第二十二話 我が友
高木は茂みに向かって撃ち、茂みからも撃ち返してきた。
撃ち合いになった。
だが、それはすぐに終わり、高木は倒れた。
身体がひくひくと痙攣し、白目を剝いている。
茂みに近づくと、そこには安藤がうつ伏せに倒れていた。
私を助けたのは安藤だった。
私は安藤を仰向けにし、傷の状態を見た。
撃たれたのは左腕の付け根のあたり。
その一か所だけのようだ。
しかし出血が止まらない。
私は、傷口をハンカチで押さえるのと同時に、痛みを緩和するために気穴を押さえた。
「痛みが止まった。こんなこともできるのか。すごいな」
安藤の声には力がなかった。
痛みは抑えられたようだが、出血は止まりそうもない。
手で押さえたぐらいではどうにもならない。
「救急車を呼ぶ」
私は片手で止血と点穴をしながら、もう片方の手で携帯を出そうとした。
「いい。もう間に合わない」
「どうして逃げなかったんですか?」
私はそう言いながら119を押した。
「台場公園の砲台跡で銃撃戦。重傷者2名。警察への通報もお願いします」
相手の言葉を遮り、必要なことだけ言って通話を切った。
そして、ロックを外し、録音アプリを立ち上げる。
こんな時に録音をとるのが非常識なことは承知しているが、安藤の最後の言葉を残しておけば、彼の汚名を多少なりとも濯ぐことができるのではないかと思ったのだ。誰かに遺言があるなら、その誰かに生の声を聴かせてやることもできる。
その間も安藤は話し続けた。
「家族がいるから戻って来ちまった」
「だったら家族と一緒に逃げればよかったんだ。私のために命を賭ける義理はないでしょう?」
「いいさ。俺はあんたのことが好きなんだ。あんたみたいになれたら良いって思ってた。奥さんのことは悪かった。
俺は嫁さんの実家に住まわせてもらっている。ほとんど養子みたいなもんだ。嫁さんの実家に誰かから圧力がかかって、逆らったら殺されるって泣きつかれて、言いなりになるしかなかった」
安藤の口調は、これまでとは違っていた。敬語を使わずに、友人のように私に話しかけている。だが、安藤の声はだんだん小さくなっていった。
「高木や木村も阿佐ヶ谷の言いなりになるしかなかったみたいだ。品川駅であんたを撃った下っ端も、テロのサポートをするように強要されていたらしい。あいつらもやりたくなかっただろうよ。コクシ人は、みんながみんな悪い奴じゃない。無理やり何かを押し付けられて、言いなりにならないと生きられない奴らもいるんだよ」
安藤の声は、急に小さく聞き取りにくくなった。
何かを話そうとするが、息が続かないようだ。
「遺言があれば言ってくれ。録音しているから」
もう、安藤は私の声に反応しなくなっている。耳が聞こえなくなっているようだ。
荒い息遣いが続き、もう話すことはできないようだ。
気穴を押さえている手には、さきほどまでは脈が感じ取れていた。しかし、いまはほとんど感じられない。
少しだけ呼吸が安定したように感じられたとき、安藤は囁くように話し出した。
「おふくろが来てくれた。俺は日本人として逝けるみたいだ。ありがとう」
安藤はそう言って息を引き取った。彼の死に顔は穏やかなものだった。
――逝ってしまった。
私は涙を堪えることができなかった。
安藤の身体を横たえ、私は高木を見に行った。
高木の身体には三か所の銃創があり、そのうちの一つは心臓の近くにあった。
生きている気配はない。
南側の対岸でサイレンが鳴っている。
その数はどんどん増えている。
サイレンがこちらに近づいて来る。
私は安藤の傍に座り、警察が到着するまで、じっと彼の顔を見ていた。
あれから三時間、私はまだ警察署で拘束されている。
ここは米田のいる警察署ではない。
私と面識のある警察官はいなく、融通は聞かない。
私は容疑者として扱われている。
高木は拳銃を違法に所持していた。
安藤も木村を殺した容疑者だ。
ここの警察は、私がどちらに与していたにせよ、違法行為に関与していたことに間違いはない、と決めつけている。
尋問の中で、私は阿佐ヶ谷の車でお台場まで来たことを話した。
しかし、警察が阿佐ヶ谷に問い合わせたところ、そんなことはないと白を切られた。
警察の印象は一層悪くなった。
そこで、私は、無駄かもしれないと思いながら、防犯カメラで確認できると主張した。
すると、一時間程度で私の言うことが証明された。
その機を利用して録音を聞かせ、私は阿佐ヶ谷が黒幕であることを示した。
そこからは、警察が証拠として携帯を預かると言い出し、私が拒否する、という膠着状態になった。
ファイルのコピーで済ませろという私の代案は一蹴された。
警察は信用できない。
それ以上に、ここの連中の対応には悪意があるように感じられる。
そんな連中に自分の携帯を預ける気にはならない。
この時点で、私は荒井弁護士に連絡した。
彼の行動は素早く、持ってきたノートパソコンで複製を作り、警察を問答無用で納得させた。
こうして、私は警察から解放された。
翌日、私と洋子は、安藤の最後の言葉を伝えるために、米田のいる警察署を尋ねた。
米田と笹井の他に、多くの職員が安藤の最後の言葉を聞いた。
大半の者が泣いていた。
安藤がここの人たちに好かれていたことを知ると、私自身も泣けてきた。
すでに録音を聞いていた洋子も泣いていた。
再生が終わった後、いろいろな人からありがとうと言われた。
――助けてもらったのは私の方なのに。
彼らは、心情的には私の味方になってくれたかもしれない。だが、それでも彼らが阿佐ヶ谷相手に戦ってくれるとは思わない。例え、この警察署のトップが私の味方になってくれたとしても、阿佐ヶ谷はもっと上に圧力をかけることができる。彼らのうちの誰かが、安藤や高木のように、何かを強要されることもあり得るのだ。そうなれば、また悲しい被害者が出る。私は何も期待すべきではない。
――どうすべきなのか?
答えは簡単だ。
私が阿佐ヶ谷を始末してしまえばいい。
以前に考えていたN日殺しを試す時が来たのだ。
N日殺しを使うには、少なくとも一度は突く必要がある。大物政治家を襲撃したとなれば、大事になることは間違いないので、人目につかない所で会うしかない。
しかし、どうやって会う?
私は毎日思い悩んでいた。
そんな中、阿佐ヶ谷の行動を調べていた時、とある県での講演予告が引っかかった。
それは阿佐ヶ谷の派閥にいる議員のために開催されるものだ。
開催場所は市街地ではなく、かなり鄙びたところの公民館になっている。
地方の人口の少ない場所では、よそ者がいれば目立つ。
だが、全く人目につかない場所もあるはずだ。
場所の選び方を間違えなければ、阿佐ヶ谷と会う理想的な条件が整うだろう。
都合の良いことに、私は仕事でその県に住んでいたことがあり、土地勘もある。
だが――
いろいろ考えてみたが、結局、私の計画は実行に移せなくなった。
メディアが騒ぎ始めたからだ。
いま、阿佐ヶ谷の周囲には、常時記者が張り付いている。
これは私の失態だ。
私は高木の告白動画をメディアにばら撒いた。
その動画が、高木が死んだのを機に公開されたのだ。
加えて、動画の投稿者が私だということまで報道されている。
あまりにも間が悪い。
いまは阿佐ヶ谷だけでなく、私も記者に追いかけられている状態だ。
これでは身動きが取れない。
阿佐ヶ谷はというと、病気をでっち上げて入院してしまった。
私はそれに少なからず驚いた。
阿佐ヶ谷と言えば、傲岸不遜で面の皮が厚い印象だ。
彼は病院に逃げ込むようなタイプではない。
しかし、これは私にとっての好機なのかもしれない。
仮病であっても、表向きは入院するほどの病状なのだ。
このまま不審死を遂げたとしても、形の上ではおかしくない。
病院側が、実は仮病であった、などと言うことは絶対にできまい。
時が来たのだ。
阿佐ヶ谷に会う。
そのためには、あの運転手が利用できる。
阿佐ヶ谷が病院に籠っていれば、運転手は暇を持て余しているだろう。
それなら――




