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まことの道を歩みたく  作者: 藤原時照


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第一話 敗者の未練

 ときおり私は思い出してしまう。

 手や足に残る、あの感触を。

 思い出すと背筋に震えが走る。

 あの時、私は死ぬつもりだった。

 だから全力で戦った。

 だから彼らの命を奪った。

 人生の敗者である私には、こんな世界に未練などなく、あのときは派手に散るつもりだったのだ。

 それなのに、私は生きながらえた。

 そして、その後も――

 相手は三毒――すなわち貪瞋痴とんじんちの象徴。

 ともに歩むことなどできない相手。

 それでも、彼らの中には、強いられて悪行を重ねる人たちがいた。

 私はそれを知っている。

 あの中にも、強いられてテロに加わった人たちがいたかもしれない。

 あの日の私は、何も考えず、そういった人たちの命まで奪ってしまった。

 では、私はどうすべきだったのか?

 更生する機会を与えるべきだったのか?

 相手は多くの同胞の命を奪ったテロリストなのに。

 何度考えても答えは出ない。

 私は、あのときのことを、いまだに自問しつづけている。


 私は気晴らしになるものを探して本屋に入った。

 そして、そこで一冊の本と出合った。

 それは重力に関する本。

 手に取ってあらすじを見ると、そこには超弦理論という言葉があった。

 それは量子力学から生まれた概念だ。

 私はその本から目が離せなくなった。

 自分が研究している領域にいささかでも関わりがあれば、私はそこに引き寄せられる。

 灯りに群がる虫のように。

 私の研究は、資金難によって、本来なら、すでに放棄すべき状況にある。

 起業の常識で考えれば、とうに会社の解散を決めて次の仕事を探している段階だろう。

 だが、そこは一人会社ゆえ、何かと無理が利いてしまう。

 私の会社には社員がいなく、すべての業務を私ひとりで行っている。

 ひとりだから、問題があってもなんとかなってしまう。

 だから、私はいまだにそこにかじりついているのだ。

 絶つことのできぬ未練によって。

 私はその未練に突き動かされ、その本を持ってレジへと向かった。。


 重力は時間と空間の歪み。

 その本にはそう書かれていた。

 この世界には高次元の歪みが存在する。

 三次元しか認識できない者には認識することができない歪みが。

 著者によると、その歪みのせいで、重力というものが存在するように見えているという。

 それは相対論を基盤にした推論だ。

 私の興味は、ここでトーンダウンした。

 私はかつて行った実験で、光速は一定ではないという感触を得ている。

 おまけにここは異世界。この世界には、かつて神霊が実在していた。その時代の伝承によると、ナノ領域で観測される近接場光のような現象を、メートル単位でふつうに作り出せていたらしい。実際に、その証拠も各地に残っている。

 こうした事情で、私は光速は一定ではありえないと確信している。だから光速不変を前提とする相対論が胡散くさく思えてしかたがないのだ。

 私が購入したこの本は、日本で幅を利かす保守的な雰囲気とは一定の距離をとっているようで、読んでいて無理がない。相対論ベースなのは気に食わないが、私はそこに好感を持った。

 さらに本を読み進めると、話は、時間に関する考察へと移っていった。

 時間はあたかも存在するように振る舞って――

 ここに来て、私はこの本に拒否反応が出てしまった。

 この著者は時間が存在しないとする見地に立っている。

 それは量子重力論の考え方。

 だが、それは、確立されていない理論でもある。

 確かに、時間というものは、なんだかよくわからないものだ。

 ひょっとしたら、量子重力論の示すとおり、存在しないのかもしれない。

 それはいい。

 だが、数式をこねくり回して理屈をひねり出すようなやり方には、なんだか反発を覚える。

 その数式が、常に正しいわけではないならなおのこと。

 その本の著者とはちがい、私の中には、経験に基づくイメージがある。

 それが本の主張に反発する。

 私のイメージ。それは――

 そのひとつは時間の流れ。

 時間の流れは、精神状態によって変化する。それは、スポーツ選手のいうゾーンというものと似ているかもしれない。子どもの頃、その変化した時間の流れのなかでは、身体がうまく動かなかった。当時の私の身体は時間に拘束されていた。その流れの中でようやく動けるようになったのは、武術で心身を鍛えたあとのこと。私が到達した領域には、思考速度――脳の機能だけでは説明できない何かがあった。

 もうひとつは巻き戻し。

 私は時間を巻戻して問題を回避したことがある。精神が極限状態に達すると、霊は身体から抜け出し、昔の身体に入り込むようだ。その結果、布団のなかで目覚め、過去はただの夢オチに変わる。だが、そこからしばらくは、周囲が夢どおりに動くから、夢だと思っていたものが夢ではなかったことを実感する。

 こうした経験から、私は、時間に関して他人とはちがう認識を持っている。時間を戻すということを、動画の逆再生のように考えている人がほとんどだが、それはSF小説の影響を受けすぎた考え方だ。現実には、そこには逆再生にならない事象が含まれているはずで、それによって過去も未来も確定し得なくなっている。たぶん、私が経験したように、人は普段から時間の逆行を経験している。ただ気がついていないだけ。それが、いまの私の考えだ。


 だが、そういったことは、都合よく起きてくれるわけではない。

 できることなら、あのとき、時間が巻き戻ってほしかった。

 歳をとれば、そう思うことは数限りなくある。

 だが、あれだけは――

 私は、政治家たちの嘘を信じ、コクシ企業からのヘッドハントに応じてしまった。

 当時、政治家たちは、技術交流によってセイグウ連邦と友好関係を築くことを提唱していた。

 その流れで、日本が旧世界で蓄積した技術の多くを、セイグウ連邦に所属するコクシなる小国に供与した。

 だが、それはすべて嘘。

 セイグウとつながる政治家たちによる売国行為だった。

 私はコクシ企業の中で現実を知った。

 私の転落は、そこからはじまったのだ。

 そして、その転落はいまなおつづいている。

 私は、いまなお、底が見えない奈落へと落下しつづけているのだ。

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