32話「旗艦」
新暦162年3月14日午前4時32分、ガーディアンズ最高司令官・火神春翔元帥は麾下の本部直属艦隊に第一種警戒態勢、及び出港準備を発令。次いで同日午前6時46分、ガーディアンズ全部隊に戦闘準備を発令した。
ガーディアンズ将兵たちの間には緊張が走った。ついに仁への出兵が開始されるのかと、ついに史上最大規模となるであろう戦いが始まるのかと。それは彼の副官たるガブリエーレ・パッドリノとて例外では無かった。
本日の彼の起床時間は午前3時、しかしそれを感じさせないほど彼は生き生きとし、そして普段の六割り増しで堅い表情をしていた。
「ついに例の作戦を発動なさるのですか?閣下」
「まずは中華、東南アジア両艦隊と合流する。話はそれからだ。まだ詰めるところも詰めてないからね」
「では、、、」
「大尉、本部所属の全艦隊に通達、本日午前10時に全艦隊抜錨、事前通達の通り中華方面軍、もしくはインド・東南アジア方面軍に合流する!」
その言葉にガブリエーレは無言の敬礼で応えた。
その30分後、東京港は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「全艦隊抜錨!乗組員は直ちに配置につけ!」
「離水位置までは補機出力による水上航行!主機は予備運転に入れ!」
「各部隊点呼の上上官に報告書!」
「現時点で航行、及び戦闘に支障のない艦のみで構わん!不調の有る艦は修理の上現地で合流だ!」
「第三艦隊移動を開始!」
「本艦の出航許可はまだか!?」
「大沢部隊の後だ!少しは待て!」
「第一艦隊先遣部隊旗艦・巡洋戦艦浅間移動を開始!後ろが詰まってるぞ!」
「第六艦隊富永中将が入ります!」
無機質な鉄の音が響く。
ガーディアンズ本部地下第一船渠、彼らの目的地はそこだった。
「閣下、本当にこの艦を動かすおつもりですか?」
通路に足音に混ざってガブリエーレの心配そうな声が響く。
「あぁ、元帥がでるのに総旗艦が動かなければ変だろう」
「ですがあの艦が最後に航行したのは6年前です、本当に動くんでしょうか?」
「動くさ、あの艦はきっと動く。そして眠りから覚ます絶好の機会だと思わないかい?」
「確かにそうですが、、、っ!」
彼は言葉の途中で息をのんだ。ガブリエーレの目の前にはガーディアンズ総旗艦・戦艦ミライがその巨体を横たえていた。
(すごい、、、!初めて見た、、、)
ここ第一船渠への立ち入りが認められている人間は限られている、この10年の間にミライの姿を知る者は少なくなっていたのだ。
春翔は懐かしげに、愛おしげにその艦体を撫で、そして中へと入っていった。
「お待ちしておりました、閣下」
艦橋に足を踏み入れた瞬間、彼らは一人の老士官の敬礼に出迎えられた。
彼の名はラオ大佐。元帥となってなおミライ艦長職を譲らなかった春翔に代わり、艦の運用全般を司る者として副長の立場を与えられている歴戦の老兵である。
「ラオ大佐、ようやくミライを動かせるよ」
「ミライも待ち望んでおりましょう、各部点検完了、航行に支障は有りません」
「素晴らしい、パーフェクトだよ大佐」
嬉しそうにそう言った後、彼はガブリエーレの方に向かっていった。
「少佐、君にとって初めての実戦だ、生きて帰れる保証はない。この艦が沈まないという保証も、沈まなかったとしても艦橋が壊滅する可能性も捨てきれない。もしそうなれば僕はともかく君は死ぬ、17という若さでね。それでも来るかい?みんなもだ、もし覚悟がないなら降りても構わない」
艦橋要員の誰もが顔を見合わせた、そして覚悟を決めたように頷き合う。それを代表するようにガブリエーレが口を開く。
「閣下、俺はあなたの副官です。あなたが行く限り俺はどこまでもお供する覚悟です」
その答えに春翔は困ったようにはにかんだ。
「ではみんな、行くとしようか。総員発進準備!船渠内注水開始!」
オペレーターにより艦内を駆け巡った命令は、再びこの大きな艦を動かすための動力となり始めた。
「船渠内注水正常!」
「主機予備運転を開始!」
「全武装異常なし!」
「レーダー誤差修正、±0.000001、許容範囲内です!」
「旗艦直属艦との制御リンク開け!105回線!」
「補機出力上昇!」
「出入港管理局より出航許可!コースはB-01!『湾内巡航速度ヲ遵守サレタシ、武運長久ヲ祈ル』!」
「注水率100パーセント!浮上航行可能です!」
「了解、全安全装置解除!」
「安全装置解除!」
軽い衝撃が艦内を揺らした。ついにこの艦を地上に縫いつけていた装置が解除され、ミライは自由の身となったのだ。
「艦長!行けます!」
ラオ大佐の声に頷き、春翔は命じた。
「補機出力解放、微速前進!」
普段からは想像もつかない喧騒に、付近の居住区に住む民間人や兵士たちの家族が港を見渡せる高台に集まってきた。それぞれが、それぞれの想いを胸に出撃していく艦隊を見送りにきたのである。
「母さん、あれなぁに?」
母親の腕に抱かれた幼い少年が眠い目を擦りながら母に訊ねた。母親は少しほほえんで答えた。
「あれはね、『戦艦』って言うのよ」
「『せんかん』?」
「そう、戦うお船のこと。この町を、私たちを守るためにこれから戦いに行くのよ」
その言葉に少年は食い入るように戦艦群を見つめた。彼はその時何を思ったのだろうか?
自らにとっては正義の味方であり、敵にとっては殺戮の使者であるその巨大な鉄の塊が蠢く海をみて、一体何を感じたのだろうか。きっとそれは未来のみが証明することであろう。
「おい!あれ!」
男の声にどよめきが広がる。
ゆっくりと姿を表した他を圧する堂々たる艦容、独特の統一感の無い塗装、そして何より艦側部にペイントされている「GA-00001」という艦番号を持つ艦。見間違えようがなく、間違いなく戦艦ミライの姿であった。
その姿に誰もが声を失った。それはかつて多くの願いを載せて空を駆け、その名の通り未来を照らした希望の艦の姿だった。
「湾外にでました!離水可能域です!」
オペレーターが報告した瞬間、艦橋中の視線が春翔に集まった。まるで命令を催促するように。
彼は幾分緊張したような面もちで下を向き、誰に話しかけるともなしに「では行こうか」と呟き前を向いた。
「主機出力最大!上げ舵30!離水上昇!戦艦ミライ発進!」
生物の鳴き声のような、叫び声のようなミライの主機特有の音が辺りに鳴り響く。と同時にミライを中心とした10隻程度の艦隊は凄まじい速度で加速を始め、やがてその巨体は空へと飛び立った。
その数分後、先に空へと上がっていたパクス級巡洋戦艦15番艦・ジュリオ・チェーゼレのレーダーは斜め下から接近しつつある味方艦を補足していた。
当初オペレーターは気にもとめなかったが、その正体がわかった瞬間大急ぎで艦長へと報告した。
「ミライが来ます!本艦至近!」
「なに!?」
艦橋要員が次々と窓辺へと集まってきた。その直後艦橋には歓声が起こった、ミライが雲海を突き破りその艦体をゆっくりと彼らの前へと現したのである。
「すげぇ、俺飛んでるところ初めてみた」
「私もよ!私なんてみるのも初めてだわ」
彼らは興奮状態に陥り、士気は著しく上昇した。
伝説的な艦が味方に参戦している、その事実が彼らの心を支えたのである。そして今日、春翔はそれをねらってミライをこの作戦に参加させたのではないか、という噂がまことしやかに囁かれている。




