすっ♡ ……えっ? 『お腹空いてるみたいだから、お寿司を出前しといたよ』だって?」
キュララさんが嬉しそうに飛び跳ねた。
すると、僕の部屋の窓をトントンと叩く音がした。窓の外には、ルナ・イーツ(魔導ドローン配達)の箱が空中に浮かんでおり、中には豪華絢爛な特上寿司の桶が入っている。
「やったぁ! 石油王さん大好きチュッチュッ♡ いつもキュララのために高額スパチャとお寿司の差し入れ、本当にありがとうねっ!」
キュララさんがカメラに向かって投げキッスを連発する。
しかし。
その言葉が響いた瞬間、部屋の空気が一変した。
いや、正確には――部屋の隅で、ずっと体育座りをしていた『極貧アイドル』の放つ、どん底の絶望オーラが、一気に怒りの業火へと変貌を遂げたのだ。
「――――せ」
「えっ?」
芋ジャージ姿のリーザさんが、ゆらりと立ち上がった。
その瞳からハイライトは完全に消え失せ、代わりに血走ったドス黒い殺意が渦巻いている。
「せ、石油、王……だと……?」
「あ、リーザさん。お腹空きましたか? 今ご飯を――」
「石油王さんはぁぁぁぁぁっ!! 私に! 私の配信にだけ、毎日五百円のスパチャを投げてくれる、私だけの唯一無二の太客だったんですのよォォォォォォッ!!」
鼓膜が破れそうなほどの絶叫。
リーザさんは、床を蹴って猛烈な勢いでキュララさんに飛びかかった。
「きゃあっ!? な、何よあんた!」
「お前か! お前が私のスポンサーを寝取ったドロボウ猫(天使)かぁぁぁっ!! 返せ! 私の五百円を返せぇ! その五百円があれば、ルナミスマートで半額もやしと、特売の豆腐が買えたんですわよォォォッ!」
「ちょ、やめてよ! 服が伸びるぅ!」
リーザさんが、キュララさんのフリフリの胸ぐらを掴み、ガクガクと前後に激しく揺さぶる。
月収二億円のトップ配信者と、月収数千円(もやし依存)の底辺地下アイドル。
絶対に交わってはいけない、光と闇の格差社会が、僕の四畳半の部屋で激突してしまった。
「知るわけないでしょそんなの! 石油王さんは、私の配信を見て『キュララちゃんの方が可愛いし、お寿司食べさせてあげたいから推し変するね』って言ってきただけだもん!」
「推し変!? ……あぁぁぁぁっ、私のもやしがぁぁぁ! 私のタンパク質源がぁぁぁっ!」
「だいたい何よあんた! そのみすぼらしい芋ジャージに、健康サンダル! アイドル名乗るなら、もうちょっと見た目に課金しなさいよ!」
キュララさんが、リーザさんの芋ジャージを指差して鼻で笑った。
「な〜に? この貧乏魚はぁ? もしかして、私のお寿司を恵んでほしいの? ねえ?」
「ぎぃぃぃぃぃぃっ! 殺してやる! その憎たらしい金髪を全部むしり取って、質屋に叩き売ってやりますわぁぁぁ!」
リーザさんがキュララさんのツインテールに掴みかかり、キュララさんも負けじとリーザさんの芋ジャージを引っ張る。
ギャーギャーと、美少女二人が取っ組み合いのキャットファイト(魚vs鳥)を繰り広げ始めた。
「こ、こら! 二人ともやめなさい! ユリウス君の部屋が汚れるでしょ!」
キャルルさんが必死に止めに入るが、女の執念(特に食い物の恨み)は凄まじく、全く手が付けられない状態だ。
「石油王さんは私の金ヅル(命綱)ですのよぉぉぉ!」
「私のリスナーに手を出さないでよね! この雑草女!」
バシンッ! ドカッ!
飛び交う罵詈雑言。
片や、ウニやイクラが乗った時価数万円の特上寿司。
片や、半額もやしと公園の雑草サラダ。
「……エンタメの世界って、本当に残酷で闇が深いんだなぁ」
僕は、彼女たちの壮絶な争いを遠い目で見つめながら、淹れたての温かい陽薬草茶をズズーッとすすった。
争い事は嫌いだけど、あの二人の間に割って入るのは、ロックバイソンの群れに飛び込むよりも危険な気がしたからだ。
かくして、僕の平和だったポポロコーポの自室は、月収二億のゴッドチューバーと、極貧の地下アイドルの、血で血を洗う『視聴者の奪い合い』のリングと化してしまったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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