16話「路地裏」
シチリア島南東部の町、シラクーザには定期的に市が立つ。
大抵は1月に1回、ヨーロッパ各地に散らばっていた行商人達が一時的に戻ってくるタイミングで開かれる事がほとんどだ。それだけに珍しい物、みたことも無い物が平然と店先に並び、行商人達の語って聞かせる物語は子どもたちを惹きつけて止まない。市に行くことを嫌う子どもはおらず、大人としても周辺の町との交流が出来るとあって市の立つ日はシラクーザは恐ろしい混雑となるのだ。
この日もシラクーザに市が立ち、ガブリエーレは母と共にシラクーザを訪れていた。
「やっぱり活気が凄いねぇ」
「えぇ、みんなこれを楽しみにしているもの」
買い物を終えて両手に袋を抱えながらシラクーザの町の外れへと向かおうとした時、カフェのテラスで1人の女がこちらをジッと見つめていることに気がついた。
「、、、母さん、荷物は俺が持って行くから先帰ってて」
「え?なんで?」
「ちょっと気になる物を見つけて」
「別に良いけど、、、」
「じゃあまた後でね!」そう言って困惑する母を置いてそこを離れる、女はカフェのすぐ横の路地裏へと消えていた。
女を追い路地裏へと入ると、少し先にトレンチコートを着た髪の長い女が立っていた。
「ガーディアンズ最高司令官火神春翔元帥付副官のガブリエーレ・パッドリノ中尉ね?」
出し抜けに女が聞いてくる。
「ええ、はい」
「火神元帥に伝えて欲しいことと、それから渡して貰いたい物があるの、一度しか言わないから良く聞いていて頂戴」
「わかりました」
その言葉に軽く頷いて女は話し出した。
「仁帝国は3日前の御前会議で令王国の併合を決定しました、併合が行われるのは6月20日。表向きには海氏が絶えたからと発表される予定、恐らく狙いは香港における商業的利権の直接支配、そして新技術の掌握ね」
「これが資料よ」そう言って彼女は小さなチップを渡してきた。
「ロックは3重、パスはそれぞれ12桁で私と火神元帥しか知らない」
「確かに受け取りました、必ず元帥にはお渡しします」
「それを狙う者がいるはずよ、くれぐれも気をつけて」
「わかりました」
それから彼女は周りに目配せをして声を落として言った。
「それからあなた付けられてるわよ」
「そんな気はしていました、マケドニアの者ですか?」
「多分ね、半分は私についていたみたい、港でも見かけたわ。どうもここで仕掛けるつもりらしいわね」
その言葉にガブリエーレはバッと後ろを振り向いた。路地の向こうに黒いコートを着た二人組が一組、反対方向にも一組、左右の建物の屋上にも一組ずつ、計8人が彼らを取り囲んでいた。
「2対8ですか、分が悪すぎませんか?」
「恐らく確実に仕留めたいんでしょうね」
「相手も素人では無いでしょうに、、、情けないとは思わないんでしょうか?」
「確実に勝てる戦法で戦うのも玄人のやり方よ、それからあなたにはこれを渡しておくわ」
そう言って彼女はスイッチのような物をガブリエーレに渡してきた。
「瞬間移動装置、、、」
「使い方はわかるわね?パスはあなた専用、使うも使わないも自由よ」
彼女が言い終わるか言い終わらないかの内に彼はその装置を袋に取り付け、家へと転送していた。杖を抜く彼をみて彼女はニヤリと笑い「若い守り人も捨てた物じゃ無いわね」と言いながら彼女もまた杖を抜いた。
タイミングを合わせた訳では無いが、同時に逆方向へと走り出す。
上から飛び降りて襲いかかってきた男に失神魔術をかけ、その体を前方の二人へと投げつける。反対の屋上から飛び降りてきた女には特異魔術で生成した水の水圧を上げに上げて一気に叩きつけ、その隙に後ろから飛んできた魔術を避け至近まで迫っていた男に足払いを仕掛け転倒させる。もう一方の男には右ストレートを顔面にお見舞いし、その勢いのまま起き上がりかけていた男に回し蹴りを喰らわせる。所々「メキッ」とか「ゴキッ」と言った音が聞こえた気がしたが彼はそれを無視して地面に倒れ伏す4人の男女を拘束した。
「そちらはどう?」
ちょうど向こうも落ち着いたのか女がコツコツと近づいてくる、服の乱れすらほとんど感じない辺りやはり特殊な訓練を受けているようだ。
「どうにか片づきました」
「なかなかやるじゃない」
忘却魔術をかけながら感心したように呟く。
「えぇ、相手はこちらの力量を見誤っていたようですね」
「こちらしては幸運な事に?」
彼女は立ち上がると周りを見回して言った。
「増援がくる前にずらかりましょう、掴まって」
そう言って差し出された女の腕を遠慮がちに掴んだ瞬間、彼はパラッツォーロ・アクレイデの門の前にいた。
「良いこと?くれぐれも気をつけて、民間船で帰るのが危険だと判断したならカンピオーニ大将を頼りなさい」
「わかりました、ありがとうございます王海蘭大佐」
「、、、礼には及ばないわ、父にあったら健康に気をつけるように言っておいて。じゃあ、あなたも達者でね」
そういい終わった瞬間、彼女の姿はそこから消えていた。彼はしばらくそこに立ち、一瞬前まで彼女の立っていた場所を見つめていた。




