第二十八話 七日殺し
相手の方は、好き放題して事が終われば逃げてしまえば良い。
一方、私はここに住んでいる。
この国の法には従わねばならない。
例外的に危険な技を使うには、正当防衛の形をつくる必要がある。
つまり、相手が私を殺そうとするまで待たねばならない。
私の武術の腕前はたいしたものではない。
もう歳なので、昔のように動くことはできない。
私がいままで勝って来られたのは、人が知らない殺人技を修めていることと、兵法をうまく使ったことによる。そんな私にとって、正当防衛の形ができるまで自分の土俵で戦うことができない、というのは条件的に著しく不利だ。だが、やらねばならない。
そんなことを考えながら米田と話していると、部屋に笹井が入って来た。
彼は深刻な表情で椅子に座ると、私をちらりと見て、米田に何かを言いたそうにしていた。
「大丈夫だ。須藤さんには内閣府顧問の肩書がある。関係者と思って良い」
「了解。あの連中はイエンカのマフィアです。イエンカの国家としての介入はありません。この状況は、複数のマフィアによる賭け試合で、須藤さんが賭けのネタになっています。それから、カメラマンをしていた男の携帯の履歴を調べたところ、荒井弁護士からの着信履歴がありました」
荒井は玉川とつながっている。
玉川はイエンカと交流がある。
事件と玉川とのつながりが確信に変わった。
この事件には、コクシ人としての遺恨など関係ないのか。
それとも、その遺恨のためにイエンカを利用しているのか。
いずれにしても、玉川を放置しておくことはできない。
「この国はどうなっているんだ」
米田は吐き捨てるように言った。
私も同感だ。
セイ連という犯罪組織だけではなく、イエンカのマフィアとまで繋がっている。
政治家という仮面の裏側がこれほどとは、誰も考えないのではなかろうか。
「それで、荒井弁護士を呼んで尋問するんですか?尋問するのなら、私にアイデアがあるのですが」
「尋問に立ち会うことはできませんよ」
「大丈夫です」
私のアイデアとは七日殺し。
一.雑談に持ち込み、今回の初戦で使った、時間差で効果が出る技を話題にする。
二.他にも時間差で効果の出る殺人技があるらしいと言う。
三.その技は、胸を二度突くもので、五日後に症状が出始め、七日後に死に至ると説明する。
四.五日目までなら須藤は技を解除できると言う。
五.話の後、荒井をあと二~三日は勾留すると伝える。
「実は、三日前に、荒井の胸を二度つついています。こう言ってもらえば、あと二日で手遅れになり、二~三日拘留されれば確実にあの世行きになると計算するでしょう。明日にでも来てもらえばちょうど良いんじゃないですか?都合が悪いと言われたら、計算しなおして、症状が出る時期を五日から六日にするとか適当に調整してください」
「死ぬというのは嘘なんですよね?ホントに死んだりしませんよね?」
「大丈夫です」
そう死にはしない。
多少生活に支障が出るかもしれないが。
翌日、米田と笹井は私の前で大笑いしていた。
「荒井の顔は見ものでしたよ。須藤さんに言われた通り話したら、即座に挙動不審になって」
「米田さんがダメ押しで阿佐ヶ谷の話を付け加えたら、訳のわからないことを大声で喚き散らして。いますぐ須藤さんを呼んでくれって」
「阿佐ヶ谷の話というのは?」
「ちょっと思いついて、阿佐ヶ谷は須藤さんに殴られてああなったって言ってみたんですよ」
そう言う米田の目は笑っていなかった。
彼は何か感づいているのだろう。
「そうですか。それで、何か聞き出せましたか?」
私は平静を装って聞き返した。平静を装うとは、自分の顔や身体の筋肉の状態を、気功の要領で確認し、制御することだ。肉体の局所的な緊張を無くしてしまえば、私の表情からは何の反応も得られなくなる。
「予想以上に成果が得られました。玉川が、イエンカマフィアがやっている麻薬の密輸を手助けしていることや、阿佐ヶ谷の死後、玉川がセイ連とのパイプを引き継いだことなんかを自白しました。須藤さんについては、セイ連から懇願されてマフィアに委託したようです」
荒井の話はそれで終わらなかった。
荒井は、コクシの政治家と玉川のやりとりをたまたま聞いてしまい、玉川が背乗りによって日本国籍を得たことを知った。
荒井は深入りしすぎていた。
選択を間違えば、自分は殺される。
荒井はそう考え、精神的に不安定になっていた。
そこへ今回の取り調べだ。
罠にかかるのは必然だった。
「それで、荒井にネタばらしはしたんですか?それとも、私が解除する振りをした方が良いですか?」
「騙したとなると、裁判の時に問題にされて証言が無効になりかねません。だから、荒井には何も言っていません。後のことはお願いできますか?こっちは何も知らなかったという事で」
「わかりました」
米田と笹井は私を取り調べ室に連れて行った。
そこでは荒井が半狂乱になっている。
「須藤さん、お願いします。助けてください」
「警察で変なことを言わないでもらえます?誤解されるじゃないですか」
「そんなこと言わないで助けてください」
荒井は泣き出してしまった。あの有能を絵に描いたような荒井弁護士がこんな風になるとは予想もしていなかった。
自分がすごく酷いことをしている気分になる。
一方で、荒井がこれほど生に執着できることを羨ましく感じた。
――この人は、こんなにも生きたい理由があるんだ。
私は洋子に出会うまで、死に場所を探すように生きて来た。
何もうまくいかず、失意の中で生きていた。
荒井が住んでいるのは、私とはまるで違う世界のようだ。
「どうもお疲れのようですね。肩でもお揉みしましょうか?」
荒井は私の言葉を都合よく解釈したらしい。
顔つきに安堵の様子が窺えた。
「お願いぢます」
荒井は鼻水を啜っている。
私は、武術を通して学んだ、様々なマッサージを荒井に施す。
静かな部屋の中に、タンタンという音が響き、次にパフパフという空気の漏れる音が聞こえる。
その次はドッドッという音。
両手の組み方を変えて、私は叩き方と効果を調整していった。
荒井の身体を一通り叩いたあと、今度は揉みほぐす作業に移る。
身体を揉まれている内に、荒井は寝入ってしまった。
触った感触から、胃と肝臓に若干の問題があることがわかった。
荒井に悪いことをしたような気分であったから、その部分の手当てもしておく。
これで症状はいくらか軽減されるはずだ。
もっとも、生活習慣が原因になっている場合は、すぐ元に戻るだろうが。
「荒井さん、終わりましたよ」
私は荒井を起こした。
「ありがとうございます。こんなに身体が楽になったのは初めてです」
荒井は素直に安堵しているようだった。
「では、これで手打ちということで」
「はいっ!申し訳ありませんでした」
荒井は立ち上がると、深々と頭を下げた。
弁護士というのは一筋縄ではいかない連中だ。
荒井の言うことを素直に信じるべきではない。
しかし、これで、すぐに敵対行動に出ることもないだろう。
結局、荒井は取り調べで争わなかった。
彼は、聞かれたことを素直に話した。
その結果、玉川の立場が危うくなった。
玉川はさまざまな犯罪組織とつながっている。
玉川から情報が流出する懸念が生じれば、つながっている組織は、玉川を切り捨て、口封じに動くかもしれない。
しかし、警察は玉川から情報を引き出したい。
いま玉川を殺されては困る。
だから、マフィアを大至急摘発する方向に動いた。
しばらくして、マフィアの残党が捕まった。
外国から来た犯罪者たちは同胞を頼る。
大抵の場合、逃亡中の犯人は知人宅で見つかる。
今回も同じだった。
彼らの同胞宅を虱潰しに探したところ、ほぼ全員が見つかったのだ。
しかし、残りの対戦相手のうち、最強と見なされていた人物だけは見つからなかった。




