第二十五話 見えない聞こえない
これまでの動きから、私の攻撃を丈夫な身体で受け止めつつ、腕なり足なりを取って逆技か何かに移行しようとしていることがわかる。筋肉を見る限り、力では勝ち目はない。迂闊に仕掛けると、こちらがやられてしまいそうだ。
だが、私は一人ではなかった。
「何をしている」
「警察だ」
後方にいた私服警察官たちが走って来た。
すると、助手席のドアが開き、サングラスをかけた男が車を降りた。
その男もやはり浅黒く日焼けしている。
その男は、拳銃をやや下向きに構えると、二人の警察官の足を撃った。
遠くから聞こえるような銃声。
その銃には黒い筒状のサイレンサーが付いていた。
遠くから聞こえるような音はサイレンサーの作用だ。
その男の立ち居振る舞いは、まるで映画に出て来るプロの殺し屋のようだった。
「大人しくしてろ。邪魔するな」
男は訛りのある日本語でそう言い、警察官に近寄って二人が持っていた銃を取り上げた。
車から別の銃が狙っていたので、警察官たちは抵抗できない。
彼らがまともな連中でないことは明らかだ。
それなら手加減をする必要はない。
ただ、前回のように秘伝の技を動画に記録されてはかなわない。
技を使うときにはカメラの死角に入らなければ。
私は、相手の力量を見定めるため、その動きを観察した。
男は、先程と同じように、無造作に間合いを詰めて来る。
彼の動きは、以前動画サイトで見た、イエンカ軍の格闘術に似ている。さきほどの動きから、彼の戦法は、鍛え上げた身体が大抵の攻撃を跳ね返すことを前提としているようだ。では、身体が耐えられない攻撃ならどうか?私はそれを試してみたくなった。
しかし、位置が悪い。
技を繰り出すときは、カメラの死角に入りたい。
だが、この相手はそれを許してくれない。
――それなら!
私は、顔を突くと見せて、捻った裏拳で腕の内側を叩き、跳ね飛ばした。
その反動を利用して、相手の右腕にある気穴を突く。
続けて、左側の同じ気穴を突く。
相手は後退し、ガードも開いている。
私は素早く立ち位置を変え、カメラを自分の背で遮る位置に立った。
そして、そのまま相手の身体を左右の拳で三連打した。
これで終わりだ。私は二メートルほど距離をとり、その男を眺めた。
彼は私を怪訝そうな目で見ている。戦う気はないのか、と思っているのかもしれない。
だが、戦いはもう終わっているのだ。
男が攻めようとすると、私はすぐに間合いを外した。
そんな調子で数十秒経つと、男の瞬きがだんだん増えていった。
ときどき首を振っている。
さらに時間が経つと、その男は目玉をぎょろつかせ、徐々に挙動がおかしくなっていった。
ついには、訛りのある日本語で、「見えない」、「聞こえない」と言いはじめた。
この技は私のオリジナル。
偶然受けた突きによって、目が見えなくなり、耳が聞こえなくなった経験を基にしたものだ。
あれは闇の中に落ちて行くような感じだった。
あのとき、私は危険な状況を察して助けを求め、緊急マッサージを受けることで事無きを得た。
途中までしか体験していないから、この状態から先は知らない。
たぶん、血流が滞ったうえ、神経系にも影響しているはず。
放置すれば深刻なダメージがあるかもしれない。
「私の勝ちだ。これで良いか?良ければ、あの男を治してやろう」
早くマッサージを始めないと、男がどうなるかわからない。とある個所で血流が止まれば、高確率で死ぬ事になるだろう。私は、内心の焦りを見せないよう車の中にいる男に話しかけた。
しかし、車の中の男は答えなかった。
その代わり、警察官を撃った男が、その男に向けて二度発砲した。
「あと三人だ」
中の男がそう言うと、車は走り去った。
「大丈夫ですか?」
私は倒れている警察官に声をかけた。
「何とか」
二人とも、腿を撃たれているが、口調は落ち着いているし、血もそれ程流れていないので、重症ではなさそうだ。
戦った男の方は、額に穴があいているのだから調べるまでもない。
「救急車呼びますね」
「すいません。お願いします」
私は救急車を呼び、周りを見渡した。
車が駐まっていたあたりには、拳銃が二丁置かれていた。
警察官が持っていたものだろう。
「この拳銃、私が触らない方が良いですよね?手袋してたけど、犯人の痕跡が残っていないか調べるんでしょう?」
「はい。そのままにしておいてください」
二人の警察官は拳銃の近くまで、足を引きずりながら歩いて来た。
さすがに拳銃を道路に置きっぱなしにはできないのだろう。
場所を移動した後、警察官の一人は署に電話をかけた。
電話をかけている雰囲気からは、かなり緊迫した様子が窺える。
彼らを見て、私も洋子が大丈夫か確認しようと思った。
また人質にとられてはたまらない。
私は自分の携帯を取り出した。
三日後、私はいつものように警察署で米田と話していた。
今回の相手は、ネット上で募集されていた総合格闘技イベントの出場者だと考えられている。
そして、主催者はイエンカのマフィアであると推測される。
だが、どうして彼らが日本に出張って来たのかはわからない。
警察は、今後、私と洋子を警護する担当者を増員する。
増員した人たちは別の係に所属していて、拳銃を持った外国人犯罪者たちの逮捕が主目的であるようだ。
平たく言えば、私たちは囮だ。
それでも、洋子を守る人数が増えることはありがたい。
もしも、あのとき、彼らが警察官を射殺していたら、あるいは拳銃が奪われていたら、近県にも応援を要請し、通常の事件とは桁違いな人員が投入されていたはずだ。相手は、それを見越してギリギリの線に留めておいたのだろう。つまり、背後には、日本の警察のこと熟知している人物がいる。
「いつになったらこういったことから解放されるんだろう」
「お察しします。ところで、今回使われた技についてお聞きしても良いですか?」
米田の質問で、つまらなそうに同席していた笹井の目が輝いた。
「ああ、あれは、腕の気穴を適当な強さ、適当な角度で突くと、目が見えなくなって、耳も聞こえなくなるんです。視界にノイズが増えて行って、しばらくすると何も見えなくなります。耳の方は、キーンという耳鳴りが段々大きくなって、何も聞こえなくなります。私が自分で経験したのはそこまでで、その先はどうなるのか知りません」
「腕なんですか?あの場にいた連中の証言で、腹の秘孔だと思っていました」
「あれはカモフラージュです。背中でカメラを遮りながら、もっともらしく腹の方を突いて見せたんですよ。本当は、腕を突く方を隠したかったんですが、あのときはそれができなくて」
「カモフラージュですか。須藤さんもこの手の対応に慣れて来ましたね」
「それが良いことなのかわかりませんが」
「それにしても、漫画みたいな技ですね」
技についてはこれで満足してくれたらしい。
「ところで、話は変わりますが、荒井弁護士の件で何かわかりましたか?襲われる直前に会っていたんですよ。何も聞き出せませんでしたけど」
「うーん、そうですね。今回の襲撃犯と荒井につながりがあるかもしれませんね。防犯カメラを解析したところ、あのセダンが公園の前に駐車したのは須藤さんが現れるほんの数分前なんです。荒井と繋がっている線も調べる必要がありそうですね」
安藤が亡くなってから、私と米田の距離は近くなった。いまの彼はいろいろなことを話してくれる。だから、私も、その分は彼に返してやらなければならないと思うようになった。
話が一段落すると、ドアがノックされ、知らない警察官が顔を出した。
「今回の事件のビデオが投稿されていました」
「須藤さん、確認お願いできますか?」
「わかりました」
その警察官は一旦消えて、ノートパソコンを持って再び現れた。
「どうぞ」
その動画の日付の脇には、ライブ配信と記載されていた。どうやら、あの戦いの様子は生放送されていたようだ。世界中に。
その警察官がタッチパッドを操作すると、動画が動き出した。
それは車の中から撮影されたもので、男が現れたところから撃たれる直前までが公開されていた。動画には、ときどきイエンカ語らしき撮影者の呟きが入っている。
説明の部分には、あの男がイエンカ軍出身者だと書かれていた。残り三戦の対戦者と賭け率も書かれていた。賭け率を見る限り、後になるほど相手が強くなるようだ。
「例のところ、一時停止で見せてもらえます?」
私は自分の腕を指差しながら米田に言った。
米田は自分でノートパソコンを操作し、私が腕を突くシーンで止めた。フレームレートのおかげで手は大きくブレている。しかし、そのせいで、却って軌跡がはっきりしていた。
「ちょっとまずいですね。これだと気穴の場所がわかってしまう。こんなことが続くと、秘伝の技を次々と世界配信することになる」
「大丈夫です。これからは須藤さんが戦わずに済むよう、警察がしっかり警護します」
米田はそう言うが、私は彼の言葉を全く信じていなかった。




