第三十三話 最大の武器
二人の少女との同居が始まった。
気の強そうな方が佳香、大人しい方が美紅という名だった。
しかし、彼女たちとの生活は、穏やかなものではなかった。
それは、彼女たちが私を誘惑しようとするからだ。
あるとき、佳香に呼ばれて彼女たちの部屋に行くと、美紅が着替えをしていた。私がドアを開けても着替えを続け、ついには下着に手をかけた。私はあわててドアを閉めた。
またあるときは、美紅に風呂が空いたから入れと言われ、行くと脱衣所に裸の佳香がいた。佳香は身体を隠すことなく、私に一緒に入るか尋ねた。
こんなことが頻繁にあり、その度に私は洋子に叱られた。
最初のうち、彼女たちは事故を装ってそんな風にしていたが、だんだん行動は露骨になって行った。
それは、私が風呂に入っている時だった。
私が身体を洗っているとき、浴室のドアの向こうに人の動きがあった。そして、ドアが開いた。
目を向けると、そこには佳香と美紅がいた。彼女たちは身体にタオルを巻きつけるようなことはしていない。二人ともタオルを持ち込んではいたが、それは髪をまとめるためで、身体を隠そうとしていなかった。
「お背中流します」
そう言って、佳香は私の背後に回った。
「じゃあ、私は前を失礼します」
美紅はそう言って、私の前に跪いた。
そして、背中にも――
「ちょっと待て」
私が抵抗しようとしたとき、またドアが開いた。
「あなたたち、何してるの」
洋子の声は以外にも穏やかだった。
そちらを振り返ると、洋子は笑みを浮かべていた。
これは相当怒っている。
「お礼がしたくて」
佳香が言い訳をしようとしたが、洋子はそのまま浴室に入り、二人を押しのけた。
「良い?これは私のなの。出てっ」
二人は何も言わずに浴室から出て、身体も拭かずに部屋に戻って行った。
洋子は私を睨み付け、一旦外に出たが、裸になって戻って来た。
「どういうこと?若い方が良いの?」
洋子の目は、下の方に向けられていた。
「そういう訳じゃないけど……」
洋子は最後まで言わせなかった。
洋子のお腹はふくらみがわかるようになって来ている。
それなのに――
風呂から上がると、二人はいなくなっていた。
狙われているのに危険だ。
私は外に出て、彼女たちを探した。スピードが必要なので自転車を使った。洋子には、米田に連絡し、事情を説明するよう頼んでおいた。
二人は駅の方向へ向かうだろう。私はそう思い、駅に向かって走った。だが、駅までの道で二人を見つけることはできなかった。駅員にも聞いてみたが、二人を見ていないという。
――攫われた?
私が一人で帰ったのを見て、洋子の表情は暗くなった。
二人の手掛かりを探すべく、私は、以前設置した、室内を映している監視カメラの画像をチェックした。
二人のいた部屋に監視カメラはない。
しかし、それ以外の場所で手掛かりになるようなことを話していたかもしれない。
まずは風呂に入る直前だ。
記録画像を見ると、彼女たちは裸のまま部屋から出て来ていた。
彼女たちは浴室に入る前、お互いの髪に撒いたタオルを確認していた。
その中に、小型のカメラのようなものが見える。
アクションカメラだ。
「洋子、嵌められた」
洋子は何も言わなかったが、目元が厳しくなっていた。
しばらくして、米田が来た。
米田はその画像を見て、事情を理解した。
「すいません。私が浅はかでした」
「そうだ。以前もらったマイクロSD、ファイル復活ソフトにかけたらいろいろ出て来たんだけど、見るのを忘れてた」
二人の少女は偶然を装い、始終「アクシデント」を作り出していた。
私が一人になる度にだ。
おかげで、いまに至るまであのマイクロSDの中身を確認できていなかった。
そのマイクロSDには、少年少女の静止画と動画が大量に保存されていた。
どうやら、それらは顧客に見せるサンプルのようだ。
ほかには、国内外の会合を撮った動画が多くあり、大岩がかなり広範囲の人物と交流があることがわかる。
データは大量にあり、すべてを確認するには最低でも一週間はかかりそうだ。
「じゃあ、この復活したマイクロSDはお返しします。これだけあれば、圧力も跳ね返せるんじゃないですか?」
「そうかもしれません。一応、これは預からせてください」
米田はそう言って、マイクロSDを受け取った。
米田は圧力をかけられて、マイクロSDは壊れたことにしていた。
秘書から返還を要求されたときは、事情を知らない署の者が捨ててしまったと言い訳をした。
そう上司にも告げた。
そう言ってしまった手前、署で解析するわけにもいかない。
だから米田は私に預けたのだ。
それから数日が経ち、事態はより深刻になった。
少女たちによって撮影された映像が、動画サイトを通じて公開されたのだ。
その上、工作員たちがあちこちのサイトにその動画へのリンクを貼って回っている。
堕ちた英雄。
英雄の裏の顔。
十人殺しはロリコンだった。
様々なタイトルの記事が書かれた。
自宅の周りをうろつくマスコミ関係者が増加した。
買い物に行くと、周囲の目が厳しくなった。
私は精神的に追い詰められていった。
だが、洋子はさらに追い詰められていた。
マスコミの連中も、近所の人たちも、私には話しかけてこない。
私を恐れているのかもしれない。
だが、彼らは洋子には話しかける。
嫌味も言う。
洋子は日増しに憔悴して行った。
この状態が続いては、お腹の子も危ない。
思うに、これは大岩の攻撃の第一弾だ。
あの日の大岩は、私がこれまでで見た人物の誰よりも邪悪に見えた。
この程度で終わるわけがない。
私を破滅させるために、まだ何か手を打って来るのではないか。
私は疑心暗鬼に駆られていた。
こうなれば、もう大本を絶つしかない。
私は大岩を始末する決心をした。
だが――
大岩は野党議員だが、与党の阿佐ヶ谷や玉川よりも格上に感じる。
実際、それだけの力はありそうだ。
近づくことさえ難しいかもしれない。
これでは武術や兵法では対応できない。
――では、どうする?
最近、人々は私が武術家だと思っているようだが、それは片手間に学んだものでしかない。
私は研究者だ。
本気で戦うのなら、自分の土俵を選ぶ。
私の最大の武器は科学技術。
最初に考えたのは、爆薬であった。
それは簡単で確実だ。
ありあわせの材料で、ビルを丸ごと爆破することさえできるだろう。
だが、それではダメだ。
周りの人たちを巻き添えにしてしまう。
毒ガスも簡単で効果的だが、同じ理由でダメだ。
では――
私が研究していたのはレーザー。
研究の結果、私は、ある特異な効果を発見した。その効果については、いまだ発表していない。その前に会社の資金が尽きたからだ。だが、その効果は有用で、さまざまな光学現象の効率を増幅できる。
軍事利用可能なレベルのレーザーを作ろう。
私が隠していた内緒の効果を使って。
私は国の研究所の客員研究員でもある。
そこで装置を借りられる。
貴金属やレアメタルなどの材料は、すでに自前で用意してある。
それに、いまは収入があるから、生活費に追われることなく作業に集中できる。
そんな具合にやる気満々で装置利用の予約を入れようとしたら――
知らないうちに、私の客員研究員の資格は凍結されていた。
こんなとき、頼るべきは権力。
根岸に仲介してもらい、凍結解除の目途が立った。
根岸に弱みを握られることになるが、この際、ある程度の妥協はしょうがない。
こうして、私は特殊な半導体レーザーを試作をはじめた。
そのデバイスでは、特殊なナノ構造を形成する必要がある。
それは分析困難なレベルの構造で、私以外に作成できる人物を知らない。
これは誰にも教えていない私独自の技術だ。
この技術を使うと、効率が数百倍になる。
だが、問題はある。
現状では高出力化に限界があるのだ。
ある程度の出力を超えると、プラズモン共鳴で副次的に発生する熱によって素子が自壊する。
だが、その問題にも使い道はある。
証拠隠滅。
使用後に自壊してしまえば、分析されても、それが高出力レーザーだとは思われない。
一般的には未知の技術なのだから、解析したところで概要さえ掴めないだろう。
だが、問題はほかにもある。
ドローンで運べる重さを考えると、電源の自由度は低い。
いくら高効率のデバイスを作っても、十分な電力が得られなければ出力に期待はできない。
だから、一基で高出力を発生することは考えない。
複数のレーザーを使い、一点に集光させて使う。
私は詳細な計画を練った。
技術的にも、戦略的にも、穴がないように。




