幸せ
「ここがアレン様の住んでいる場所なのですね」
ボロボロの宿屋。そこで黒髪の少女ーーシアが周囲を物珍しげに見ている。
結局、彼女を助けた後そのままアレンは別れようとしたのだが、シアはアレンから引っ付いて離れず家まで付いてきてしまっていた。
「はぁ……もういいだろ。出ていってくれ、俺はアンタのいう神様じゃない。神様なんかとは違うみすぼらしい存在だよ」
「アレン様はみすぼらしくなんかありません! 私が困っている時にすぐに助けてくれました。勇敢な人ですよ」
自分のことを否定しない少女に少しだけ驚くアレン。
だけどもアレンは知っている。どうせ、そんな彼女の気持ちも自分がどこの出身かを言えば軽蔑へと変わってしまうことを。
「……俺はスラム街出身だ」
「そうなんですね! 私は教会出身ですよ!」
てっきり最初に出るのは拒絶の言葉だと思っていた。
だけども彼女から出たのは普通の会話。その状況にアレンが不思議そうな顔をするとシアが慌て始める。
「もしかして何か無礼を働いてしまったのでしょうか!?」
「いや、お前……俺がスラム街出身で嫌じゃないのか」
「すみません。私、教会でずっと暮らしてきたのであんまり世の中の事とか分かっていないんです……でも」
彼女はそっとだけどもしっかりとアレンの方を見る。
「生まれた場所ってそんなに大事ですか?」
「……それは」
「私はアレン様が何の躊躇もなく助けてくれた。その精神性を見てアレン様は神様になるべき人だと確信したんです」
「……変わった奴だな。だけど俺には翼も天使の輪っかもない」
それを聞いてシアはようやく自分がアレンを勘違いさせているのだと慌てた様子で口を開いた。
「勿論、私もアレン様を本物の神様だとは思ってません。私たち教会の教えは自分の信仰するもの見つけ、それを神と崇めることなのです」
「……つまり俺を人間だと理解していてその上で神だと」
「はい。私は神様を信仰しているのではなくアレン様を信仰しているということですね! なので信仰のご許可を!」
ぐいぐいっとアレンのところへと距離を詰めるシア。
この勢いは止まりそうにない。もしもここで断ったら許可を得るまでずっと付きまとって来そうだ。
「分かったよ。別に信仰でもなんでもすればいいさ」
「ありがとうございます! えへへ! アレン様を崇拝できるなんて光栄の至りです!」
「はいはい。それじゃ出ていってくれ」
そういってアレンはシアを追い出そうとするが何故かそれでも離れてくれない。
「今度は何だ」
「その……何かお役に立てないかなって! アレン様の格好を見る限り冒険者ですよね! だったらアレン様と同じギルドに入って何かご協力を」
そこまで言ってシアが静かになる。それはアレンの表情が曇ったのを察したから。
アレンは落ち込んだ表情のまま、静かに口を開く。
「……ギルドは追放されたんだ。俺はもう冒険者じゃない」
アレンはそう言うと今までの事についてシアに話す。
自分がスラム出身でそれによりほとんどのギルドで受け入れて貰えないこと。
そして受け入れてくれたギルドもランクが上がると同時にいつも追放されてしまうこと。
それらを全てシアに話した。
「なんて無礼な人たちなんですか! アレン様みんなに天罰を与えましょう! さっきみたいに炎で燃やせばいいんですよ!」
「……いいんだ。そんなことで怒ってたらキリがない。それに例え嘘だったとしてもあの時過ごした日々は楽しかった」
結局は全て嘘だった。リファドは自分を捨てた。優しかったのも演技だと言った。
それでも一緒に過ごした日々は自分にとって本物だと思えたのだ。
それを聞いたシアは目をうるうるとさせながらアレンを見た。
「なんて……なんて慈悲深いのですか! 私、アレン様のような優しい方を信仰対象にして本当に良かったです!」
「こっちこそ、ありがとうな。怒ってくれて……」
自分はもう馴れて怒りは感じなくなってしまったけど。
代わりに怒ってくれるシアを見て自分のことを本気で想ってくれているのだと理解する。
「アレン様。でしたらアレン様がギルドを結成するというのはどうでしょうか」
「……俺がギルド?」
「そうです。アレン様は人類の中で最も優れたお方。アレン様がギルドを作れば皆付いていくでしょうし追放されることもありません」
シアの言うとおりアレンがギルドを作れば当然追放されることはない。
それをいい考えだとアレンも思ったがすぐにそれは無理なことに気づく。
「いや、無理だ」
「何故でしょうか」
「ギルド結成には三人必要だ。俺とシアでは一人足りないんだよ」
「むむぅ……そうなのですね」
そう。ギルドは三人集まって初めてギルドと認められる。
だからシアだけではなくもう一人自分の仲間になってくれる人が必要なのだ。
「ん……いや待てよ。ティアナならいけるかも知れないな」
「ティアナさんもアレン様を崇拝する方なのですね」
「幼馴染みだ。アイツも俺と同じスラム出身でな。上手く行けばギルドに参加してくれるかもしれない」
これでギルド結成の希望が見えてきた。後は明日に向けて眠るだけなのだが。
「ところでお前はいつまでいるつもりなんだ」
「私はアレン様の崇拝者です。故にずっとご一緒できればと思うのですが」
シアはそう言って離れたくないと自分の腕をぎゅっと掴んで来る。
「家は?」
「今は近くの宿を借りてます。でも私はアレン様のお側にいたいです」
流石にそこまで言われて断ることは出来なかった。
アレンは床に座り、壁に背を預けて目を瞑る。
「分かった。好きにすればいい。ベッドはお前が使え」
「ありがとうございます! でもベッドはアレン様がお使い下さい。アレン様が床で寝て私がベッドで寝るそんなことをしてしまっては私は罪悪感で眠ることが出来なくなってしまいます」
「いや……そう言われてもーー」
「むしろ、私こそが床で眠り。アレン様がベッドでゆっくりと身体を休めるべきなのです」
アレンの言葉を遮ってシアはそう言う。だけども罪悪感を覚えるのはアレンだって同じこと。
少女を床で寝かして自分がベッドの上なのは落ち着かない。
「言っておくが俺はベッドで眠るつもりはないぞ」
「でしたら私もアレン様と一緒に床で寝たいと思います!」
「それじゃ意味がないだろ」
「それはそうですけど……でしたら一緒にベッドで眠るのはどうですか? それならお互いに床で眠らずに済みますよ」
シアの言っていることは間違っていない。確かにベッドで一緒に眠れば誰も床で寝なくて済むが。
「シアはそれでいいのか?」
「勿論です! むしろ一緒のベッドで眠りたいです」
「分かった」
こうしてシアとアレンは一緒のベッドで眠ることにした。
シアはアレンの腕をぎゅっと掴んでいて幸せそうな表情を浮かべる。
「そう言えばアレン様は何故勇者ギルドに? 何度も追放されて嫌になったりはしないのですか?」
「別に大した理由じゃないよ。ただ俺は幸せになりたいんだ」
「幸せ……ですか?」
シアの問いかけにアレンは静かに頷いた。自分が勇者ギルドを目指したのは勇者達が羨ましかったから。
「俺は孤児だったからな。パン一つ食べるのだって大変だった。そんな時に勇者ギルドの連中を見掛けてな。彼らは金貨を大量に持って沢山の食べ物を当たり前のように買っていくんだ」
勇者ギルドはSSSランクの任務を受けることで多額の報酬を得る。
また国からの支援も普通のギルドとは違うので勇者達は良い宿や屋敷に住んでいるし食事だって自分が食べたことのない美味しいものを食べている。
「その事実を知った時、俺は初めて劣等感を覚えた。そして同時に自分も勇者になって幸せになりたいって思ったんだ」
「アレン様……なんて素敵な夢なのですかっ! 私こんなに感動したのは初めてです! 是非一緒に幸せになりましょう」
「そうだな」
アレンはシアの言葉に静かに答えるとゆっくりと目を閉じた。




