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まことの道を歩みたく  作者: 藤原時照


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第五話 まだ終わらない

――第三戦、行きますか。

 私は次の敵をさがした。

 倒したテロリストは二人ともスーツを着ていた。ナイフを持っていなければ、他のサラリーマンと見分けがつかない。

――便衣兵か。

 便衣兵とは、一般人の服を着て、一般人に混じって身を隠し、一般人を盾にして戦う戦法。

 日清戦争の折、中国軍が常用した戦法だ。

 この戦法は相手を消耗させる。

 保護対象と思っていた人から攻撃を受けるのだから。

 誤って一般人を手にかけてしまうリスクも生じる。

 だが、今回の敵にかぎっては、便衣兵であっても行動で明確に見分けられる。

 問題はない。

 

 少し見回すと、すぐに次の相手がみつかった。

 通路の反対側、新幹線の改札付近。

 いま、その男は一人のサラリーマンを刺した。

 そのサラリーマンは呻くだけで、助けを呼ぶ声も出せないようだ。

 男は不快な笑みを浮かべながら、抵抗しない相手に何度も何度もナイフを突き刺した。

 サラリーマンはピクリとも動かなくなった。

 それを見て、男は満足げに息を吐きだす。

 私は足音を殺して背後から男に近づいた。

 だが、気づかれた。

 もう間に合わないのはわかっていたが、それでも足を速めてしまったから。

 立ち上がった男は、どこか人工物を思わせる、昔のアイドルのような顔をしていた。

 身体つきからは強そうに見えない。

 これなら一般の人でも倒せそうに見える。

 だが、現実はどうだろう。

 彼らは軍事訓練を受けているはずなのだ。

 

 男は、私が無手であることを確認すると、映画のように格好よくナイフを振るしぐさを見せ、ゆっくりと間合いを詰めて来た。

 顔には笑みが浮かんでいる。

 私は完全に見くびられているようだ。

 ならば――

 私は彼の期待に応じるように、棒立ちを装った。

 しかし、それもまた構え。

 その状態から蹴りでカウンターを狙うのが私の得意技だ。

 もっとも、ナイフを持った相手に対してその技を使うのは躊躇する。

 誤ってナイフの上から蹴ってしまえば、自分の足にナイフが刺さる可能性があるからだ。

 だから――

 男がナイフを突く瞬間、私は左手に持った鞄で男の手を払った。

 そのまま鞄で男の持つナイフを遮る。

――さあ、私のターンだ。

 私は間合いを詰めると、男の顎に右鉤突き――いわゆる右フックをねじ込んだ。

 骨が砕ける感触を拳に感じた。

 男の顎の骨は驚くほど弱かったのだ。

 整形でかなり削ったのだろうか。

 だが、その弱さ、今回は良い方に働いた。

 本来ならば、軽くて脳震盪、場合によっては脳挫傷になっていたはずだ。

 だが、男の意識はしっかりしている。

 顎の骨が折れたおかげで、突きのダメージが減殺されたのだ。

 しかし、その一撃で男は戦意を失ったらしい。

 床に倒れたまま後退り、ぶつぶつと何かを言っている。

 私にはセイグウ語が理解できない。

 そのうえ、顎の骨が砕けているので発音は不明瞭。

 男が何を言っているのか全く分からない。

 わかったとしても、聴くつもりなどないが。

 男は怯えた目でこちらをみている。

 股間には染みが広がり、男が後退った床には、モップをかけたような跡ができた。

 しかし、それでも男の手にはナイフが握られている。

 私は彼らの擬態する文化を理解している。

 いま、殺さず立ち去れば、後ろから刺されかねない。

 だが、怯えた相手を殺すことには抵抗がある。

 その整形顔もいけない。

 コクシの美容整形は、日本列島転移後、日本から技術供与されたもの。

 それは、もともと日本人が美しい日本人になるために考えられた技術。

 それ故、整形後の顔は、どこか見覚えのある日本人アイドルのようになる。

 そんな顔を相手にすると、無垢な同胞を殺すように錯覚してしまう。

――あの顔は擬態。あの表情も偽物だ。

 私は迷いを捨て、止めを刺す。

 私は偽物の顔を蹴り飛ばした。

 男が動かなくなったのを確認し、私は先程のサラリーマンの脇に跪いた。

 首に手を当てる。

 脈はない。

――間に合わなかった。

 死んだサラリーマンに手を合わせると、思いを振り払い、次の敵を探した。

 その時の私は血に酔っていたのかもしれない。

 暴力衝動が身体からあふれ出してくるように感じていた。

――いまなら何でもできそうだ。

 私はその全能感を知っている。

 それは、いわゆるゾーンというものの一種かもしれない。

 その状態になれば、私の周りでは時間の流れが非常にゆっくりとしたものになる。

 ほんの一秒の間にいろいろなことを考えられるし、武術の修行の結果、その時間の流れの中でも意のままに動くことができる。

 おまけに、気の噴出によるものなのか、身体の調子が頗るよくなる。

 もう腰も大丈夫だ。

――これなら、まだ十分に戦える。この状態が終わる前に次を……。

 次の相手を見つけると、背後から忍び寄って股間を蹴り上げた。

 そして、相手が膝を折り、振り返ろうとしたところで、頭部に秘伝の蹴りをお見舞いした。

――さあ、次だ。

 今度は、しっかりしたセイグウ武術を身につけた男だった。身ごなしからも、彼がある程度の熟練者であることが見て取れる。自信もありそうだ。彼の表情からは、私を見下していることがありありとわかる。

 彼はすぐに攻撃を繰り出した。

 私は彼の力量を測るため、蹴りを何度か受けてみた。

 だが――

 弱い。

 彼が繰り出すのは、派手なだけの大技。

 私は失望した。私はここを死に場所に選んだ。だから本気で戦っている。

 しかし、この程度の相手ばかりでは、私を倒すことはできない。

 うっかり生き残ってしまえば、私のしたことが、ただの虐殺と責められる可能性がある。

 私は死なねばならないのだ。

 それなのに相手はこの体たらく。

 私は怒りと焦りを覚えた。

 さて――

 私は右足を前にして低く構え、動きを止めた。

 これは誘いだ。

 現代のセイグウ武術は、見栄えを重視した派手な技が多い。

 こんな風に誘えば――

 彼は私の誘いに乗って、踵落としを繰り出した。

 それは派手で見栄えのする技。

 だが、同時に、実戦を知る者の間では、笑いものにされる技でもある。

 実戦で無暗に上段を蹴るのは無謀。

 そんなことをするのは未熟な者だけだ。

 大きく動くのには時間がかかるし、隙もできる。

 おまけに、その体勢なら、スポーツ武道や新しい格闘技にはない返し技がある。

 私は、その返し技の定石通り、身体をさらに低くして相手の間合い深くに踏み込み、裏拳で金的を叩いた。

 そのまま、相手の斜め後ろに回り込む。

 うめき声とともに、一瞬、相手の動きが止まり、振り上げた足が力なく落ちて来る。

 私はその足に構わず、足刀で軸足を蹴り折った。

 男は床に崩れ落ちた。

 男の右側のこめかみが上を向いている。

 私はそこを踏み抜き、楽にしてやった。

 気づくと、時間の流れは元に戻っていた。

 あちこちで上がる悲鳴が耳に入って来る。

――のんびりしてはいられない。

 私は次の相手を探した。

 しかし、探しながら思う。

――簡単すぎる。

 ここを死に場と決め、私はコクシ人たちと戦っている。

 だが、相手が弱すぎる。

 こんなことでは私は怪我さえしないだろう。

 私はすでに老化が始まっている。

 いまの自分がそれほど強くはないことも自覚している。

 しかし、これはどういうことだ。

 彼らは軍事訓練を受けているのではないのか?

 いまの相手ですら、空手で言えば、せいぜい初段に届くか届かないか。

 軍事訓練を受けたら二段か三段レベルになると聞かされていたのだが……。

 コクシ人は、自分の優れた点を大げさに誇張し、他人には不当に厳しい評価をする。

 戦いでも同じだというのか。

 命を賭けた場面でそんなことをすればどういう結果になるか、彼らには理解できないのだろうか。

 そんなことを考えていたら、コンビニの中から女性の悲鳴が聞こえた。

 私は怒りを覚え、店に飛び込む。

 入口の自動ドアが開けば、中にいる者は私に気づくだろう。

 気配を消すのは無駄だ。

 だから、私はわざと大きく足音を立てて店に入った。

 だが、そのコクシ人は、女性――コンビニの店員の服を脱がすことに集中しており、私がわざわざ立てた物音に気づかない。

 いや、気づいていても、日本人を侮って、自分が攻撃されるとは思っていないのかもしれない。

 私はそのまま片付けることにした。

 しかし――

「助けてぇ」

 その女性は、私に向かって大声で助けを求めた。

 そのコクシ人は、彼女を突き飛ばすと、立ち上がって私の方に向き直った。

 顔からは強い怒りが窺える。

 良いところで邪魔をするなとでも言いたいのだろうか。

 その時だった。

 襲われていた女性は、そのコクシ人を後ろから蹴飛ばした。

 その蹴りは明らかに素人のもの。

 何の効果もない。

 だが、その行為は隙をつくり出した。

 私にとって、それで十分だった。

 そのコクシ人が後ろに気をとられた隙を利用し、私は間合いを詰めた。

 そして――

 私は拳を斧のように振り下ろし、さらに突き込んだ。

 いま放った技は内臓を破壊する技。

 この技で壊された身体は、どんな名医であっても治すことはできないと聞く。

 男は床に倒れ、のたうち回っていた。

 放っておいても終わりだ。

 苦しみぬいて地獄へ落ちろ。

 そう思いはしたが、結局、私は彼を楽にしてやった。

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