第十九話 監視
「ねえ、ネットが繋がらないんだけど」
「有線使ってた?」
「うん。Wi‐Fiが重くて」
「ごめん。ハブの電源落としてた。いま入れるよ」
私はUSBメモリを外し、ハブの電源を入れた。
「これでどう?」
「来た来た」
「じゃあWi‐Fiの方も見るね」
無線LANルーターの電源を落とし、しばらくして立ち上げ直す。大抵はこれで直るだろうが、一応、無線LANルーターの設定アプリを確認してみた。すると、そこには複数の見知らぬデバイスが接続した履歴が残されていた。
「洋子、これ見て」
「何これ?」
「勝手にうちのWi‐Fiを使っている人がいる。とりあえず、アクセスされないように、SSIDとパスワード変えるけど、いい?」
「うん」
一応、OSUも確認したが、そちらに不審な履歴はなかった。
「変な連中に監視されているんだったらまずいね。もう警察には知り合いがいないし」
私は自分でも気づかぬ内に安藤を頼りにするようになっていた。
「ねえ、警察で後任の人を紹介してもらわない?」
洋子は安藤に陥れられたことを怒っている。尋問されたことで、安藤の同僚に対しても良い印象を持っていない。それなのにこんな提案をするのは、不安が警察への不信感を上回った、ということだろう。
「そうだね。そうしようか」
こうして、私たちは警察に行くことになった。
洋子は出かける前に警察に電話をかけ、米田という男を呼び出していた。彼女の尋問を担当した刑事だそうだ。電話での彼女の口調は、かなり喧嘩腰だった。
警察に到着し、正面のカウンターで用向きを伝えると、米田は走って洋子のところまでやって来た。そして、頭を何度も下げ、謝罪を始めた。私の方には目もくれない。
「その節は申し訳ありませんでした。本当にすいませんでした」
米田は必死に謝っている。
一通り謝ると、米田は私たちを奥の会議室へと案内した。
その部屋にはうす汚い折り畳み机が二つ並べられている。
米田は私たちを奥に座らせた。
私たちが腰を下ろすタイミングで、米田はドアから外に顔を出して誰かを呼んだ。
来たのは笹井という男。
表情は暗く、目付きも悪い。
陰気な男だ。
私はすぐに本題に入った。
また狙われるかもしれないので、安藤の代わりの担当を決めてほしいと。
すると、米田は自分が担当を勤めると言った。
「それで、もう一件相談なんですが、これ、見てもらえます?」
私は無線LANルーターのアクセスログを見せた。
洋子は口を開かずに指で机をこつこつと叩く。
笹井は黙っている。
「何かのログですか?」
「うちの無線LANルーターのログです。この四つはうちのですが、他は知らないものです。近所の人が勝手に使っているくらいなら良いのですが、そうじゃない場合もあるんで、一応、お宅で記録を残しておいてもらえますか?」
調査を求めず記録だけを残すように言ったのは、彼らに調査能力がないのを知っているからだ。以前、被害を受けて相談した際は、箸にも棒にもかからないレベルだった。それでもこんな依頼をしたのは、将来問題になったとき、証拠として活用できるようにしておくためだ。
「わかりました」
そう言って、米田は渡した用紙を見ていた。
無線LANルーターには、ボタンを押すだけで簡単に端末の認証を行う機能がある。洋子が誘拐されたとき、あるいはその直後のドアが施錠されていなかったときならば、その機能を使って携帯を設定する機会があった。その機会を利用できるのは誰か。そう考えると、その筆頭は警察ということになる。
「もともと警察のどなたかが私たちを監視されていたと思いますが――」
私は当時の様子を尋ねた。
「監視というか、警護です。あいつはそのとき宮下に呼び出されて、例の墓の方に向かっていたはずです」
「宮下さんに呼び出されたのは、洋子が誘拐されたことに気づいて、私が電話した後ですよね?その前はどこにいんですか?」
「その前は、お宅の周囲にいたと思います」
「では、洋子が誘拐されるとき、警護の方たちはただ見ていたのですか?」
「いえ、そう決めつけるのは短絡的ではないかと……」
公務員という者は大抵身内を庇う。はっきりした回答を避ける。だから、追求しても時間の無駄だし、雰囲気が悪くなるだけだ。だが、言っておかなければならないことはある。
「洋子が誘拐されたとき、安藤さんの携帯に電話したら宮下さんが出ました。その少し後、安藤さんは、宮下さんにやられた、と言っていました。宮下さんに襲われて携帯も奪われた、ということのようです。安藤さん自身があっち側の人みたいなので、いまとなっては、彼の言うことを信じるのはどうかと思うのですが。でも、嘘を言っているようには思えなかったんですよ。警察には阿佐ヶ谷三郎から圧力もかかっているんでしょう?警察の内部でも、陰で変な動きがあるんじゃないですか?」
「内輪のことを外部の方にお話しすることはできないので……」
米田は逃げに入ってしまった。私は安藤のことを懐かしく思った。
そのとき、洋子が机を叩くこつこつという音が大きくなった。
米田の顔が一瞬だけ引きつり、表情が硬くなる。
「その辺のことは、こちらでも内部調査を始めていますので。結果をお話しできるかどうかはお約束できませんが、もう少しお時間をいただけますか?」
いまの米田の反応を見る限り、やはり、取り調べのとき、洋子の間には何かがあったのだ。
帰ったら聞いてみようかと思ったが、同時に聞かない方が良い気もしていた。
家に帰ってすぐ、私は机の引き出しの中を探した。
――確か、ここに……。
「何を探してるの?」
「マルチバンドレシーバー」
Wi‐Fiのことを考えれば、盗聴器が仕掛けられていてもおかしくない。チェックしておくべきだ。
私が会社を経営していたとき、最初のうちは、政府系のベンチャー支援施設に事務所を置いていた。あの当時、何故か自分の会社の機密事項を知っている企業があり、不審に思った私は、盗聴器をチェックできるマルチバンドレシーバーを購入した。
それを使って事務所内を確認したが、事務所からは何も発見されなかった。その代わり、盗聴器の電波帯域で、入居者共有の会議室の様子が放送されているのを発見した。私はそれを施設側に告げたが、お役所特有の隠蔽がはじまり、結局、そのまま放置された。たぶん、いまもそのままだ。
そんな経緯で、私は盗聴器が世に出回っていると身を以って知っているし、役所や警察が役に立たないことも知っている。自分で問題に対処しなければならないのだ。
調べてみると、案の定、盗聴器は見つかった。
二か所のコンセントに、電源を分配するための白いトリプルタップが挿されていたのだ。
洋子は、自分が買った物ではないし、いつからそこにあったのかわからないと言っている。
これはよくある盗聴器だ。だが、見つかったタップは、埃の乗り具合から、かなり昔から設置されていた可能性が高い。疑いの余地なく、私が引越して来る前からあった物だ。
だが、それが古いものだとしても、最近の様子が周囲に放送されていたのは間違いない。洋子を誘拐した連中が、その電波で室内の様子をチェックしていた可能性はある。
私は盗聴器をそのままにし、米田に連絡した。
米田と笹井が鑑識を連れて来た。
彼らはその状態を写真に撮ってから盗聴器をはずし、ビニール袋に入れた。
「一般論では、奥さんの前の彼氏か、同僚の人あたりが怪しいですね」
「この部屋に人を招待したことなんかないわ」
「じゃあ、引越し業者ですかね。あとは、管理人が犯人だった事例もありますが」
彼らはルーチーンワークのように作業し、帰って行った。たぶん、彼らは指紋を記録するだけで、他には何もしないだろう。
「何かいらいらする」
洋子は米田が嫌いなようだ。
「気分転換に食事でも行く?」
「うん」
ちょっと雰囲気の良い店に入ると、洋子の機嫌はすぐに直った。
最近、私は理解した。
洋子には精神的にかなり未成熟なところがある。
だから、ちょっとしたことで機嫌は直る。
もっとも、それは私の思い違いで、洋子の方が一枚上手という可能性もある。。
機嫌が直った振りをして、私をうまく操っているという――




