第三十五話 レベル10
後日わかったことだが、車に乗っていたのは、大岩の秘書の早川とジュリル大使館の職員たちだった。
ドローンは故障したのではなく、鹵獲されたのだ。
早川はジュリルのスパイで、日本の政治の裏側で暗躍していたのだろうか。
それとも、単に寄生するのに都合の良い相手を渡り歩いていたのか。
あの日、時が巻き戻る前後で、私の動きに応じて早川の行動が変わったはずだ。
その影響で政治家を渡り歩くタイミングが変わる。
玉川はイエンカのマフィアとつながっていた。
玉川につながるタイミングが前倒しになれば、早期に銃器調達が可能となる。
爆弾は?
コクシ軍の管理が杜撰なのは有名だ。
起爆装置がひとつふたつ無くなっても騒ぎになりそうもない。
徴兵時にちょろまかすことだって簡単だろう。
爆薬は自作できる。
ときどき黒色火薬を自作する人がいて騒ぎになるが、企業で研究開発をしている者なら、もっと高効率の物を簡単に作れる。
だから爆弾ならいつだって手に入る。
巻戻り前後ですべてつじつまが合う。
だが――
結局、早川が何者だったのかはわからないままだ。
そして、ジュリル大使館の存在。
今回、コクシのセイ連を操るのではなく、ジュリルが直接手を出して来た。
早川は、何かジュリルへの土産が欲しかったのだろうか?
いろいろな疑問が生まれ、解消されないまま残される。
事の始まりとなった品川のテロの背後に、複数の国家の思惑があったのなら、もっと綿密な計画が立てられていても良さそうに思う。
あのテロは稚拙すぎた。
――稚拙なテロを行う理由。私だったら……。
敢えて稚拙なテロを実行する理由を考える。
日本がどんな対処をするか見極めるため?
その論理なら、本番はこれから、という可能性がある。
――考えすぎかな。
そうであってほしいと思う。
「恭介さん、動いてる。お腹に耳を当ててみて」
私は洋子に言われて、彼女のお腹に耳を当てた。
すると、かすかに頬に何かが当たる感触があった。
「父親の顔を蹴るとは。先が思いやられる」
私はふざけてそう言った。
口に出した言葉とは裏腹に、私は幸せを感じていた。
頭を上げると洋子が微笑んでいる。
政治家とは縁を切ろう。
私は強く思った。
その晩、私は夢を見た。
そこにいたのは人面蛇身。
人面は九つある。
中央にある人面は知らない顔だ。
その顔の周りを花弁のように八つの顔が囲んでいる。
そこには大岩や早川の顔も混じっていた。
それは柔利の東に住むという神だろうか。
山海経によると、その名はソウリュウ。
九つの首に人の面、その身体は蛇で青い。
首の数がレベルを示すと考えれば、レベル9の知性ということか。
だが、ソウリュウは討たれたはず。
その身から流れた毒が地を汚し、五穀の育たぬ地へと変えた。
それは、かつてのジュリル連邦の姿を思い起こさせる。
ソウリュウの身は青。
青は生命力、あるいは永遠の命を意味する。
討たれても死ぬことはないかもしれない。
ということは大岩も――
そんな存在が、いま、私の前にいる。
だが、ここは夢の中。
私の姿もまたちがう。
私の足もとには九つの太陽があり、頭上にも一つ太陽がある。
その力は、限界であるはずのレベル9を超えたレベル10。
それはソウリュウを圧し、身動きすら許さない。
十の太陽は光をどんどん増していく。
この世の枠を超えた光はソウリュウを焼き、その痕跡さえ残さず消し去った。
ソウリュウが消えると、二頭の龍に乗ったコウボウが現れた。
黒い縁取りがある白い服を着ている。
その服に包まれるは人面人身。
以前見た巨鳥の姿ではない。
しかし、それはやはり鳥身であり、よく見ると、衣服の裾からは鳥の足が見えていた。
コウボウは何も言わない。
その印象からは、私を同等の者として扱っているようだ。
コウボウは龍から降り、二頭の龍は私の元へとやってきた。
龍たちが私への報酬として贈られたらしい。
私はそれらを受け取り、コウボウに頷いた。
翌朝、目が覚めると猫がいた。
白猫と黒猫。
洋子によると、名はハルとアキだそうだ。
彼女の記憶では、ずっと私たちと一緒に暮らしていたという。
二匹はソファに座る私を見上げると、一旦ソファに跳び乗ったあと私の膝へと上って来た。
ハルは左足、アキは右足。
それぞれの足が彼らのテリトリーであるかのように、スフィンクスのポーズで座った。
私が二匹を撫でると、彼らは満足げな声で鳴いた。
「あなたたち、いつもそのポーズね。旧世界のファラオみたい」
私たちを見て、洋子が笑みを浮かべた。
まだまだ続編が書けそうな雰囲気ですが、一旦、ここで完結とさせていただきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




