第9話 ちゃんとした冒険者
ーー 翌朝
「おーい、ウタ。いるか?」
誰かが僕の名前を呼んでいる。
強制的に飲まされた初めてのお酒で割れそうな頭を押さえながら身を起こすと、手元に柔らかな感触が。
「ん……、うん? え!?」
恐らくは男が最も好きな柔らかいアレをモニュモニュと握った僕の指先。そして何故か機嫌良さそうにスヤスヤ眠っている裸体の女の子……
「そろそろ起きる時間だ、ぞ……、って、う、ウタ、き、キサマ……!?」
知らない部屋。
そして知らないベッド。
その知らないベッドに、裸のまま一緒に眠っていた僕と……。
「なんだ騒々しい。キサマ、朝っぱらからわらわを起こすなど万死に値するぞ」
ゴゴゴと怒りを滾らせながら隣で目を覚ますインフさん。そして扉のノブを掴んだまま、僕を殺意の眼差しで睨みつけるサロムさん。
何が!? 何が起こってるの!?
「テメェ、ウタ。いつの間にインフちゃんと!? って、い、い、い、インフちゃーん!!?」
彼女が裸なのを目撃し、サロムが卒倒した。慌てて彼女をシーツに包んだ僕は、「何かが色々ちがーう!」と叫ぶしかない。起床して早々、それから一悶着の罵詈雑言が並んだことは想像にお任せする――
「そんで、ウタよ。テメェはこれからどうするつもりなんだよ、アァン!?」
食事の席に招待された僕ら二人と、テーブルを挟む反対の席には、今にも殴りかからんメンチを切ったサロムと、見覚えのない女性が一人。
激怒な彼とは似ても似つかない、黒髪ロングの上品で落ち着いた大人の雰囲気漂う女性が、僕とインフをにこやかな笑顔で見つめている。
「あの……、そちらの方は……?」
「アァ!? こっちは妹のレビンだ。……って、まさかテメェ、俺の妹にまで手を出す気じゃねぇだろうな!?」
「お兄ちゃん、少し黙ってていただけます?」
ガルルルと犬のように唸るサロムを無視して自己紹介したレビンは、簡単な朝食を僕ら二人に並べ、「どうぞ」と促した。遠慮している僕とは対象的に、インフは言われるまでもなく食事に舌鼓をうっていた。
「なるほど、ウタさんとインフさんはずっとお二人で旅をしてきたのですね。昨晩はウチの残念なお兄ちゃんがご迷惑をおかけしました」
全てを飲み込んで僕らに会釈したレビンは、聞き分けない兄の目くじらをバチンと一喝する。そしてようやく落ち着いた朝食の場が戻ってくるのだった。
「すみません、寝る場所に加えて朝食までいただいてしまって……」
「構いませんよ、これも何かの縁ですもの。それに、こんなにめでたい日にやってこられたお二人は、きっとさらに良いことを運んできてくれる幸運の使者。私にはそんな気がしてならないのです」
「幸運の……、ですか?」
言葉に詰まる僕の様子に何かを感じたのか、彼女はすぐに話題を変えてくれた。
「それでお兄ちゃん。お二人に何か伝えることがあったのでは?」
小さな硬いパンを摘みながらソワソワしていたサロムが、思い出したように「そうだった」と声を上げた。残っていた皿の朝食を一気に平らげるなり、テーブルにドンと手をつき、僕を睨みつけた。
「お前、……これから暇か?」
これからインフを巡る決闘をしろとでも言わんばかりに鼻息荒く眼が血走った兄の頭をバシンと叩いて座らせたレビンは、仕方ないなぁと代わりに説明を買って出た。
「実は冒険者であるウタさんにお願いがありまして」
「お願い、ですか……?」
「ええ。昨晩もご覧頂いたとおり、パパスの村は恒久的に人手が足りず、特に最近は冒険者さんが村に立ち寄らなくなってしまったせいで、日常的に使用するポーション類のお薬が不足しているんです。そこでお願いなのですが……、もしお時間があれば、ギルドの依頼を受けていただけませんか。もちろん報酬は色を付けてお支払いしますので……」
「ぎ、ギルドに、い、依頼……?」
言葉の意味がわからずあたふたしている僕を見かね、食事を終えて丁寧に口を拭き拭きしたインフがコホンと咳払いし、注目を集めて言った。
「残念ですが、我が主様はそのような雑用をいたしません。別の者に依頼することですね」
「い、いや、ちょっと待って!」
あまりの物言いに慌てて割って入った僕は、落胆しているレビンに詳しい説明をお願いしますと頭を下げた。
「詳しくと仰られましても、冒険者であるウタさんは既にギルド登録された冒険者のはずですし……。何より冒険者は依頼に基づきクエストをこなすのが生業ですし、これ以上、私にはどう説明してよいものか……」
「そ、そのことですが、昨日ちゃんと説明するのを忘れてました。実は僕、……まだちゃんとした、その、冒険者? じゃないんです」




