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まことの道を歩みたく  作者: 藤原時照


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第四話 私の晴れ舞台

 走り出すと、口元が自然と笑みを形づくった。

 これが私の最後の晴れ舞台。

 ようやく終われる。

 だから戦い方を考えねばならない。

 十分に、かつ効果的に。

 自分のすべてを使いつくすのだ。

 この老いた身体では、真正面から挑むのは無謀。

 足りない分は兵法で補おう。

 日本で兵法と言えば、多くは中国由来のものだ。

 しかし、私は、それらに対して懐疑的だ。

 いろいろな前提条件が違うのだから。

 例えば、ある兵法書は、兵士が逃散することを前提に書かれている。

 だから、時々略奪させ、士気を上げるべきだ、などという記述もある。

 一方で、我ら日本人は、必要とあらば特攻を敢行するような民族。

 兵法書は、そういう文化的な違いを踏まえた上で読まねばならない。

 とは言え、実のところ、兵法などというものはもっと単純なものだ。

 根本は一事に尽きる。

 相手が有利な状況で戦うな。

 ただそれだけ。

 ここにいるテロリストたちは、無抵抗で武器も持たない相手をナイフで襲っている。

 ただナイフがあるだけなのに、テロリストたちは圧倒的優位にある。

 その優位を覆すには?

 一般の人々が知る格闘技の試合は、ルールの下で行われる。

 そういった試合に慣れた者は、ルールから外れた技に備える習慣がない。

 そして、ルールから外れた技を使うことに抵抗を感じる。

 そこに現代武術と伝統武術のちがいが生まれる。

 もともとの武術は、効率的に相手を殺すことを目的とする。

 つまり、ルールから外れた危険な技こそが武術の本質。

 伝統的な武術は実戦的でないと馬鹿にされがちだが、それは真実を知らない者たちの考えだ。

 実のところ、伝統武術の裏側では、人々の知らない技術――相手を効率的に殺す技が受け継がれている。それらはいまも伝承されているのだ。そのなかには、セイグウの呪術に匹敵するような、オカルトと言っても良いような技さえ存在する。

 テロリストたちが使う武術は、見たところ、近代型のセイグウ武術だ。

 そこには、古いセイグウ武術にあったとされる呪術的要素はない。

 一方、私は、師匠の気まぐれで様々な武術の裏の技ばかりを教え込まれた変種だ。

 ただでさえ、この世界では日本の武術はあまり知られていない。

 秘伝とされる技ならなおのこと。

 テロリストたちは、未知の戦いに戸惑うことになるだろう。

 都合の良いことに、ここにいるテロリストたちはコクシ人。

 私は彼らの弱点を良く知っている。

 その弱点をうまく利用すれば、効果的に相手を攻めることができるはずだ。


 コクシ人というのは、互いを信じることをせず、足を引っ張り合うのが日常らしい。コクシ国は、戦国時代の弱小大名と同じようなもの。セイグウの手先としての歴史は、彼らから自由意思を奪い、彼らの生き方をゆがめてしまったのだ。

 彼らは表面的には仲が良さそうでも、裏では足を引っ張り合っている。私はそれを現場で見て来た。

 では、今回のテロは?

 見た限りでは、彼らはタイミングを合わせただけで、誰もが単独行動をしている。

 2マンセルとか3マンセルとかいう類の小集団は見当たらない。

 察するに、各自が好き勝手に動いても日本人に負けることはない、と彼らは考えているわけだ。

 おかげで私が活躍する余地が生まれた。

 私は老いている。

 いまの私には、同時に複数人を相手にする自信はない。

 だが、目の前の状況を見る限り、今回の戦いは、ありがたいことに一対一に限定される。

 まるで、私に配慮してくれるようだ。

 ただ、ひとつ疑問がある。

 これほど派手に動けば、警察は相応の人員を導入する。

 普通ならそう考えるはず。

 それなのに、彼らは各々好き勝手に動き、戦略があるようには見えない。

 彼らには、警察に包囲されても捕まらないで済むような見通しがあるのだろうか。

 この疑問を突き詰めていくと、さらに多くの疑問が湧く。

 日本の多くの政治家たちは、セイグウとつながっていると噂されている。

 これほど大胆に動く以上、このテロの裏側に、日本の政治家が関わっている可能性もある。

 そこから考えると、警察が動きを封じられていることもあり得そうだ。

 私はさまざまな可能性を考えながら、次の相手を探した。


 そのコクシ人は、OLと思しき女性の首にナイフを当て、ひらで彼女の頬を軽く叩いた。そして、彼女の首からスカーフ引き抜き、ナイフで切り刻んで見せた。その後、彼女のシャツのボタンをナイフの先でゆっくりとひとつひとつ飛ばしていく。その男は、時間をかけていたぶり、凌辱するつもりなのだ。

 だが、その女性は、怯むことなく相手の男を睨み付けていた。

 その表情。

 私の目にはとても美しく見えた。

 一方で、そのコクシ人の表情は恐ろしく下卑ていた。

 目の前で繰り広げられている状況は、彼女にとっては窮地ではあったが、私にとっては絶好のチャンスであった。

 ありがたいことに、男の頭は低い位置にある。

 それは、まるで、身体の固い私のために用意された的のようだ。

 私は背後から忍び寄り、男の頭部に右回し蹴りを放った。

 それは自分の老化を考えての行動だ。

 右なら左より股関節が開く。右で蹴るならなんとかなる。

 私はそう思っていた。

 だが、甘かった。

 軸足となる左の膝関節が弱っており、その蹴りには力がなかったのだ。

 男はこちらを振り返り、私の姿を確認してゆっくりと立ち上がった。

 私が弱そうに見えたのか、余裕を見せつけるように首の骨を鳴らしてみせる。

 だが、その余裕が、私の無様な失態を帳消しにしてくれた。

 私は左前に踏み出しつつ、秘伝の蹴りを放つ。

 男がゆっくりと立ち上がったので、私の蹴りは男の胸に当たることになった。

 ちょうど心臓のある位置だ。

 私が放った蹴りは、鎧を身につけた相手に使う技。

 鎧の上から当て、身体の内部を破壊する。

 古武術の奥義だ。

 その蹴りを受け、男の身体は宙を舞い、勢いよく壁にぶつかった。

 ぶつけた頭が硬いような軟らかいような不思議な音をたてた。

「つうっ」

 背中から腰にかけて激痛が走った。

 痛みに思わず声が出る。

 腰の骨がずれたのだ。

 この蹴りは、威力があるだけに身体への反動が大きい。

 実際に、その技を習得した時、私は腰の骨を痛めている。

 おまけに、いまは歳もとっていた。

「大丈夫ですか?」

 その女性は、残酷なシーンを見たあとのはずだが、それを気にした様子もなく、私を気遣っている。

「大丈夫」

「ほんとに?怪我してないですか」

「ちょっと休めば大丈夫だから」

 そう言いながら、私は腰を下ろしてストレッチを始めた。

 この状況でストレッチというのは非常識な行動に見えるかもしれないが、戦いを続けるためには腰の骨を嵌めなおしておかなければならない。

 腰を回すと、ゴキっと大きな音がして、ずれていた骨が嵌った。

 立ち上がると、そこにはまだ女性がいた。

「無理してないですか?」

「大丈夫だから」

 彼女は両手で私の手を取った。もう胸もとを押さえて隠そうとはしていない。

 そこからは黒い布地が――

「無理しないでくださいね」

「ありがとう」

 私は手を振り解くようにして彼女から離れた。

 実を言うと、もう少し柔軟運動をしておきたかったのだが、頭の中で警報が鳴り、彼女から逃げなければ、と思ったのだ。

 彼女はまさに私の好みの女性だ。

 しかし、私はこれから死に花を咲かそうとしている。

 余計な煩悩で迷いが出ては困る。

 隙ができて不本意な終わりを迎えることは避けたい。

 美しい人を助けることができた。

 それだけで死に際を飾れたというもの。

 それだけで満足しなければ。

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