第二十一話 悲しい結末
話すだけ話すと高木は去って行った。
最後に、彼は、撮った動画を拡散してほしいと言った。
私は彼の望みをかなえようと思う。
「どうすればいいと思う?」
私の考えは決まっていたが、一応、洋子の意見を聞いてみた。
「SNSにアップしてみれば?」
「高木さんの独白だけだから、裏付けとなるものが何もない。嘘だと言われて終わるんじゃないかな?それで、名誉棄損で訴えられる」
私は、本当の思いとは違うことを口にした。
「そうね。でも、警察に言っても、あの米田さんじゃあね。あれは絶対ダメよ。あとは週刊誌?」
「じゃあ、まず弁護士に相談してみて、SNS、警察、週刊誌の三方向で行ってみようか。どれかが当たるかもしれない。でも、弁護士が裏切る可能性も考えておかないとね。週刊誌を先にするべきなのかな?」
私は、録画から、高木の映っている部分だけ切り取った。そして、その動画全体に弱めのぼかしを入れた。この動画をDVD‐Rに焼く。あとは、洋子と二人で複製を量産する。引き出しの肥やしとなっているDVD‐Rの大放出だ。
私は、ネット上で情報提供を受け付けている週刊誌を探し、投稿フォームを利用してこの動画をアップロードした。投稿フォームがないメディアにはDVD‐Rを郵送だ。
こうした作業のあと、私たちは荒井弁護士の事務所に向かった。
荒井に録画を見せると、彼は眉をしかめた。
事の重大さに腰が引けたのかもしれない。
何しろ、大物政治家がテロに加担していると言っているのだから。
「これは……。ちょっと、私の手には余る問題ですね。須藤さんのお考え通り、この方の証言だけなので、嘘だと言われてしまえば如何ともし難いです。何かほかに裏付けがないかぎり厳しいと思います。下手にこの動画をばら撒くことはお勧めしません。警察に任せるのが一番妥当だと思います」
「ほかに裏付けがあれば、と仰いましたけど、例えばどんな?」
「えー……、すいません、すぐには思いつきません」
荒井もお手上げのようだ。
荒井の事務所を出るや否や、洋子は怒りだした。
「何あれ?あれで二万も取るわけ?」
「私の経験だと、これはましな方だよ。自信を持って教えられたことが間違っていたり、曖昧な言い方で誤魔化されたり、弁護士ってそういう人が結構いるから」
「そうなの?何だかがっかり。ドラマだと、弁護士って結構格好いいじゃない?」
洋子の中で、弁護士のイメージは地に落ちたようだ。
次に、私たちは米田のところに寄ることにした。
米田には特に期待していなかったが、予想に反して、米田はこの動画に食いついて来た。
その動画には、未解決事件の重要情報が含まれていたからだ。
しかし、相手は阿佐ヶ谷だ。以前、私は、行政とのトラブルを警察に相談したが、国には勝てないので立件したくないと対応を拒まれたことがある。相手が阿佐ヶ谷のような大物なら、なおさら無理だろう。
「相手が阿佐ヶ谷だと、逆に圧力がかかって、こっちが悪者にされたりしません?」
「ちょっと、それは失礼でしょう」
笹井が気色ばんだ。
しかし、それを米田が遮った。
「それは……、何とも言えません。でも、やるだけやってみます」
「あー、それから、一応お話しておきますが、週刊誌各社にこの動画にモザイクをかけたものを渡してあります」
この言葉は牽制だ。
こちらに矛先が向かないようにするための。
「そういうことをされては困ります。捜査に支障が出かねない」
「でも、米田さんたちにとって、都合の良いこともあるんじゃないですか?」
「例えば?」
「上から圧力がかかっても、握り潰され難くなるでしょう?」
「まあ、それを言われると辛いところですが。でも……」
米田は、警察という組織に所属する以上、上から圧力がかかれば逆らえない。末端にいる米田に何ができよう。
結局、この後の話は、ぐだぐだになった。はっきりしたことが約束できないのだから、そんなもんだろう、と私は思っていた。だが、洋子はかなり怒っている。この雰囲気では、彼女の機嫌をとるのも難しそうだ。
次の手が打てないまま、二週間が過ぎた。
洋子の機嫌は直らない。
たぶん、彼女は怒っているのではなく、怒っている振りをして不安を隠そうとしているのだと思う。
そんなとき、また高木が接触してきた。
その日、私は一人で出かけようとしていた。
気晴らしに、駅前の本屋に行くつもりだったのだ。
だが、自宅を出ると、そこには見覚えのある車が駐まっていた。
阿佐ヶ谷の車だ。
乗っているのは運転手だけ。
彼は、高木に言われて迎えに来たと言う。
高木は阿佐ヶ谷から逃げたのではなかったのか?
なぜ阿佐ヶ谷の運転手を寄越したのだ?
答えはひとつしかない。
高木は阿佐ヶ谷の元に戻った。
そう考えるしかない。
「高木さんから何か聞いていますか?」
私がそう聞くと、運転手は困ったような顔をした。
「いえ、私はただの運転手ですので」
彼はそう言って、ミラーの角度を直した。
そのとき、彼は室内を映しているドライブレコーダを手で遮り、もう一方の手でそれを指差した。
記録されているから話せない、と言いたいのだろう。
彼は何かを知っているのだ。
しかし、それをどうやってそれを聞き出せばいいのだろうか。
考えているうちに、車は目的地に着いてしまった。
そこは、お台場の端の人気のないエリア。
左手が公園になっている。
その奥は台場跡だ。
「その道を真っすぐ行ってください。たぶん、砲台の辺りにいます」
運転手は公園内の道を指差した。
私が降りると車は走り去った。
――行くか。
私は運転手が指差した方向に進んだ。
ここは公園になっているが、平日のこの時間帯は人気がない。隠れて誰かに会うには格好の場所だ。
私は先に進み、短い階段を上った。
階段を上りきると、そこには広場があった。そして、広場の右側にある木々の下に人影を見つけた。
私はそちらに向かったが、近くまで行くと、それは散歩に来ていた老夫婦だった。
その先は行き止まりだ。
そう思って周りを見回すと、その先には上へ行く小道が隠れていた。
私はその道を上りきると海が見えた。
見回すと高木はすぐに見つかった。
左手にある砲台跡に座っている。
彼は静かに海を見ていた。
私には、彼がいまにも泣き出しそうに見えた。
「高木さん、阿佐ヶ谷の元に戻ったんですか?」
私が声をかけると、高木はこちらを向いた。
「いえ、戻ったつもりはありません。でも、逃げることもできませんでした。すいません」
そう言って、彼は私に拳銃を向けた。
高木が持っているのは、大きめのオートマチック。
私は戦闘モードに移行した。
第二次大戦中、弾の飛ぶ軌跡がわかるので、銃を避けるのは簡単だ、という日本兵がいた。
それは剣術でいう「気を盗む」ことと同じことらしい。
私にそれができるのか?
銃口の向きと指の動く気配から、初弾は避けることができるかもしれない。
だが、私程度の技量では、何度も避けるのは無理だ。
しかし――
私にはアレがある。
世界がスローモーションのようになってくれれば、銃弾を避けることはできるかもしれない。
横から手で叩いて落とすようなことは――
いや、あの大きさの銃は、弾のエネルギーも高い。
うかつに触れればどうなるかわからない。
逃げる?
無理だ。
ここには身を隠す場所がなく、逃げれば背中から撃たれる。
左手には茂みがあるが、そこは先ほどの広場に続く斜面で、そちらに逃げれば上から撃たれる。
選択肢は、戦う以外にない。
私は無刀取りの構えをとった。そして、その態勢のまま、落ちている小石を拾う。
私の動きを見て、高木は引き金を引いた。
世界はスローモーションになった。
初弾をかわす必要はなかった。
狙いが逸れていたから。
明後日の方を向いた銃口を確認し、私は小石を高木に投げた。
小石は高木の顔に当たり、銃口はさらに私からはずれる。
その隙に――
銃口はすぐにこちらを向いた。
私は動きを止め、また同じ構えに戻る。
簡単にはいかないようだ。
高木が二発目を撃とうとしたとき――
左手の茂みから銃声が上がった。
世界は再び元の速度で動き始めた。




