第十三話 N日殺し
「彼らは、さまざまな事情を自分たちに都合の良いように解釈します。助けあげても恩など感じません。事実を逆に解釈し、なになにさせてやった、みたいに変換されます。最終的には恩を仇で返されることになるでしょう」
私はコクシ企業でのさまざまな実体験を披露した。
ここまで話した内容は、すべて事実に基づいたものである。が、例え事実であったとしても、ネットでこのようなことを言おうものなら、必ずヘイトだと言って攻撃を始める者が出て来る。しかし、今回は、問題がテロだけに、私を遮ろうとする者はいなかった。
「今回のテロは、コクシに流布された虚言も影響しています。その虚言とは、日本人は弱く、コクシ人は強い、というものです。そのうえ、日本人はコクシ人に劣等感を持っている、などと言う者さえいます。
この劣等感というのは、日本がこの世界に転移した直後、戦争を放棄すると宣言した事実に基づいています。新世界の常識に照らし合わせると、この日本の宣言は、弱いからそうせざるを得なかった、という解釈になります。その解釈から、自分たちの方が日本より上なんだ、という認識が生まれます。その認識に基づけば、普段の日本の態度は生意気だ、無礼だ、ということになるわけですね。こうして、日本を成敗しよう、という意見が出て来るわけです」
私は周りの反応を確認しようとした。だが、何の反応もない。見覚えのある政治家の何人かは居眠りを始めている始末。例の男もだ。
「そういうわけで、我々のすべきことは、彼らの国に蔓延する虚偽の認識を調べ、そこから次の行動を先読みすることでしょう。ネット上で虚言を流布している源を探して組織網を解析するとか、行動を先読みするとか、いろいろな対抗策が考えられると思います。
こんなところで良いですか?」
私は進行役の方を見た。最後の言葉は進行役に向けたものだ。
「ありがとうございました。では、次は、警視庁の方から、調査内容についての報告をお願いします」
警視庁の発表は、すでに刑事たちから聞いた内容ばかりだった。ただし、本日の発表では、政治家絡みの情報が省かれていた。出席している議員への配慮なのだろう。
それが終わると、あとは役所主催の講演会でありがちな、ただ地位が高いだけの人たちによる無駄な演説に付き合わされることになった。
会議が終わると、例の男が声をかけて来た。
「いやあ、どうも。品川の英雄にお目にかかれるとは光栄です」
彼、阿佐ヶ谷三郎と目が合うと、自分の身体が揺れるのを感じた。
血糖値が低下しているのか、あるいは貧血気味なのか。
いずれにしても、少し身体を休める必要がありそうだ。
彼の口調は笑いを含んだものであったが、目には隠しがたい敵意がある。彼は居眠りをした振りをして、私がコクシについて悪くいうのを聞いていたのだろう。彼がコクシ人であるとしたら、それは当然の反応だ。
「英雄なんてとんでもないですよ。阿佐ヶ谷さんこそ、ご高名は私のようなものでも存じております」
「何の何の。まあ、以後お見知りおきください。じゃあ、私はこれで。またお会いしましょう」
「はい。では、失礼します」
私たちは上辺だけの挨拶をして別れた。私は彼のことを通例である「先生」ではなく「さん」付けで呼んだ。その時、彼の表情がピクリと動いた。阿佐ヶ谷が傲慢な男であることは知っていたが、呼称ひとつでいら立ちを顔に出すほどだとは思っていなかった。
金があるだけの小者。
それが私の持った印象だ。
そんな者が政党内で力を持ち、国政への影響力を維持している。
存在自体が有害に思えてきた。
彼がテロの関係者だと確信が得られたら、折を見て始末してしまうべきかもしれない。
阿佐ヶ谷の後姿を見ていたら、そんな考えが私の頭を過った。
が、ここに来て、私は自分がどこかおかしいと感じはじめた。
タガが外れているのだ。
自分の中で殺人への忌避感が薄れている。
だが、そう考えずにはいられない。
まるで、誰かに強いられているようだ。
私は自分が使える技について考えた。
私は時間差で効果が出る殺人技を知っている。
一日殺しや三年殺しだ。
一日殺しは確実だが、翌日に死なれては、防犯カメラの映像などから確実に疑われるだろうし、私が突いた痣も残っているだろう。証拠が残るのなら、時間差の意味がない。
三年殺しは大昔に考えられた技。今の医療技術から考えれば、治療されて死に至らない可能性がある。これも使えない。
後は、遺体解剖をしても死因がわからないという技を知っているが、それも、昔の医療技術を基準に考えられているものなので、現代においては難しいだけの使えない技だ。
他に、二十日殺しという技があるにはあるが、知っているのは名前だけ。それを知っている師匠はもうとっくに亡くなっている。
考えは行き詰まった。
「お疲れ様です」
「どうもー」
阿佐ヶ谷三郎が去ると、少し間をあけて例の二人組の刑事に声をかけられた。
「ああ、お久しぶりです」
私は小声で阿佐ヶ谷三郎について話した。
「いま阿佐ヶ谷さんと話しました。口調は笑っていたけど、目つきは殺気を孕んでましたね」
「ここではアレなんで、ちょっと向こうに行きますか」
安藤は私を外に連れ出した。
安藤は、少し建物から離れた場所に私を連れて行く。
「すいません。内閣府の中は、どこも盗聴されているという話なんで」
彼がそう言った時、宮下は自然な風を装いながら、私に背を向けて周りを警戒していた。
「ああ、そうなんですか。私、まずいこと言いました?」
「まあ、あっち側の人は多くないと思うんで、あれくらいなら大丈夫だと思います。ただ、阿佐ヶ谷の方は、何か動きが出るかもしれませんね」
「じゃあ、私を監視していれば、囮捜査のようなことができるかもしれませんね」
「冗談事じゃないんですよ。阿佐ヶ谷の周囲では、人死にや誘拐も珍しくないんですから。須藤さん、いまは奥さんがいることを忘れないでください」
そうだった。今は洋子がいる。私は独りで行動することに慣れ過ぎていた。新しい考え方を身につけなければならない。
「そうですね。ご忠告ありがとうございます」
「阿佐ヶ谷を片付けるっていうのもだめですよ。立場上、須藤さんを逮捕しなければならなくなりますから」
「またまた。私は殺人鬼じゃないですよ」
私は笑って見せた。
だが、今のは腹芸による会話だ。
安藤は目配せを交えて私に語っていた。阿佐ヶ谷を殺してくれても良いが、証拠を残せば逮捕しなければならなくなる、というのが安藤の意図だろう。この刑事は、阿佐ヶ谷がクロであることを確信しているようだ。
帰り道、私はまた一日殺しについて考えていた。
一日殺しについて、私は二つの方法を知っている。〇〇動脈に細工をする方法と、某部位を特定の状態にする方法だ。後者は扱いが難しいが、加減によっては死期を数日調整できるかもしれない。
〇〇動脈を弱めに突いてみるか?
弱すぎて効果が出なければ、ただの暴行で処理される。
たぶん、それが失敗した殺人技だとは思わないだろう。
だが、罰せられるリスクが低くても、失敗したあとは、間違いなく警戒されてチャンスはなくなる。
そう考えると、確実なのは某部位の方で、弱めに突いて「N日殺し」を試してみるべきかもしれない。
もっとも、それは、あくまでも、殺さなければならなくなった時のことだ。
現時点で実行するつもりはない。
あの刑事に言われたように、私には洋子を守る責任がある。それを忘れてはならない。だが、戦いを避けようとしても、洋子を守るために戦うことが……。
洋子のことを考えたら頭が冷えた。
同時に、阿佐ヶ谷の目を見てから、自分が、あり得ないほど好戦的になっていたことにも気づいた。いや、考えてみれば、私は講演の最中からおかしくなっていた。では、私はあの部屋に入った時点で呪術にかかり、攻撃的になっていたのだろうか。
それにしても、あの身体の揺れは……。
あの身体の揺れが、呪術を受けたサインなのだろうか。
あれは貧血の時のような感覚だった。
貧血による身体が揺れる感覚は、脳の酸素不足や血圧の急低下によるもの。
コクシの呪術は、そういった感覚あるいは症状を引き起こすものなのか。
いずれにしても、今後、身体が揺れたら警戒するようにしなければ。
いろいろなことを考えながら、私は永田町を後にした。
会議の送迎には、政府がハイヤーを用意してくれている。
これは安全面からの配慮らしい。
動画が拡散され、私の顔は世間に知れてしまった。つまり、セイ連のメンバーにも知られている。もしも満員電車で私を狙った襲撃があれば、周りの人たちを巻き込むことになる。だから、私はもう混雑した電車には乗ることはできない。警察からも、混雑した場所には行かないよう、強く言われている。
加えて、私には、マスコミを避ける必要もある。政府を通じて、各社に取材をしないよう申し入れてがあったようだが、その申し入れを無視する者たちは少なくない。自宅付近では、カメラを持った怪しい人物を頻繁に見かけている。
諸々考えると、ハイヤーでの送迎は必須のようだ。
時折、視野の隅に皺のよったスーツを着た二人組を見かける。
たぶん、彼らは警察官で、私と洋子を警護しているのだろう。
警護ではなく、監視なのかもしれないが。
しかし、いずれにしろ、襲撃された場合は頼りにできる。
私の目の届かないところで、洋子を守ってくれればありがたい。
ハイヤーの後部座席で、私はまたN日殺しのことを考えはじめた。そんなことばかり頭に浮かぶのは、虫の知らせの類で、あのときの私は、すでにその技を使うことを予感していたのかもしれない。いまの私には、そんな風にも思えている。




