第12話 アレな血
一転し村の守り手の顔になったサロムは、生き物の気配がなくなった森をぐるりと見回した。僕はチラリと後方を見やり、恐らく彼女の仕業だろうと悟ったが、素知らぬフリをして誤魔化した。
「おかげで今日は肉なしの坊主だ。ま、村としてはモンスターの不在は喜ばしいことなんだけどな」
「そ、そうですよね」
「とは言え、いないものはいないんだから仕方ない。さっさと戻ってレビンに報告だ。腹も減ったしよ!」
武器から持ち替えた森の食材を掲げるも、インフはどこか不満そう。かと思えば村に入る直前になって僕を突然呼び止め、「しばし別行動することをお許しください」と告げ、即座に姿を消してしまった。
「……インフ?」
「なんだよウタ、どうかしたのか。あれ、インフちゃんは? 今までいたのに」
「いや、なんでもないです。ちょっと買い物を忘れたから行ってくるって。それより早くこれを渡しにレビンさんのところへ戻りましょう」
不思議そうな顔をするサロムの背中を押した僕は、二人で採取した薬草を背負ってギルドに入った。すると僕らを待ち構えていたのか、姿を見つけるなりレビンさんが駆け寄ってきた。
「見ろよレビン、大量に取れたぜ。これで数日分は確保できたな」
しかしどこか慌てている様子のレビンは、サロムの手を引き、僕に聞こえぬよう彼の耳元で何かを伝えた。「なんだって?」と神妙な表情になったサロムは、僕に荷物を託し、ギルドを出ていってしまった。
「レビンさん……?」
「ウタさん、ごめんなさいね。村のことで少しだけお兄ちゃんに話があったものですから」
「何かあったんですか?」
「いいえ、ウタさんはお気になさらず。お兄ちゃんへの業務連絡のようなものですから」
「そうですか」という僕の相槌に対して、どこか気が気でない様子のレビンさん。しかし僕が気にしたところで話が進むとは思えないので、仕方なく話題を変えた。
「ほら見てください。薬草だけじゃなくて、こんなに沢山食材も採れましたよ。皆さんで食べましょう」
「そうですね! ではそろそろ時間ですし、私も業務を終わらせて料理の準備をいたします。少し待っていてください。あ、ですがその前に……」
今回の依頼書に判を押したレビンが数枚のコインを差し出した。「これは?」と首を傾ける僕に対し、レビンが「今回の報酬です」と微笑んだ。
「報酬って、お金がもらえるんですか!?」
「当たり前じゃありませんか。こちらが依頼したクエストをこなしていただければ、それに応じた報酬を支払う。当然の権利です」
「でも今回はサロムさんに手伝ってもらったわけですし」
「お兄ちゃんは村の衛兵としての本職がありますので、今回の依頼とは無関係です。それにお兄ちゃんがいただく分は、私が先にいただいておきましたし」
コイン数枚を挟んでみせたレビンは、「では準備してきますね」と裏手に戻っていった。ひとり残された僕は、この世界で初めて手にした数枚のコインを見つめ、どうにもリアルすぎるその質感に困惑していた。
多分これはもう夢なんかじゃない。
川に落ちたあの瞬間から、僕は別の世界に飛ばされてしまったんだ。
「……なんだよ、そんなのって。せっかくずっと、必死で頑張ってきたのに」
奇妙な流れに流されるまま、僕は知らない村で、知らない人々と、知らない冒険をして、知らないアイテムを手に入れ、知らない生活を始めてしまっている。
手にしたたった数枚のコインが、その当たり前でなくなってしまった現実を突き付け、僕の心を酷く揺さぶった。
「……主様?」
急に背後から話しかけられ、思わず肩がビクッとすくむ。振り返ると、顔に血をつけたインフが立っていた。
「え、インフ? どうしたの、その血!?」
「え? ああ、ついていましたか。これはわらわのものではありません。外に置いてある者の血ですわ」
「外?」と質問したタイミングで、着替えを終えたレビンが顔を出した。インフに気付いた彼女も、同じく血で汚れた彼女を心配し、何があったのかを尋ねた。
「いえ、『アレ』が足りぬとお聞きしたもので、少しばかり調達をと」




