蠢く暗躍 その1
「シャル……私このギルド辞めるから」
風の囁きのギルド。その拠点でミアはシャルにそう言い放つ。
本当はリファドに言うべきだったがリファドは現在厨房で料理をしているらしく仕方なくその恋人であるシャルに用件を伝える。
まさか突然そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
シャルは驚いた表情を浮かべてミアを見る。
「ちょっと……どうしたの? もしかして負け続きで嫌になったとか?」
ミアは魔法が二つも使え、魔法の技能もかなり高い。
だからこそ彼女がギルドから抜けるのは風の囁きにとって大きな痛手となる。
だからシャルは慌ててミアを止めようとするが彼女の表情はすっかり覚悟が決まっているといった表情だった。
「確かに任務は失敗続きだけど……そうじゃないよ。私が抜けるのはアレンがいなくなったから」
「今さら? それならもっと早く抜ければ良かったじゃない」
「本当……自分でも遅いと思う。でもね、そうじゃないんだ。貴方は知らないかも知れないけどアレンは自分から抜けたんじゃないリファドに追放されたの。そしてそれを……私達に教えなかった! だから抜けるの」
「あーそういうこと? アレンと会話したんだ。それでアレンに唆されて私達を裏切るってわけだ」
「……やっぱり知ってたんだね。アレンが追放されたこと」
シャルの反応を見てミアは確信する。それに対して彼女は悪びれることなくそれを認めた。
「言っておくけどアレンは私を唆してなんかいないよ。ただ真実を教えてくれただけ、彼はギルドを作ったみたいだけど……私は誘われなかった。彼は優しいからね。無理にギルドに入るように言わなかったんだ」
「ミアはアレンのことが好きなのね」
「……そうだよ」
「……分からない。なんでそんなにアレンが好きなの? アイツはスラム出身なのよ!?」
シャルは信じられないといった表情でミアを見る。
確かに普通に考えればスラム出身の人と関わるなんてあまり良いことではない。
だから彼女がそれを疑問に思うことも仕方のないことだった。
そんなシャルの疑問にミアはしっかりと彼女の目を見て答える。
「リファドはシャルのこと好きでしょ? それはシャルが貴族だから?」
「ふざけないで! そんなわけないでしょ!」
「うん……そんなわけないよね。それと一緒」
「……え?」
「恋はね。身分で好きになるものじゃないんだよ。誰かを好きになるものなんだ。だから私はアレンが好き……アレンがどんな身分だろうと関係ないの」
それだけ言うとミアはその場から去ろうとする。
だけどもそんな彼女の肩をシャルは掴んで離すことはなかった。
「……もう話すことなんてないよ」
「残念だけどあんたはギルド抜けられないわよ」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味よ。貴方は優秀だもの他のギルドなんかに行かせるわけないでしょ」
「離して!」
捕まれた肩を振り払ってミアはシャルに向き直る。
そして彼女の表情に驚く、だってシャルの表情には悲しみの表情が浮かんでいたから。
「……貴方、家族がいるのよね。父親と母親だっけ?」
「……だからなに?」
「ギルドから抜けたら殺すわよ」
「……なっ!」
「私は貴族なのよ? 冒険者に報酬を渡せば不慮の事故で殺すことだって出来るの」
「……仲間にそんなことするつもり?」
「勿論仲間にはしないわ。でもギルドから抜けたら仲間じゃないでしょ」
シャルの話していることが嘘だと決めつけることは簡単だった。
だけども彼女の表情は真剣でとてもそれが嘘を吐いているようには思えない。
そして残念なことに貴族であるシャルにはそれを出来るだけの権力がある。
それとは対照的にミア自身は何も対抗する手段が存在しなかった。
「シャル……最低だよ」
「最低なのはあんたの方でしょ。色恋で……私達を裏切ろうとするなんて」
お互いに無言の時間が続き、ミアはゆっくりと自分の部屋へと向かう。
それに対してシャルは何か声を掛けようとするが、結局何も声を掛けられず見届けることしか出来なかった。
ーーー
「ほら、料理だ。お前も食べるだろ?」
リファドが料理をテーブルに置く、それに対してシャルは少し落ち込んだ表情をしている。
「何かあったのか?」
「なんでもないわよ!」
シャルは静かに料理を食べる。リファドはよく趣味で料理を作っている。
故に料理の腕前はかなり上の方なのだが、シャルはそんな彼の料理を美味しいと思ったことはない。
だってシャルが普段から食べている高級料理の方が美味しいから。
「……お前は不味そうに料理を食べるんだな」
「あんまり美味しくないんだから仕方ないでしょ」
「結構美味いと思うんだがな……。ま、お前に美味しいと言って貰えるよう頑張るよ」
二人はそれから静かに料理を食べる。そしてある程度、料理を食べ終わった頃にリファドはゆっくりとシャルを見て言葉を紡いだ。
「なあ……俺はアレンをギルドに戻そうと思う」
「……え?」
シャルは信じられないといった表情でリファドを見る。
そんな彼女の態度をある程度は予測していたのか彼は申し訳なさそうな顔をしていた。
「なんで? アレンはスラム出身なのよ!」
「だが、俺達にはアレンが必要だ。アレンが強いことはお前も知っているだろ?」
「それは……!」
「ダリウスが死んで任務も失敗ばかりだろ? 俺達が今まで活躍できたのはアレンのおかげだったんだよ」
アレンが強いことはシャルも知っている。彼を追放したら魔物との戦いで苦戦することも分かっていた。
だけどもその苦戦は予想以上で彼がいなくなると自分達のギルドはすっかり勝てなくなって今も任務は失敗ばかりが続いている状態だ。
だからきっとリファドの言っていることは正しいのだろう。
アレンが戻ってくればまた前みたいに難しい任務も問題なくこなせるようになるはずだ。
だけどもそれを分かっていてもシャルは彼をギルドに引き入れるのは反対だった。
だって彼がギルドに戻ってくればまたみんながアレンの方を見る。
リファドもミアもアレンの所へいって自分は独りぼっちだ。
そんなのは嫌だった。リファドもミアも私だけを見て欲しかった。
「私は反対よ。このギルドに貧民は必要ないわ!」
「……だがアレンがいないとまた誰かが死ぬかも知れないだろ!」
「理屈で話さないでよ! 私は感情で話しているのよ!」
「好き嫌いの話をしている場合じゃないだろ?」
「……アレンを味方にするなら別れるわよ」
リファドが自分のことを好きなのはシャルも当然理解している。
だから困った時はこう言ってリファドを黙らせていたのだ。
実際アレンを追放するように仕向けた時も別れると脅して彼を追放させた。
だからこれでリファドは大人しくなると思っていたのだが。
「……好きにしろよ」
「……え?」
「別れたきゃ……別れればいいだろ?」
それは予想外の言葉。シャルは間抜けな声を漏らしながらリファドの方を見る。
リファドは静かに唇を噛み締めていてその表情はどこか悲しそうだ。
「やっぱりそうだ。お前は俺のことが好きなんだ。だから……別れられない。ここは俺のギルドだ。アレンを仲間にするかどうかは俺が決める」
「私のことが嫌いになったの?」
「そんなわけないだろ! お前が好きだから……好きだからアレンを仲間にするんだろ!」
「意味分かんない! 私は貴族なのよ! 逆らっていいわけ?」
「だからなんだよ! 貴族だって魔物に殺されるんだぞ」
「理屈の話はやめてって言ってるでしょ! 私はとにかく反対だから!」
それだけ言うとシャルは自分の部屋へと走り去ってしまった。
そんなシャルに対してリファドは静かに見送るとぎゅっと手を握り胸に当てる。
気がつけば涙が溢れていた。シャルがアレンを嫌っていることは知っていたけどここまで拒絶されるとは思っていなかったのだ。
「なんで俺の気持ちを分かってくれないんだ。俺はシャルを死なせたくない……お前を愛しているからだからこそアレンが必要なのに」
誰もいなくなった部屋の中、そこでリファドは静かに泣き崩れるのだった。




