第二十四話 戦いは螺旋のように
阿佐ヶ谷の派閥は、玉川俊蔵率いる玉川派に吸収された。
テレビでは、阿佐ヶ谷の後継について、政治評論家らが自説を披露している。
大方の予想は、当座は玉川が阿佐ヶ谷の職務を兼任し、なし崩しにその体制が確定するだろうというものだった。
いま、テレビには総理官邸に入ろうとする玉川が映っている。
私は何気なくそれを見ていたのだが、玉川の後ろにいる人物を見て驚いた。
そこには見覚えのある顔が映っていた。
あの運転手だ。
ただの運転手が官邸の中まで付き添うものだろうか。
それに、あれは運転手の時の格好とはちがう。
彼は高級スーツを身にまとっていた。
私は玉川を知らない。
彼は阿佐ヶ谷と同じタイプの人間なのだろうか。
私にわかっているのは、彼が阿佐ヶ谷と同じコクシ人で、セイ連とつながりがあること。
私は安藤の遺志を汲み、コクシ人が悪だと短絡的に考えない。
できることなら、事を荒立てないつもりでいる。
だが、玉川が仕掛けて来るならば、反撃は躊躇わない。
殺し合いが続いたせいか、阿佐ヶ谷の呪術の影響が残っているせいか、私はすぐに戦いを考えるようになっていた。
それは危険なことだ。
本心では、私はもう戦いたくない。
残りの人生は妻と子のために使いたい。
だが、始めてしまった戦いは、私の意思でやめることはできそうにない。
それに、知らないうちに、私は反セイグウの旗頭にされているらしい。
その旗頭を、阿佐ヶ谷の後釜に座った者が見逃すことはあり得るだろうか。
テレビで玉川の会見が始まった。
彼は、高木の告白動画に対する弁明をするようだ。
会見には弁護士が同席している。
私と洋子は、その弁護士に驚き、憤慨した。
その弁護士は荒井だった。
テレビでは、玉川と荒井が何かを言っているが、もう私はそれを聞いていない。
――弁護士法とかに抵触しないのか?
荒井は、私と玉川が潜在的に敵同士であることを知っていたはずだ。
その敵側につくのはアリなのか?
あとで弁護士協会に問い合わせてみると、得られたのは曖昧な回答で、端的に言えば、不満があるなら弁護士を雇って訴訟にしろ、というものだった。
荒井を紹介してくれた弁護士にも連絡を取ってみた。
そこで新たな疑惑を知ることになった。
その弁護士が荒井を紹介したのは、荒井から頼まれたからだった。
それは、私が紹介を頼む前日のことで、荒井にとって私は恩人だから恩を返したいと言っていたそうだ。
紹介を頼む前日ということは、洋子が逮捕される前日。
木村が死に、安藤が失踪した日。
そこにどんなつながりがある?
いずれにしろ、荒井は、最初から魂胆があって私に近づいて来たことに間違いはない。
だが、どういう魂胆なのだろう。
玉川は、テレビの前に運転手と荒井を出した。
隠していた関係をわざわざ公表する意味は?
――わからん。米田に聞いてみるか。
翌日、私は米田のもとを訪れた。今日は洋子を連れていない。洋子は少々精神的に不安定な様子なので、お腹の子を大切にしてくれと説き伏せ、家に残してきた。まだ警護の警察官が手配されているので、家に置いて来ても大丈夫だろう。
「玉川俊蔵の会見は見ましたか?」
「いえ、何かありました?」
「阿佐ヶ谷の運転手を玉川が雇ったようです。秘書か何かだと思います。それから、うちの荒井弁護士が玉川の弁護士を務めていました。彼を紹介してくれた人によると、荒井弁護士の方から私を紹介するよう――」
私は米田に一通りの情報と自分の考えを伝えた。
米田からは、特に有用な情報は得られず、私は失望して警察署をあとにした。
米田と話をした後、私は荒井と直接話してみたくなった。
だから、適当に昼食を済ませた後、荒井の事務所に向かうことにした。
事前に連絡を入れずに。
荒井の事務所の近くまで歩くと、都合のいいことに、どこかへ向かう荒井を見かけた。
声をかけようかとも思ったが、ちょっとした悪戯心から、気配を消して彼の後をつけてみることにした。
しばらく歩くと、彼はコーヒーショップのドアを開けた。
私は方針を変え、彼の背後から近寄り、肩を叩いた。
「ご一緒してもいいですか?」
荒井は私を見てぎょっとしていた。
「いえ、今日は人と待ち合わせていますので」
「そうですか。残念。では、別々の席で」
そう言って、私は出入口付近のあいている席に座った。そこからは店全体を見渡せる。
荒井は嫌がらせのように感じるだろう。
荒井は奥の席に座って携帯を取り出した。
そして、電話をかけ、少しだけ話すとすぐに切った。
ウエイターがコーヒーを持ってくると、荒井は彼に何かを話し、こちらを指差した。そして、こちらに歩いて来て、私の前に座る。ウエイターは荒井の前にコーヒーを置いた。
「約束はキャンセルになりました。それで、須藤さんの御用は?」
「玉川俊蔵と契約されているようですが、今後、私の依頼はどうしますか?私は遠慮した方が良いですか?」
「そのことでしたらご心配なく。高木元秘書の話した内容は、事実でないと確認が取れました。ですから、利益相反はありません。これまで同様ご相談いただいても何の問題もありませんよ。気になるようでしたら、他の弁護士を紹介しますが」
「差し支えなければ、高木の件が事実でない、という話の内容を教えてもらえませんか」
「申し訳ありません。現状では申し上げられません。でも、もうしばらくしたら、玉川先生の方でもう一度釈明会見をする予定ですから、テレビか何かでご覧いただけると思います」
「そうですか。わかりました」
その後、差しさわりのない会話をしながら婉曲的に探りを入れてみたが、荒井は隙を見せなかった。
こうして、私と荒井は店を出た。
「荒井さん。これまでありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「私はあなたに好感を持っていました。お互い、心に恥じることがないようにしたいですね。あなたと敵同士にならないことを祈ります」
私は「心に恥じることがないように」と言ったところで荒井の胸を指で二度つついた。
少し痛かったらしく、荒井は顔をしかめた。
背後で人の動く気配がした。
警護か尾行か知らないが、あとをつけてきた私服警察官が反応したのだ。
しかし、暴力沙汰でないことを確認し、気配はもとに戻った。
「私もそうならないことを祈っています。では」
荒井との会話はそんな感じで終わった。
荒井の様子から、すでに様々な手筈が整えられているような気がする。安藤や高木の言ったことは、全て闇に葬られてしまうのかもしれない。私はどうすればよいのだろうか。
気が滅入る一方だ。こんな時は不運が列をなして襲ってくる。私にとって、それがいつものパターンだ。そして、予想通り厄介ごとがやって来た。今度のは、いままでとは毛色の違う厄介ごとだった。
その厄介ごとが起こったのは、自宅への帰り道、公園の前を通ったときだった。そこには、歩道に乗り上げるように、黒塗りのセダンが駐まっていた。窓には真っ黒なフィルムが貼られていて、中の様子は全くわからない。前席までフィルムが貼られており、完全に違法な状態だ。
私がそのまま横を通り過ぎようとすると、車のドアが開いた。
そこから降りてきたのは日焼けしたマッチョな男だった。
その男は車を降りるなり、ドアを叩きつけるようにして閉めた。
ドアが閉まったとき、車内から文句を言うような声がした。
ドアの窓にはかすかに人影が見える。
パワーウインドウが降り、そこからカメラが覗いた。
カメラを持っているのは、やはり浅黒い肌の男だ。
最初の男は私に向かって何かを言ったが、訛りが強すぎて良くわからなかった。
たぶんイエンカ訛りだ。
私にわかったのは、「賞金」と「須藤」くらいだった。
先日見たサイトで告知されていた総合格闘技の大会のことを言っているのかもしれない。
私は出場するつもりはないと言おうとしたが、すぐに言葉を飲み込んだ。
その男がファイティングポーズをとったからだ。
――あの企画は問答無用のストリートファイトなのか?
考えている暇はなかった。
男は、ピーカブースタイルで、腕を上下に動かしながら近づいて来た。
その男は無造作に間合いを詰める。
私は攻撃して良いものか、対応を決めかねていた。
この距離なら、膝の骨を蹴り折ることはできる。
秘伝の蹴りで内臓を破裂させることもできる。
だが、良いのか?
私が躊躇していると、男は開いた左手を私の目の前に出し、視界を塞いだ。
だが、雑な塞ぎ方で、視界の隅に、もう一方の手が伸びて来るのが見える。
私は加減した前蹴りを放ち、男の腹を蹴って後ろに飛んだ。
その蹴りは、加減はしたものの、常人なら相応のダメージがあるはずだ。
しかし、この相手にはまるで効いていない。
当てた感触はあった。
しかし、インパクトの瞬間、男は身体を捻って当たる角度を調整した。
私の攻撃をいなしたのだ。
この男はかなり強い。




