EP 2
ポポロ山の罠にかかったのは、金髪の天使でした〜「ふぇぇ〜ん! 私は美味しくないよぉ!」〜
ポポロ村の裏手にそびえる、緑豊かなポポロ山。
木漏れ日が差し込む静かな森の中で、僕とキャルルさんは、身を潜めるようにして茂みの中に隠れていた。
「……ユリウス君」
「はい、キャルルさん。なんでしょうか?」
ひそひそ声で尋ねると、キャルルさんが僕の腕にギュッと身を寄せてきた。
タローマン製のオーバーオール越しに、彼女の柔らかい体温と、甘い香りが伝わってくる。ウサギの耳が僕の頬をくすぐり、なんだかすごく落ち着かない。
「こんなに密着してると、その……心臓の音が聞こえちゃいそうね……♡」
「えっ? あ、本当ですね。キャルルさん、少し心拍数が上がってますよ。やっぱり狩りとなると緊張しますか?」
「…………ううん、狩りのせいじゃないんだけどね」
キャルルさんが、少しだけジト目で僕を見た気がした。
何か変なことを言ってしまっただろうか。
僕たちが今やっているのは、野生の『トライバード』を捕まえるための待ち伏せ(トラップ猟)だ。
少し離れた獣道に、丈夫なツルで作った『くくり罠』を仕掛けてある。
罠の中心には、僕が【豊穣の神】のスキルで育てた『太陽芋』と『月見大根』の皮やヘタをこんもりと盛っていた。
ただの野菜クズと侮るなかれ。僕の『神気還元』の効果が染み込んだ野菜は、人間や神様だけでなく、魔獣にとっても抗いがたい極上の匂いを放つ。
現に今も、風に乗ってホクホクとした焼き芋のような甘い香りが漂い、僕自身の胃袋まで刺激してきているくらいだ。
「キャルルさん、もう少しで獲物が来るはずです。静かに……」
僕が人差し指を口元に当てた、その直後だった。
――ガサッ、ガサガサッ。
獣道の奥から、何かが草葉をかき分けて近づいてくる音がした。
足音からして、それなりに大きな獲物だ。丸々と太った特大のトライバードかもしれない。
「(来た……!)」
僕とキャルルさんは息を潜める。
獲物が罠の真ん中に置かれた野菜クズに近づき、それに口をつけた(と思われる)瞬間。
バィィィンッ!!
バサバサバサバサッ!!
仕掛けていたくくり罠が弾け、獲物の足首を捉えて空中に吊り上げた。
凄まじい羽音が周囲に響き渡る。
「かかった!」
僕は茂みから飛び出し、意気揚々と罠の方へと駆け寄った。
今日の夕飯はトライバードの照り焼きだ。リーザさんもきっと喜んでくれるぞ、とワクワクしながら視線を向けたのだが。
「…………えっ?」
「…………は?」
僕とキャルルさんは、罠にかかった獲物を見て、同時にポカンと口を開けて固まってしまった。
宙吊りになって、バサバサと暴れていたのは――鳥ではなかった。
純白の羽毛を持つ二枚の『翼』。
キラキラと輝く、美しい金髪のツインテール。
そして、フリフリのレースがあしらわれた、アイドル衣装のような煌びやかな服を着た『超絶美少女』だったのだ。
彼女は、右足首をツルに縛られ、見事に逆さ吊り状態になっていた。
重力に従ってフリフリのスカートがめくれ上がりそうになっているが、必死に両手でスカートの裾を押さえながら、じたばたと暴れている。
「ふぇぇ〜んっ! だ、誰か助けてぇっ! 私は美味しくないよぉぉっ!!」
逆さ吊りの美少女は、ボロボロと大粒の涙を流しながら叫んだ。
「お腹が空いてただけなのにぃ! こんな罠にかかるなんて聞いてないよぉ! 私を食べても、お腹壊すだけだからねっ!?」
「え、えっと……?」
僕は完全に困惑していた。
魔獣? いや、どう見ても人間の女の子……いや、背中に本物の羽が生えているから、もしかして天界の『天使』だろうか?
「あの、あなたは誰ですか?」
僕がおずおずと尋ねると、逆さ吊りの天使はハッと動きを止め、僕とキャルルさんの顔を交互に見た。
僕たちが魔獣ではない(自分を食べるつもりはない)と悟ったのだろう。
彼女は逆さ吊りの状態のまま、コホン、とわざとらしく咳払いをした。
そして、彼女の周囲をフワフワと飛んでいた小さな水晶玉(カメラの役割を果たしている魔導具らしい)に向かって、満面のアイドルスマイルを向けたのだ。
「えへへっ、みんな、お待たせ! 全宇宙のみんなの心に舞い降りる愛の天使! 登録者数トップのゴッドチューバー、キュララだよ〜♡」
バチンッ!と、逆さ吊りでありながら見事なウインクを決めてみせた。
「(……なんだこの子)」
僕の横で、キャルルさんがドン引きしたような目を向けている。僕も同感だった。
「あの、キュララさん? なんでこんな山の罠にかかっているんですか?」
「うー、実はね……」
キュララと名乗った天使は、スカートの裾を押さえたまま、恥ずかしそうにモジモジと身をよじった。
「今日はポポロ村の周辺で、大自然を満喫するアウトドア配信をしてたんだけど……。リスナーのみんなに『撮れ高』を見せようと思ってカメラを回してたら、すっごく美味しそうな、甘〜い匂いがしてきて……」
「匂い……ああ、僕が仕掛けた太陽芋と月見大根の野菜クズですか」
「そう! それ! もう、匂いだけでほっぺたが落ちそうなくらい美味しそうで、気がついたら思わず飛びついてパクッて……そしたら、バインッて足首を吊り上げられちゃったのぉ……」
つまり、この天使は。
鳥を捕まえるために置いた『野菜の皮』の匂いに釣られて、本能のままに罠に突っ込んできたということらしい。
野生動物より警戒心がないじゃないか。
「……ユリウス君」
「はい、なんでしょうキャルルさん」
「なんというか……変なのを獲っちゃったわね」
「そうですね。変なのを獲りましたね」
僕とキャルルさんは、深くため息をついた。
「ちょっと! 聞こえてるわよ! 美少女天使を捕まえておいて『変なの』って何よ! 早く下ろしてぇ!」
バタバタと暴れるキュララさん。
放っておくわけにもいかないので、僕は愛用の『三徳包丁』を抜き、サクッとツルを切り裂いてあげた。
「きゃっ!」
「わっ、危ない」
地面に落ちてきた彼女を、咄嗟に抱き止める。
とても軽い。それに、甘いシャンプーのようないい匂いがした。
「ふぇ……あ、ありがとう、農夫さん。私、キュララ! 助けてくれたお礼に、私の配信であなたのこと宣伝してあげるね!」
「……ええっと、どういたしまして。でも宣伝は間に合ってますから大丈夫ですよ」
僕はこれ以上目立ちたくないのだ。ただでさえ、先日『神様見習い』なんていうわけのわからない役職を押し付けられて、頭が痛いのだから。
キュララさんは僕の腕の中から飛び降りると、ぐー、とお腹を盛大に鳴らした。
「うぅ……罠の野菜の皮は食べたけど、全然お腹いっぱいにならないよぉ。ねえねえ、農夫さん。この辺に美味しいご飯食べられるところない?」
「ご飯ですか? ルナキン(ファミレス)なら村にありますが……あ、それなら」
僕は、あることを思いついた。
この人、ゴッドチューバーとかいう動画配信者なんだよな。
うちのアパートには、たしか『お金持ちの太客』を失って、部屋の隅で絶望している可哀想な地下アイドルがいたはずだ。
同業者(?)同士、何か通じ合うものがあるかもしれないし、ご飯くらいなら僕が作ってあげられる。
「良かったら、僕のアパートに来ますか? 大したものはありませんけど、ご飯ならご馳走しますよ」
「えっ、本当!? やったぁ! 行く行くー!」
「ちょ、ちょっとユリウス君!?」
慌てるキャルルさんをよそに、僕はすっかり懐いてきた金髪の天使を連れて、ポポロ村のアパートへと帰還することになった。
――しかし。
この『トップ配信者の天使』をポポロコーポに連れ帰ったことが、あんな恐ろしい『底辺格差コント(地獄)』の引き金になるなんて、この時の僕はまだ予想もしていなかったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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