表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まことの道を歩みたく  作者: 藤原時照


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/26

第八話 英雄、それとも――

「あら、ごめんなさい。また来ます」

 それは看護師だった。

「いえ、大丈夫ですよ」

 彼女は私から唇を離すと、何事もなかったように笑顔を浮かべた。

 私ははだけた院内着を直した。

 最初の口づけから看護師が声をかけるまで、かなり長い時間が経っていたように思う。

 私は何が起きたかあまり覚えていないが。

 看護士が検査を始めると、彼女はすぐに帰って行った。

 私は彼女が帰ったことにほっとしていた。

 彼女の気遣いは本物だと感じているが、私の中の警戒心は消えない。

「彼女さん、きれいな方ですよね」

「はあ」

 私には、説明する気力が残っていなかった。

 とりあえず、話を逸らす。

 私はこの機を利用して、パンツを要求した。

 だが、その後、看護士が持ってきたパンツに唖然とした。

 それは私が履いていたものでも、コンビニ等に置いてあるパンツでもなかった。

 それは高級そうなビキニブリーフ。おまけに前閉じだ。自分なら絶対に買わないと断言できる。

「あのー、これって、私が履いていたのではないと思うのですが……」

「彼女さんの差し入れですよ」

 もともと私が履いていたものは、「彼女」が洗濯して来ると言って自宅に持ち帰ったままだという。


 数週間後、私は、ほとんど放心状態で部屋の中をながめていた。

 その理由はここの支払い。

 傷害事件の場合、健康保険は一時的に費用を立て替えるだけ。

 加害者に治療費を請求し、それで清算することになっている。

 だが、今回のような場合は?

 警察は、先日の刑事が言ったこととはちがう対応を採ろうとしている。

 警官の正当防衛。

 私が警官に攻撃する意思を示し、それに対して正当な行動を採ったとか。

 素手で武装したテロリストと戦い、戦った相手全員を傷ひとつ負うことなく葬った。

 そんな相手だから、銃の使用は適切であった。

 それが警察の言い分だ。

 その言い分が通れば、健康保険は下りないだろう。

 それ以前に、私が拘留されることになる。

 

 考えていたら、大切なことを思い出した。 

――アルバイト先に連絡をしなければ。

 これまでは動くことを禁じられ、連絡することができなかった。

 だが、もうそんな言い訳はできない。

 いますぐ連絡をとらなければ。

 たぶん、受付か待合室に行けば公衆電話がある。

 私の荷物は警察が預かっていて、いまだ返却されていない。

 だが、ポケットに入っていた財布は返してもらったから、小銭くらいは持っている。

 私は速足で病室を出た。

 が――

 公衆電話はカード専用だった。

 しかし、世の中には親切な人もいる。

 私が公衆電話の前で途方に暮れていたら、やさし気な老婆がテレフォンカードを貸してくれた。私は彼女に感謝し、ありがたくカードを使わせてもらった。

 電話がつながると、少し待たされた後に副社長が出た。常に誰かに喚き散らしている中年女だ。彼女は、ねっとりとした関西弁で、これを期にゆっくり静養したらどうかと言った。仕事の方は、他の者を雇ったので気にしなくていいと。

 彼女の声は、いつもと比べて幾分うわずっているようだった。私のことを警戒しているのかもしれない。私が何をしたか、知っているのだろう。ニュースで私の名前が出ることはなかったはずだが、あの時間、会社の人間は、通勤時間で品川駅にいたはずだ。誰かに見られた可能性はある。それに、警察が会社まで聞き込みに行った可能性も。

 こちらに非はないのだから、交渉して居続けることはできるだろう。だが、いままでよりさらに居心地が悪くなりそうだ。もともと我慢して勤めていたわけだし、いまが辞め時かもしれない。それに、いま辞めるなら、少額ながら退職金を出してくれるという。

 私は退職を受け入れた。

――さて、これからどうするか。

 少しだけ預金はあるが、退職金と合わせても、当座の生活に消えてしまうだろう。

 この病院の支払いは分割でお願いできるだろうか?

 私はさっそく部屋に看護士が来た時に聞いてみた。

「あのー、大変申し上げにくいのですが……」

「どうしました?」

「いま、職場に電話したら、クビになっておりまして、入院費用の支払いについて相談したいのですが」

「彼女さん……、あの女性が、自分が払うっておっしゃってましたよ。あの方に相談してみたらどうですか?それに、マスコミの人から取材の申し込みがいっぱい来ているみたいですから、取材費とかで何とかなるんじゃないですか?」

「はあ」

 私には、ヒモになるか、パンダになるかの選択肢があるらしい。

「あと、海外でも、すごい話題になってますよ。クラウドファンディングとかできるんじゃないですか?ネットにも動画がたくさん上がってますよ」

「そうですか。じゃあ、携帯が帰ってきたら見てみます」

 私の荷物は警察にある。携帯は私の思想傾向などを調べるための押収品扱いになっているんじゃないだろうか。私の行動は過剰防衛と見なされそうな雰囲気なのだし。

「はあ」

 ため息が出た。

 余計な事を考えすぎて憂鬱だ。

 

 だが、警察に問い合わせてみたら、荷物はすんなりと返還された。

 荷物を持ってきたのは、例の二人組の刑事だった。

「荷物はこれで全部ですね?ああ、血まみれの衣類は、破れていましたし、こちらで処分させてもらいました」

 処分と言っても、証拠品として押収した、というのが事実ではないのか。

 勘繰らずにはいられない。

「そうですね。ところで、携帯の中は見ました?」

「いえいえ、お預かりしていただけです」

「はあ、そうですか」

「ところで、一応、伺っておきたいことがあるんですが、いま、良いですか」

 いままで黙っていた安藤が口を開いた。

 これから尋問が始まるようだ。

「当日撮影された動画をいくつか拝見したんですが……。須藤さん、かなりの武道の達人でいらっしゃる。あれは、空手ですか?」

「空手も混じっていますね。学生時代のことですが、いろいろな武術の会長や宗家を兼任している先生と知り合って、先生の気まぐれでいろいろな技を仕込まれました。その先生は、日本のあらゆる武道で師範以上の資格を持っていまして。でも、基礎からみっちり教わったわけではないので、つまみ食いみたいなものですけど」

「いやいやご謙遜を。私らなんぞ、到底歯が立たないくらいの高みにいらっしゃるのに」

 私がつまみ食いのように教わったのは、さまざまな武術の殺人技だ。私は子どもの頃に多少武道を学び、大体の基礎はできていた。師匠はそれを土台に、様々な技を付け足した。どうやって壊すか。どうやって生かすか。師匠に教えられたのは、そんな技が多かった。

 私が武道と言わず、武術という言い方にこだわるのは、そのちがいがあるからだ。だが、それをここで言っては話が面倒になる。素手であっても武器を携帯しているのと同じだと見なされれば、ちょっとした仕草でさえ犯罪だと見なされかねない。世の中には、実際に、「オレは空手〇段だ」と言っただけで脅迫罪に問われた事例もある。だから、私は武術関係の話題は一般論に留め、自分の情報はなるべく言わないようにするしかない。刑事というのは、人の嘘を見抜くのが巧みだろう。下手なごまかしはせず、自然に振る舞わねば。

 そんな風に考えていたら、自分が本当に犯罪者であるかのように思えてきた。そして、そんな自分に吹き出しそうになり、自然と顔に笑みが浮かんだ。

「どうでしょう。日本人の何割かは何らかの武道の有段者だと聞いたことがあります。そういう人たちは、死ぬ覚悟さえすれば、私程度のことはできるんじゃないですか?」

「死ぬ覚悟をされていたと?」

「そうですね。覚悟はしました」

 アルバイト生活になる前、私は会社を経営していた。

 契約業務や営業も自分でしていた。

 だから、交渉事は得意だ。

 その交渉の感覚が、ここは言葉に気をつけろと警告している。

「いまの生活に何か不満があったりするのですか?」

 あると答えれば、鬱憤を晴らすために犯罪をしている者たちと同じ扱いを受ける可能性がある。だが、嘘を言うわけにもいかない。さて、どう答えるのが正解か。

「まあ、自分の会社を休眠させてから、ずっとブラック企業でアルバイト生活をしてましたからね。不満はありますよ。でも、また会社を再興するつもりですから。諦めていませんから。もっとも、この事件のおかげで、そのアルバイトをクビになったんで、ちょっと微妙な状況になっていますけどね」

 私は、冗談めかして、いまの不幸を付け足した。

「えっ、クビですか?英雄をクビにするんですか?それ酷くないですか?」

 宮下が口をはさんだ。これでうまく話題を変えることができた。

「英雄って、私がですか?」

「ご存じない?須藤さんのおかげで、テロの犠牲者がかなり減ったと見積もられているんですよ。コクシのことをよく思っていなかった人たちが結構いたようで、そういう人たちの間で須藤さんは英雄として物凄く支持されてます」

 宮下は、なぜか得意げに現状を話してくれた。

「でも、私は何人もの命を奪ったわけですし、先日のお話では、無罪放免にはならないんでしょう?」

 私の質問に刑事たちは口をつぐんだ。そして、少し間をおいて、安藤が口を開いた。

「実は、まだ確約はできませんが、不起訴になりそうです」

「それはどういうわけで?」

「某テレビ番組で、コメンテーターが過剰防衛で有罪だ、とコメントしたんですが、そしたら、物凄い反論があちこちから起こったんですわ。命をかけて同胞を守った人になんてこと言うんだって。新世界に来てから、日本人の同胞意識は強くなっていますからね。そこに与野党の議員が乗っかって騒ぎが大きくなって、その流れで、うちの方にも圧力がかかってきまして。まあ、そういうわけですわ」

「ありがたいこと……なんですかね?政治家の人気取りが絡んでいるなら、ちょっと複雑な気分ですが」

「はっはっは。まあ、利用できるもんは利用しとけばいいんじゃないですか?」

 安藤はそう言って笑ったが、その目は私を値踏みしているようだった。

 こうして刑事たちは帰って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ