第8話 祭の夜に
「はぁはぁ、だ、大丈夫ですか!?」
息が切れているのも忘れて村の入口を叩くも、どこか様子がおかしい。
敵に襲われている雰囲気がなく、それどころかとてもウェルカムな空気で出迎えてくれた守衛の男性が、「冒険者か?」と話しかけてきた。
「ぼ、冒険者? いや、それどころじゃなくて、モンスターが村を!」
「モンスターだって? 何を言ってるか知らないが、今は祭りの準備の真っ最中でね。これが祝わずにいられるかってな!」
櫓から降りるなり、僕の肩をバンバン叩き肩を組んだ守衛は、どうやら既に酔っているのか酒の匂いが漂っている。こんな状態でモンスターと戦えるのかと怒りがこみ上げた僕は、彼の手を振りほどき、「そんなことしてる場合ですか!?」と声を荒らげた。
「どしたどした冒険者。こんなめでたい日に、そんな険しい顔するなって」
「いや、だっておかしいでしょ!? 村の真ん中から煙が上がってて、もしかして襲われてるんじゃないかって、それなのに!」
「村が? モンスターに?」
キョトンとした顔で守衛が固まった。
近くにいた彼の仲間もぞろぞろと集まり、同じように僕の顔を凝視してから、中の一人が「プッ」と吹き出した。それをきっかけに、堰を切ったように大爆笑が巻き起こった。
「アーッハッハッハ、坊主、あれは襲われてるんじゃなくて、祭りで使う篝火の準備をしてんのさ。まさか煙を見て村が襲われてると思って、慌てて訪ねてきてくれたのかい。そいつは迷惑かけたな。しっかし見たところ、身なりもボロで、ろくな装備も持ってないのに、アンタいい奴だな。これも何かの縁だ、おい誰か、祭りの参加者一人追加な!」
村の中央から「あいよー!」という嬉々とした声が聞こえ、今度は僕がキョトンとする。
村人の会話を聞くかぎり、どうやら何か良いことがあって、村は祭りの準備中だったみたいだ。彼らの顔にはモンスターのモの字もなく、それどころか反対に何からか開放されたような清々しさなのか、内面から滲み出る喜びのようなものが感じられた。
守衛として村の入口を守っていたサロムが案内役を買い、僕を村の中央へ案内してくれた。
「まだ準備の真っ最中だが、ここが祭りの舞台になんのさ。急だったんでバタバタしてっけど、今夜は存分に楽しんでってくれよな!」
「は、はぁ……。あ、でも僕、お金とか持ってないし……」
「んなこと気にすんな! 今夜は全部関係なし。なんも考えず楽しんでってくれ、こんなめでたいこと、他にないんだからよ!」
いつの間にやら酒瓶を手にしたサロムは、僕の肩に手を回しゴキュゴキュと酒を飲み干した。僕は確かに浮かれてるなと苦笑いする。
「ここはパパスっていう見てのとおり小さな村だが、東西の大きな町へ向かう中間地になってる関係で、人も冒険者も多いんだぜ」
しかし彼の言葉とは裏腹に、広場に集まった人の数はそれほどでもなく、忙しそうに準備を進めている面々を除けば、パラパラとそれらしい人物がいるだけだった。そんな僕の疑問を察してか、サロムが言葉を付け足した。
「お前さんの言いたいことはわかる。しかしそれも当然だろ。東の辺境は、もうずっとこんな状態だ……。しかしそれも終わったんだ。俺たちは、やっと地獄から開放されたんだからな!」
微かに涙を浮かべながらグラスを天高く掲げたサロム。誰かを思ってのことなのか、噛みしめるような笑みを浮かべている。彼の表情には、心の底から湧き出すような喜びが溢れていた。
「そ、そうですか。ところで先程から皆さん口々に言いますけど、村で何かあったんですか?」
狐につままれたような顔で眉をひそめるサロム。僕は慌てて、「すみません、僕このへんの生まれじゃないんです。遠くの国からやってきたので」と言い訳した。
「なんだそうだったのか。道理で話が噛み合わないわけだ。この付近の町や村はな、この十数年、どこも酷い被害を受けてきたんだよ」
「被害?」
「本当に何も知らないのか。……カーズルインだよ。いくら世間知らずでも、それくらい知ってるだろ?」
インフが前にそんなことを言ってたなと知ったかぶりで頷く僕。
「奴らは神龍と呼ばれるドラゴン系モンスターの系譜を持つ一族で、この先の東の地を牛耳ってた龍族の片割れさ。恐ろしいほどの魔力と圧倒的な武力で他国へ喧嘩を売って、そのたびに勢力を拡大してきた折り紙付きの侵略国家だよ」
「へ、へぇ、そうなんですか……」
「しかし幸いなことに、同じ龍族であり、奴らの敵である『真龍』との争いが続いていた関係で、ここ百年ほどは俺らの住む国にまで被害は出てなかった。ただ少し前にそこのトップが代替わりしてね。先代の頃はカーズルインの奴らが暴れる火の粉を真龍のトップが払ってくれていたんだけど、新しくなってからはどうにもな……」
「そ、それって(もしかしてインフのことじゃ……)」
「真龍の奴らに動きを干渉されないと悟ったカーズルインは、これ好機と隣国に攻撃を仕掛けてきてよ。奴らにとって俺らは餌だ。そうなるとどうするか。奴らの本拠地から近い周辺の町や村がどうなるか、想像つくだろ?」
ゴクリと息を飲む僕の反応に納得し、ハハハと背中を叩いたサロムが安心しなと笑った。
「確かに俺たち東の民は、これまでずっと酷い目にあってきた。しかしそれもほんの少し前までの話さ」
「え……、だけど……」
「それがな。……滅びたんだよ、カーズルインが!」
滅びたという言葉に嫌な記憶が引き戻され、僕は反応できなかった。インフから聞かされた記憶が正しければ、カーズルインを滅ぼしたのは――
「それ、僕が――」
「俺はさ、思わず喜びに打ち震えて叫んだね。俺だけじゃないぜ、なんならヒューマンの枠とか関係なく、他種族の奴らだってそうに決まってら。誰彼構わず傍若無人に暴れまわってきたクソ野郎どもが滅んだんだ。これを喜ばずにいられるかよ!」
拳を握り、噛みしめるように語ったサロムは、本当に、心の底から嬉しそうに微笑んだ。僕はそれ以上言葉が続かず、唇を噛んだまま黙り込んだ。
「俺ぁね、初めて神ってのを信じたよ。節目節目に徒党組んで現れるあの化物どもを抑えられるなんざ、もう真龍のトップくらいしかいないと思ってた。けど今の代は他種族とかまるで興味なくて、近頃はもう大半の人間が諦めてた。どこのどいつがやってくれたか知らないけど、もしそいつが"俺についてこい"って命令してくれたなら、俺はそいつに一生を捧げるね。この命にかえてでも」
「命って、そんな大袈裟な……」
「大袈裟なもんかよ。俺たちは、もう奴らに食われるのを明日か明日かと震えるばかりの毎日だったんだ。それが今、こうして自由を謳い、喜ぶことができる。さぁアンタも飲んでくれ、今夜は宴だー!」
サロムの言葉に呼応し、村人たちが一斉に拳を掲げた。抑制されてきた人々の叫びにも似た何かが爆発し、ただただ喜びの声だけが響いていた。
日が落ち、村中の家々から足を運んだ村人たちが中央広場に集まり、それぞれに用意した料理や酒を振る舞い、大いに盛り上がった。僕も彼らの嬉しそうな空気に少しだけ気分が紛れ、進められるがまま祭りに参加した。
「飲んでるかよウタ! もっとジャンジャン飲めよ、ガハハハハ!」
酔い潰れ、今にも倒れそうなサロムを建物の袖に座らせた僕は、渡された皿に乗っていたソーセージのような食べ物を一口食べた。臭みが強く独特の匂いがする安っぽいカスカスした薄味の肉だったが、それでも久方ぶりの食事がこんなにも良いものだったかと思い出させてくれた。
「……馬鹿騒ぎをして。愚かなヒューマンどもめ」
不意に建物の影から何者かが話しかけてきた。ぬっと姿を現したのはインフで、酔い潰れて寝てしまったサロムを見下ろしながら、不気味な笑みを浮かべた。
「い、インフ……さん。……これまでどこへ行ってたんですか」
「ヒュムどもの馴れ合いに、わらわのような上級種族がわざわざ交じる理由などどこにありましょうか」
しかし現れた彼女の両手には、どこからか手に入れた酒のジョッキと大量の料理が握られており、存分に祭りを満喫している様子が窺えた。
「……お腹、減ってたの?」
「ふん。ヒュムの奴らは飯を作ることだけは美味いですから。しかし勘違いしてもらっては困ります、これはわが主様のお側にいる者として、違和感なきようしているまでのこと。必然のカモフラージュです」
そのわりに口いっぱい頬張りながら飲食を楽しんでいる様子のインフは、特に問題を起こすことなく、祭りを楽しんでいるようだった。
「ねぇ、インフ……?」
「なんでふ、主様?(もぐもぐ)」
「……そのさ、カーズルインって、どんな国だったの?」
僕の質問にしばし上を向いたまま考えを巡らせたインフは、人さし指を立てたまま、とても素っ気なく言った。
「一言で言えば『糞』ですね。それ以上でも以下でもございません。奴らは同族の我らから見ても、糞以外の何者でもございません」
「……だけど、そんな人たちにも、きっと家族や仲間がいて、こんなふうに笑ったり、泣いたりしながら、当たり前の日常を送っていたんじゃないかな」
「杞憂です。奴らはこの地に生まれ落ちた瞬間から、他者を貶めることのみに特化した愚者の集合体。主様が気に病む必要などございません。これまでの行いが招いた末路とも言えるでしょう」
「正直ね、僕が滅ぼしたって言われても現実味はないけど、僕が今もこうして生きているってことは、何かあったんだろうってことくらいはわかるよ。でもやっぱり僕は、相手がどんなに悪い奴だったとしても、……殺すとか、滅ぼすとか、……そういうのは違うと思うんだ」
眉をひそめ、この御方は何を仰っているのでしょうという顔で肉にかぶりついたインフは、「よくわかりませんが」と前置きしてから付け加えた。
「主様がどう言おうと、結局この世界は弱きが屈し、強きに従うという原理原則の上にしか成り立ちません。現にカーズルインは竜国領でも屈指の強国として君臨していました。そして今後も多種多様な種族を圧政し、その勢力を伸ばしたことでしょう。そんな蛮行を生業としてきた連中です、遅かれ早かれ、同じ運命を辿ったことでしょう」
壁にもたれかかったままシリアスに話す僕らの足元で、ハッと目を覚ましたサロムが慌てて左右に首を振った。まだ祭りの最中であることを知るなり、頭上の僕を掴まえ、「なに辛気くさい顔してんだ兄弟!」と酒瓶を振り回した。
「ちゃんと飲んれんのか兄弟~、って、おや、そちらの美人なお嬢様は……。う~ん? ……ウタ、もしやこの隙に乗じて美人なお嬢様を口説いていたんじゃあるまいな!? 許せん、許せんぞウタ、キサマはパパス酒100杯の刑だ!」
僕を引っ張り回す村人に苛つくインフと、デレデレ上機嫌なサロムや村人との宴は夜通し続き、そうして賑やかな夜は過ぎていくのだった。




