33話「蛇」
ミライが発進してなお、艦隊が本格的な移動を開始するには2時間の時間を要した。強大で所属艦数も多いだけあり一度集合し陣形を整えるだけでもかなりの時間がかかるのである。
それは春翔達に最後の打ち合わせを行う時間を与えた。
元帥・火神春翔、ガーディアンズ副司令官・ホレーショ・ネルソン大将、中華方面軍司令官・李舜臣大将、インド・東南アジア方面軍司令官・カーリー・マハーデーヴィー大将の4者を繋いだ会議は既に決定していた事項の確認、および具体策の打ち合わせに費やされた。
即ち既に分割する事が決定していた本部艦隊の振り分けの決定である。
しかしそれはガブリエーレ、およびネルソンが周到に用意していた資料と案もあり1時間程度で決定した。その内容は元帥直属第一艦隊含む奇数艦隊は中華方面へ、偶数艦隊はインド方面へと言うものであった。
さらに最高司令官不在時の本部職務の一切はネルソン大将が統括すること、なんらかの理由により最高司令官・火神元帥が作戦の指揮を執れない状況に陥った場合、最高司令官職継承順位3位である李大将が指揮を執ることなどが決定された。
「でも、閣下が指揮を執れ無くなることなんてあるんでしょうか」
旗艦・ミライの艦橋にて、珍しく春翔の側にいないガブリエーレが疑問を口にした。
「なんだ坊主、そんなことが気になってたのか」
彼の疑問に応えたのはミライ操舵長・大西少佐、今年25歳。ガブリエーレほどではないが、彼もまたかなり早い昇進を遂げている者である。
「だって閣下の命は尽きる事は無いんですよ?例えこの艦が沈んだとしても、死ぬ事は有りませんし」
その言葉に大西はため息をつき、近くにいた女士官に声をかけた。
「眞木、お前どう思う?」
「階級を付けなさい大西少佐。正直安直と言わざるを得ないわね。例え死んでいなかったとしても、意識が無かったり、うまく脱出艇に乗り込めずに海やら密林やらに叩き込まれたら指揮を執る事は出来ない。この場合こう言ったケースを想定しているのよ」
戦艦ミライ戦術長兼艦隊作戦参謀の地位を持つ彼女の指摘は鋭い物だった。
そもそもガブリエーレと彼女では経験からして違う、彼女が戦艦ミライ乗り組みを命ぜられたのはつい一週間前。それまでは前線に展開していた中華方面軍第六艦隊旗艦・四川の戦術長として多くの作戦行動を見、そして彼女自身もまた立案してきたのだった。
「そう言う事だったんですか、、、」
「気を落とす必要は無いわ。パッドリノ大尉はまだ学校を出たて、例え飛び級するほど優秀だったとしても学科の教習だけで得られる物は実戦での経験ほど多くは無い。私や大西少佐だって最初はそうだったわ」
「中佐殿の場合は二等兵からの叩き上げだからな」
「少佐、それは私をおちょくってると解釈して良いのかしら」
「いいえ、まさか」
「あらそう」
彼女の声には感情の起伏が見られなかった、そんな声を向けられた2人に与えられた選択肢は背筋を伸ばすことのみだった。
まさに蛇に睨まれた蛙。「蛇」などと形容したと知れたらその日こそ命日になるであろうが。
「なら良いわ、持ち場に戻りなさい」
「気をつけろよ、怒らせるとご覧の通りだ」
「何か?」
「いいえ何にも」
「俺も失礼します、そろそろ閣下もお戻りになる頃だと思うので」
それはあくまで建前であったが、彼にとってこの艦橋を離れるための理由など正直何でも良かったのである。
ガブリエーレ背中に恨みがましい視線を感じながら艦橋を辞した。




