第十八話 さまざまな局面
一週間後、木村の遺体が見つかった。
そして、洋子が逮捕された。
木村の遺体に暗器の痕が残っていたからだ。
慌てた私は、知り合いの弁護士と連絡を取り、この手の事件に強い人を紹介してもらった。
紹介された弁護士の名は荒井。
彼は、すぐに警察へと足を運び、逮捕に至る状況を説明させた。
いま、私は自宅にいて、彼からその説明を聞いている。
荒井の話によると――
洋子が倒したテロリストたちは、未だに警察病院で療養中である。
警察は、彼らに残る打撲痕を調べ、木村の死体と比較した。
打撲痕は一致。
あれは私手作りの物なので言い逃れはできない、というのが警察側の考えだ。
安藤にT字フックを渡したと反論し、もう一つT字フックが存在することを示唆したのだが、警察には、安藤が押収した記録が残されていなく、私の主張は嘘と決めつけられた。
――安藤が犯人なのか?
状況からすると、安藤に嵌められた、ということになりそうだ。だが、私はそう考えたくなかった。いつのまにか、私は安藤に友情のようなものを感じ始めていたから。
「安藤さんとは会えました?」
「それが、相棒の宮下さんが亡くなってから、ずっと休暇を取られているそうです。何でも、かなり気落ちされて、仕事に手がつかないとか」
「安藤さんがT字フック――洋子が使った道具を押収したことは誰も知らないんですか?」
「知らないそうです。何か預かり証みたいなものはもらっていませんか?」
「もらってないですね」
やはり安藤に嵌められたのだろうか。
「そうだ。安藤さんがそれを押収している場面の録音があったらどうにかなります?」
「あるんですか?」
安藤がメモを読んでいる間に、洋子は携帯で録音をスタートさせていた。
私が安藤に気を許しすぎているのを見て、洋子は、一応保険をかけておこうと思ったそうだ。
私は、PCに保存してある録音ファイルを、机の引き出しに入ってたDVD‐Rにコピーした。
「では、これで交渉してみます」
荒井は、DVD‐Rを受け取ると、すぐに席を立った。
荒井が帰った後、私は別の手段を考えていた。
警察は信頼できる組織ではない。
これまでの人生で、犯罪者の肩を持つ警察官も見たし、積極的に犯罪行為をする警察官も見た。責任逃れをする警察官に至っては大量に見てきた。彼らは、都合の悪い証拠を握り潰すことくらい、普段から当たり前のようにやっている。
荒井が頼りにならなかったら、何らかの罪に問われるかもしれないが、この録音をSNSで拡散してやろうか。
私はいろいろなことを考えていた。
この事態には大物政治家も絡んでいる。ということは、弁護士があちら側に取り込まれることだってあり得る。圧力をかけられて担当を降りる可能性もあるだろう。私は、会社を経営していた折、弁護士が嘘を言ったり逃げたりするケースを何度か見ている。弁護士を信用しすぎると痛い目に合うことは身を以って知っている。
しかし――
荒井に関する心配は杞憂に終わった。
録音は、証拠として受理された。
だが、それでも保釈にはならなかった。何しろ、連行された際、彼女はもう一つのT字フックを持っていたのだから。せいぜい、印象が真っ黒から素鼠色に変わった程度なのだ。
警察は安藤を探しているらしいが、たぶん、本気でやってはいないだろう。実際、洋子を誘拐した事件に関する報道は一切されていない。事件自体を握り潰そうとしているようにしか見えない。警察は、身内の不祥事の捜査には消極的だ。このまま放っておけば、誘拐をなかったことにして、洋子を木村殺しの犯人に仕立て上げるくらいやりかねない。
ここからは私の出番だ。洋子の容疑は私が晴らす。
洋子がテロリストを倒すことに使い、木村殺害にも使われたT字フックは、M12の六角穴付ボルト二本を溶接した物だ(Mの後に続く数字はボルトの直径)。そして、M12ボルトの頭は径が18ミリで、六角穴は幅10ミリ。一方、逮捕された時に洋子が持っていた物は、M16だ。こちらは頭の径が24ミリで、六角穴の幅は14ミリ。
警察によると、宮下の頭の表皮には、ボルトの痕がくっきりと残っていたそうだ。それなら、その打撲痕がM12によるものか、M16によるものか、判別させればいい。
私はその事実を荒井に説明し、荒井は有能さを見せた。こうして、私は洋子を取り戻した。おまけに、荒井は、どう丸め込んだのか、警察を説得してT字フックまで回収してきた。彼は本当に有能な弁護士だった。
警察に迎えに行くと、彼女は少しやつれたようだった。
「痩せた?」
「ダイエットにはちょうど良かったわ」
彼女は強がって見せるが、疲労は隠しきれていない。
「安藤さん、私たちを騙してたのね」
「うん。宮下さんはどうだったのかな?あの人は被害者だったのかな?」
宮下と警護の警官たちは、安藤の言とは異なり、ただ職務を遂行しただけでテロリストとは関係がなかったのかもしれない。
だとすれば、彼らの死は私のせいだ。
負い目が増えていく。
先のテロで私が手をかけた中には、無理やり動員された者がいた可能性がある。それに気づき、私はやりきれない気持ちになった。そこに宮下や名も知らぬ警護の人たちの死が加わった。この件の裏側にいる者たちが生きている限り、巻き込まれる人は、これからも増えていく。私はその負い目に耐えられるだろうか。
――安藤はどうなんだろう。
私は安藤に好意を持っている。その安藤が、テロリスト側にいるのはどうしても納得できない。彼も無理やり……
本人が断っても親族などから圧力をかけて言うことをきかせる。
コクシ企業に勤めていた時、そう豪語していた者がいた。
コクシ人と結婚した日本人なども同じらしい。
安藤は、間違いなく日本人であると思う。
だとすれば、親族にコクシ人がいて、そちらから――
私はいろいろな可能性を考えてしまう。
安藤は、二人の大物政治家がセイグウに繋がっていることを教えてくれた。
彼は、特に阿佐ヶ谷三郎のことをよく思っていないようだった。
阿佐ヶ谷との間に何かあるのかもしれない。
もう一人の方、玉川俊蔵とはどうなのだろう?
疑問は次から次へと湧きあがるが、答えは得られない。
――統計解析でも試してみるか。
私はこれまでの安藤の行動を分類し、項目ごとに点数をつけてみた。そして、外国の要人を含む様々な人たちを同じように分類した。少なくともデータが手に入る人たちに関して。
試しに、阿佐ヶ谷と安藤のデータを使って解析を行ってみた。結果は、関係があるような、ないような、というもの。つづけて安藤といろいろな相手を試してみたが、同じようにあいまいな結果に終わった。
その後、一応、阿佐ヶ谷とコクシ王に対して同様の解析を行ってみた。
それはただの思いつきからやったこと。
しかし、その解析は、関係がある、という結果になった。
統計解析は使えるかもしれない。使えるなら、彼らの行動に関連した因子さえ拾い出せれば、重回帰式を求めて統計的なシミュレーションをし、彼らの行動を先読みすることができるかもしれない。
一度はそう思ったが、もう少し解析を行ってみて、深入りは危険だ、と思うようになった。イエンカやジュリルとの関係が疑われる結果も出てきたのだ。コクシのテロリストたちが、いくつもの大国に踊らされているだけ、という可能性もある。あまり深入りしすぎると、世界中から命を狙われるんじゃないか、という気がしてきた。
――この解析は保留だ。
私は、会社を経営していた時、何度も不正アクセスの被害に遭った。私が研究していた技術は軍事転用可能で、画期的なレーザー兵器が実現できる可能性があった。それが原因で目を付けられてしまったのだ。
当時、自社サイトへのアクセスログを解析し、各連邦がネットを介して露骨なスパイ行為を働いていることを知った。その前提で考えると、自分の使っているPCが、日常的に覗き見られている可能性すらあるかもしれない。余計な解析をして変なところに首を突っ込めば、その動きを察知されて、より悲惨な結果を招きかねない。
この日、私はPCをオフラインにして解析を行っていた。それはこれまでの経験に基づく対応だ。重要な作業を行う際は、いつもこうすることにしている。だから、この解析結果は、いまのところ誰にも見られていないはずだ。
私は、これまでの解析結果をUSBメモリに移し、PC上のデータはすべて消去した。消去には、痕跡を残さない完全消去ツールも使用した。テンポラリーフォルダの中身も削除した。
いまの私は独りではない。
洋子がいるのだ。
――そういえば、以前、それを警告してくれたのは安藤だったな。
私は、敵かもしれない彼の顔をなつかしく思い浮かべた。




