第三十二話 一転二転
「どうも」
そう言って米田は私に声をかけた。笹井は軽く会釈した。
「この辺はお二人の管轄から外れてるんじゃないですか?」
「いやあ、それがですね、須藤さん絡みの事件には、我々が駆り出されることになりまして。ははは」
――専任が必要なほど私の周りには事件が起きると思われているんだ。否定はできないが。
「そうですか。面倒なことになって、申しわけないですね」
「とんでもない。これ、大抜擢なんですよ」
「そうなんですか?」
無駄話が始まりかねないので、私は話を切り替えることにした。
「こちらの二人が被害者です」
そう言って、二人の少女を紹介した。
それから、上から撮影していた者の写真を見せ、そこが大岩元明の白頭会事務所だと教えた。
「今度の相手は大岩元明ですか」
私が米田と話している間に、笹井は少女たちを車に乗せていた。
「そうならないことを祈りますよ」
私は周りを見回した。
もう根岸一行はいなくなっていた。
面倒ごとを押し付けて、自分はさっさと消えてしまう。
私の中にあった、嵌められたという気持ちが強くなった。
「おーい笹井、上へ行くぞ」
米田がそう言うと、笹井は女性警察官に少女らを任せ、こちらに来た。
「じゃ、須藤さんも」
彼は、私も同行することが当たり前だと思っているようだ。
白頭会の事務所に行くと、応対に出てきたのはさきほど見た大岩の秘書だった。
秘書は、米田が話しをしようとするのを遮り、我々を招き入れた。
「須藤さんもどうぞ」
秘書はわざわざそう言って私の目を見た。
これは宣戦布告なのだろうか。
覚悟して通された部屋には大岩元明がいた。
「ようこそ、みなさん」
大岩は作り笑いをしてみせた。
「私、警視庁の米田と……」
「だまれ」
米田が自己紹介をし始めたとき、大岩はそれを遮った。
「吉沢、エスデーを出せ」
「はい」
吉沢と呼ばれた秘書は、マイクロSDを差し出した。
「どうぞ」
米田はそれを受け取る。
「私は阿佐ヶ谷や玉川のようにはいかんぞ」
大岩が私に向かってそう言った。
その顔に作り笑いはなかった。
「これで用は済んだな。出て行け」
大岩は横柄にそう言った。
米田も笹井も、自分たちが権力に逆らえないことは承知している。
彼らは、これ以上踏み込めば、自分たちの身が危なくなることを理解している。
「失礼しました」
米田はそう言ってドアに向かった。
私も無言でそれに続いた。
心の中で、面倒な事になったと思っていた。
「米田さん、大岩には……」
「すいません」
私は米田に話しかけたが、米田はそれを遮り、私から足早に離れて行った。
笹井は私に会釈してからそれに続いた。
後日、笹井から、押収したマイクロSDは壊れていたと聞かされた。
彼の言葉は淡々としていた。
彼の様子はあまりにも無表情。
裏で何かが起きていることは明らかだ。
私は笹井の言葉を、演劇を見るような気分で聞いていた。
警察には大岩と戦う意思がない。
だが、私はどうなる?
大岩が私に何もせずに済ますとは思えない。
いままでの戦いを見ていれば、私の手の内はわかっているはず。
それに、さきほどの様子では、米田たちが私の敵になる可能性すらありそうだ。
大岩は実力者。
政権与党でさえ顔色をうかがうほどの。
大岩は、政府に圧力をかけることができ、そうすることを躊躇しない男だ。
米田の様子を見る限り、かなり露骨に圧力が掛けられている。
――これはまずい。
独りなら何とかなるかもしれないが、洋子や生まれて来る子供に手を出されたら――
大岩は、私の目の前で警察に露骨に圧力をかけて見せた。
私はそれで戦意を喪失してしまった。
あの短時間で、大岩は私に勝ったのだ。
私は家に戻り、洋子に一部始終を話した。
「今回は勝ち筋が見えない」
「じゃあ、もう危ないことはしないのね」
「あちらが攻めてこない限りは」
「そう。それで、向こうから攻撃される可能性はどのくらいあるの?」
「たぶん、かならずある」
洋子はしばらく考え込んでいるようだった。
「悩んでもしょうがないわね」
それっきり、洋子はこの話をしなくなった。私を責めることもなかった。洋子は過去に付き合ったことのあるどの女とも違う。彼女にはいろいろな顔がある。弱いところも知っている。だが、その中心には強い心棒があるように見える。コクシ人に誘拐された時もそうだった。一度は私のために命を捨て、もう一度は冷静に誘拐犯たちを暗器で倒した。それが私の妻なのだ。
その数日後、自宅にいると、来客があった。
「あら、米田さん」
インターホンのモニターを見て、洋子が声を上げた。最近、洋子は米田に対する悪感情を清算したらしい。洋子はそのままエントランスの解錠ボタンを押した。しばらくして、玄関のチャイムが鳴り、今度は私がドアを開ける。
そこには米田だけではなく、あの日助けた二人の少女がいた。
「須藤さん、助けてください」
米田がそう言うと、二人の少女が後ろで小さく会釈した。
「どうしたんですか?」
「大岩の圧力で、うちの署の上が陥落しました。この子たちを保護するのも難しくなってきました。頼れるのは須藤さんだけなんです」
警察で保護できないものを、うちで何とかなるはずがない。そう言って断ろうとしたとき、洋子が口を挿んだ。
「わかりました。引き受けます」
「助かります。申し訳ありませんが、お願いします」
米田はそう言って私の手を握り、逃げるように帰って行った。
私の手の中には、小さな紙包みがあった。
米田がこっそりと私に手渡したものだ。
私はそれをポケットに入れた。
隠れて渡したからには、洋子にさえ知られてはいけないものだろう。
「二人とも入って」
主導権は洋子に移っていた。
しかし、これはまずい。
警察は大岩に屈した。
目障りなのが私だけになれば、我が家に攻撃が集中する。
警察が動かないなら大岩はやりたい放題。
好き放題やって、もみ消される。
大岩は、この二人を取り戻しに来るだろうか。
私が反撃すれば――
悲劇しか頭に浮かばない。
「二人とも、晩御飯は食べた?」
「はい。食べてきました」
洋子はダイニングで二人とコミュニケーションを取ろうとしていた。
二人のことは、洋子に任せよう。
私は若い娘が苦手だ。
私は自分の部屋に行き、米田に渡されたものを見た。
それはマイクロSDだった。
PCで中を調べると、動画が入っていた。
二人の少女と出会った日、大岩の秘書が撮っていたものだ。
――壊れていない。
警察は嘘を言っていたのだ。
だが、米田がこれを私に預けたということは、大岩に完全に屈したわけではないことを意味する。まだ望みはある。
ついでに、私はファイル復活ソフトを使い、そのマイクロSDを解析して見た。大岩の秘書が持っていたものなので、何か情報が残されているかもしれないと思ったのだ。
果たして、そこには復活可能なファイルが大量にあった。
もちろん、ファイルはすべて復活させる。
復活させて、まとめてフォルダに保存。
中身は後回しだ。
しかし、ちらりと見たプレビューには、政治家の会合のような風景や裸の少女の姿が表示されていた。
ほかに、音声ファイルもたくさんある。
大岩の周りが年配の情弱ばかりで助かった。
それとも、大岩の周りに、悪事を公にしたい人物がいるのか?
復活させたファイルを見れば、何かわかるかもしれない。
これは大きな収穫だ。だが、いまは来客中。調べるのは後だ。
私はPCをシャットダウンした後、居間に戻った。




