第三十四話 決行
家を空けている間に、また洋子を誘拐されるようなことになってはならない。
家の周りにはマスコミが多く集まっているから、家を襲撃される可能性は低いと思う。
しかし、万一のことを考えておくべきだ。
だから、私は米田に警護の追加を頼み込んだ。
これから私はつくばに泊まり込む。
二週間かけ、私は独自の技術を基に、高効率の緑色レーザー素子を作製した。
そして、レーザーと並行してAIも作成した。
それは本格的なAIではない。
重みづけの係数を最適化するだけのような仕様だ。私がほしいのは、ドローンの簡単な飛行制御と、特定の範囲で光点を自動で追尾する機能だ。そのくらいなら、初歩的なディープラーニングのテキストに書いてある程度の技術レベルでも、工夫次第で対応できる。
私は自宅に戻り、教え込み作業を繰り返し行った。
それは、私がレーザーポインターを動かし、AIがそれを別のレーザーポインターで追尾するという作業。
AIが使うレーザーポインターは、本番で使うレーザーの代用品だ。
しばらく教え込むと、複数の光点はほとんど重なったままになった。
完成だ。
次は、ちょっとした小細工に移る。
筺体と裏蓋の間に、いくつかの圧力センサーを取り付ける。
特定の順番でネジを外さなければ、レーザー素子に過電流が流れて回路が熔解する。その後、基板に形成した回路もショートさせ、バッテリーを破裂させる。
念のため、小さなガソリン容器を入れ、小規模な爆発で装置を破壊するようにしておく。
これをドローンに取り付けた。
その取り付けにも、同じように圧力センサーを噛ませておく。
こうして、高効率レーザー装置を積んだドローンが十機完成した。
完成までには三週間を要した。
その間、家の周りを怪しい連中がうろうろしていたが、すべて米田の部下たちが対処してくれた。
いまや、米田は、私にとって信頼できるパートナーになりつつある。
だから、作戦の実行には、米田に協力してもらうことも考えた。
しかし、やはりリスクが大きい。
考えた末、私は独りでも目的を達成できるシステムを考え出した。
作戦当日の朝、私はレンタカーを借りた。
借りてすぐ、ドアの内張りをはがす。
そして、パワーウインドウのカプラーを外し、自作したハーネスを挿入した。
ハーネスを使うのは、返却時に痕跡を残さないためだ。
次に、ハンドルの下に潜り込み、そこにも別のハーネスを挿入する。
こうして、エンジンを切っても運転席のパワーウインドウに電源が供給され続け、センサーからの信号で開閉できるようになった。
そのセンサーは、ドローンと人間を感知する。
ドローンが近づいたときには窓を開ける。
しかし、人が近くにいるときは、ドローンに待機信号を送る。
車は人目につかない所に駐車するが、不意の通行人があれば、それに対処しなければならない。
ドローンが車に入って行くところを通行人に見られないように。
これはそのための措置だ。
準備が整うと、私は車に乗り、赤坂方面に向かった。
今回の作戦には穴がいくつかある。
まず、つくばで装置を借りたこと。
借りものである以上、私が借りた記録が残る。どんな実験をしたのか推測できる痕跡も残る。それに、ドローンをはじめとする物品の購入履歴からも情報は洩れる。総合すれば、私が何をしたのか明らかになる。
そして、実験に出かけている間、米田に警護をお願いしたことも。警護を頼まれた間に私が何をしたのか、その気になれば、警察は調べられる。
その上レンタカーだ。現場近くに私が借りたレンタカーが駐車されていたら、怪しいと思われないはずがない。
それに、どんなに気をつけても、ハプニングは起こり得る。特に、今回は、簡単なAIにドローンを制御させるのだから、それなりのリスクはある。
穴だらけではあるが、いまは時間が惜しい。
問題が生じたときは、政治家の権力を当てにする。
いまの私は、根岸たちと交渉するのに十分な材料を持っている。
それを活用するつもりだ。
午後七時、大岩は自分の事務所に現れる。
今日は定例会議の日。
秘書がSNSでそう呟いていた。
私は事務所入り口での襲撃を考えている。
ドローンは、すでに人目につかないところで待機中だ。
重量の都合で大きなバッテリーは詰めない。
作戦は制限される。
その制限のため、飛行可能時間は短い。
レンタカーまで戻ることを考えると、あまり余裕はない。
レーザーのバッテリーはドローンとは別にしてあるが、有効な出力での照射は数秒が限界だ。
襲撃の機会は一度だけ。
やり直しはできない。
七時三十分。
まだ大岩は来ない。
大岩の車に付けたGPSによると、到着まであと五百メートル。
もうすぐだ。
私は、大岩の事務所から百メートルほど離れた場所にいる。
そこはビルとビルの間の隙間で人目につきにくい。
私はそこから大岩をレーザーポインターで狙うのだ。
レーザーポインターは、アウトドア用の単眼鏡に固定され、光軸を合わせてある。
単眼鏡を覗いて、大岩の頭を視野の真ん中に入れてボタンを押せば良い。
七時三十六分、大岩の車が着いた。
十機のドローンはすでに所定の位置を飛んでいる。
単眼鏡を通して、大岩が事務所の入り口にいるのが見えた。
私はレーザーポインターのスイッチを押す。
大岩の頭に赤い光点が現れる。
その赤い光点に緑色の光点が重なった。
手のブレによって光点がずれたが――
私はレーザーポインターのスイッチから指を放した。
レーザーの出力は、想定以上に高かった。
多少のズレが問題にならないほどに。
単眼鏡の中で、頭のない大岩の身体が倒れた。
秘書や運転手が騒ぎ出す。
私はレーザーポインターを単眼鏡から外した。
分解しておけば、所持品検査をされても疑われることはないだろう。
レンタカーに戻ると、ドローンは戻っていた。しかし、一機足りない。
――ここを離れるのが先だ。
狼狽えて無駄にする時間はない。
私は九機のドローンをキャリーバッグに突っ込み、車を発進させた。
頭の中では一機足りない理由を考え続けている。
私は自分の作ったものが故障する可能性を考えていなかった。
平静を失った私は目的もなく車を走らせる。
検問でもあれば、キャリーバッグの中身を調べられる可能性がある。だから、速やかに安全なところに行くべきなのだ。しかし、このときの私は混乱し、そんなことも考えられなくなっていた。
五分ほど車を走らせていると、かすかに爆発音が聞こえた。
爆発音は、少し間をおいて合計二回。
誰かがあのドローンを拾い、レーザーを外そうとしたのではないか。
私はそう考え、音のした方に車を向けた。
その車は青山霊園の中にあった。
その辺りには、すでに人が集まっている。
私は車を道路脇に駐め、野次馬にまぎれた。
その車は黒のEVで外交官ナンバーが付いていた。
車内は炎で満たされている。
火の勢いは、車内の方が明らかに強い。
ガソリンによる引火と見てまちがいない。
あの車に乗っていた者が、ドローンからレーザーを外そうとしたのだろう。
思いのほか大きな爆発が起きたのは、機体破壊用のガソリンを入れ過ぎたせいだろうか。
だが、それは不幸中の幸い。
さらにEVのバッテリーが爆発し、すべてを焼き尽くしてくれた。
今回の出来事は、権力者が介入すれば、よくあるEVの事故で処理できるだろう。
私は根岸の顔を思い浮かべた。




