第二十七話 反転
対戦相手の男は、数メートル離れてこちらの様子を見ている。
私はその男に銃を向けながら、銃を奪うときに手放した暗器を拾った。
細野と川又が我に返り、カメラマンと対戦相手の男を拘束するために動き出す。
「はい、これ」
私は持っていた銃を細野に渡した。
「お疲れ様です。でも、今回の行動は感心できません。乗客が撃たれていた可能性だってあったんですから」
「そうですね。でも、その話は後にしませんか」
「まあ、結果オーライということで」
川又が空気を読んで助け舟を出した。彼はそう言うと、網棚の銃を回収し、一つを細野に渡した。細野が銃を受け取ると、川又は撃たれた中年女性を見に行った。そちらはすでにほかの乗客が傷口にハンカチをあてて応急処置をしている。
外にはパトカーが集結しつつある。
細野はそれを見て、警察官が入れるように手動で扉を開けようとしていた。
だが、扉を開けることはできなかった。
電車が急発進したからだ。
外にいた警察官たちは、慌てて電車から離れた。
「俺は運転席を見て来る。川又はここにいろ」
細野はそう言って走って行った。
電車は加速し、この路線で体験したことのない速度へと――
しばらくして、前方の車両から銃声が聞こえた。
「川又さん、その二人は私が見ているから、応援に行ってください」
「しかし……」
「運転席の状況如何では電車が大事故を起こしかねない。行ってください」
「じゃあ、お願いします」
二人の男は両手に手錠をかけられて座席に座っていた。しかし、川又がいなくなると、対戦相手の男が立ちあがった。それを見て、カメラマンは車両の後ろの方に逃げた。
男は、身体を低くすると同時に、回転しながら連続して蹴りを放った。
私は男の後ろ回し蹴りを拳で受けた。もちろん暗器――T字フックを握って。
男の顔が苦痛に歪む。
つづけて――
男の足が床に降りる前に、私は軸足を蹴り折った。
男は両足を抱えて転げまわる。
その口からは、小さく苦痛の声が漏れていた。
カメラマンの方を見ると、何人かの乗客が力を合わせて捕まえていた。
カメラマンには武術の心得がないようだ。
「ありがとうございます。すいません。ご迷惑をおかけしました」
「いえ、私も手伝いますよ」
「私も」
「僕も」
カメラマンを押さえていた乗客たちが手伝いを申し出てくれた。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
前方でまた何度か銃声がして、電車が急ブレーキをかけた。
急ブレーキから十数秒経って、大きな音とともに衝撃が来た。
身体が前方に投げ出される。
前方を見ると、車両が横に傾いていた。
脱線したのだ。
車内には多くの乗客が倒れている。カメラマンを押さえていた乗客たちも、カメラマンの上に重なるように倒れていた。対戦相手の男は前方に転がって行った。私はそれを追い、後ろ襟をつかんでカメラマンの近くまで引きずって来た。
「皆さん大丈夫ですか?」
私が乗客たちに声をかけると、あちこちから、大丈夫だと言う声が上がった。しかし、車両の前方からは、うめき声も聞こえている。
外から扉を叩く音がした。
「おーい、大丈夫ですかぁ」
警察だ。
私は内部から手動開閉の操作をした。
「前方車両で銃撃戦がありました。そちらにも人を回してください。細野刑事と川又刑事はそっちの方にいます」
十人程度の制服警官が乗り込んで来た。そして、半数が前方車両に走って行く。
「須藤さん、何が起こったんですか?」
米田と笹井が乗り込んで来た。
「例の連中です。細野さんと川又さんは、乗客を人質に取られて手が出せませんでした。それで、私がこの男と試合をすることに――」
米田は対戦相手の男を一瞥した。笹井は床に倒れている三人の死亡を確認し、撃たれた中年女性を見に行った。
「試合中、隙を見てそっちの男を倒し、その男の銃を奪って、あっちの二人を撃ちました」
「須藤さんが銃を使ったんですか?」
「はい。細野さんからは、乗客を危険に曝したと叱られました。私としては、強い殺気を向ければ、私から目を離せないし、銃は私に向けたままになると判断したわけですが」
「なるほど。ただ、一般の方が銃器を使用すると、こういう場合であっても面倒なことになるんですよ。日本では」
私と米田が話していると、細野と川又が戻って来た。細野は肩を撃たれたようだ。川又は頭から血を流している。
「運転席に二人いました。一人は射殺しましたが、もう一人には脱線したタイミングで逃げられました。運転手は負傷しましたが命に関わる怪我ではありません」
細野は米田に向かってそう言うと、私の方を見た。
「あの後、この男が襲いかかってきました。カメラマンは一度逃げたんですが、乗客の人たちが捕まえてくれました」
カメラマンは制服を着た警官たちに連れて行かれた。
対戦相手の男は救急車が来るまで床に放置だ。
「とりあえず、死者はゼロで済んだようです。須藤さん、ご協力感謝します」
米田がそう言うと、笹井、細野、川又が軽く会釈した。
妙な襲撃だった。
あまりにも杜撰に思える。
そう思ったが、状況を知り、私は考えを改めた。
この路線は、一部の区間では線路と平行して道路が走っているが、それ以外の区間は住宅密集地を通っていて、パトカーで電車を追いかけるのは難しい。事前に下見をしておけば、迷路のような街並みも、逃走する際には有利に働く。犯人たちは、逃走に都合の良い場所を選んで試合を挑んで来たのだ。そして、実際に、一人は逃げ延びた。私が勝っていなければ、彼らは全員逃げのびていただろう。その上、対戦相手の選び方にしても、狭い場所で有利な相手をぶつけている。万全でないにしても、以前のテロとは違って、それなりに考えられている。
対戦相手はあと二人。
その二人にも、相手側に有利な場所で狙われることになるのだろう。
だが、今回は、カメラマンを捕まえた。
現場を仕切っていたのは彼だ。
彼の代わりがいないのなら、当分、私たちは平和に生活できる。
代わりがいれば――
主催者は、別の実行グループを用意して、同じことを続けるのだろうか。
その懸念が払拭されない限り、私は通常の生活に戻ることができない。
こんなことになるのだから、もう電車に乗ることはできない。
電車以外でも、人が大勢いるところには近づけない。
買い物に行くことさえ難しそうだ。
妊娠した洋子は、通院の必要もある。
それも――
憂鬱な考えは、最終的に怒りをもたらした。
早く決着をつけたい。
さっさと残りの二人を倒して、普通の生活に戻りたい。
普通の生活を求める私は、同時に戦いを求めており、自分の中に矛盾が生じていた。
今回の相手はイエンカ。
呪術を使うことはない。
つまり、私の中にある荒ぶる気持ちは私自身のもので、誰かのせいにはできない。
私は好戦的に変わりつつある。
私は――
私は手に持っていた暗器を見て平静を取り戻した。
この暗器は、安藤に押収されていた物だ。
そして、安藤が死ぬときに持っていた物でもある。
見ていると安藤の声が聞こえるような気がする。
私が道を踏み外さないように、安藤が見ていてくれるような気がする。
事件の後、私は警察署にいた。
三人を殺した件について取り調べ中だ。
私はその席で自分の考えを言った。
「早く済ませて元の生活に戻りたいんですが、こちらから挑戦状を送っちゃだめですか?」
「本音を言えばお願いしたいところですが、それでは決闘罪になってしまうので……。決闘罪は消滅しかけたんですが、新世界では決闘を要求する外国人がかなりいまして……」
「確か、例外扱いにできるケースがあったと思いますが」
「よくご存じで。でも、刑法三十五条の適用は『正当な業務』の場合で、この件には適用できません」
「いや、できるんじゃないですか?犯罪者主催なのが問題なだけで、それ以外は普通の試合でしょ?ここは旧世界じゃないんだから、考え方を変えて行かないと」
「では、具体的にはどうすればいいんですか?」
「場所を決めて対戦相手と戦う。ただの格闘技の試合として。殺し合いはしない。撮影したければ、勝手に隠れて撮れ、それでうまいことおさめてください」
「でも、ただの試合で相手は受けてくれますかね?」
「それはやってみないとわかりませんよ」
だが、これは嘘だ。
そもそも、相手は日本の法を何とも思っていない。約束しても口先だけのものだろう。連中からすれば、開催できるのなら条件などどうでも良く、一応は警察のメンツを立ててくれるはずだ。
建前だけ整えて警察を納得させられれば、試合は開催できる。
私はその建前だけを考えればいい。
もっとも、実際には殺し合いになるので、後で警察に叱られるだろうが。




