番外編3:リリアの独白 ~聖女の仮面を脱いで~
私がずっと欲しかったものは、ただ「安心」でした。
男爵令嬢という弱い立場。いつ踏み潰されるかわからない社交界。私には、強力な後ろ盾も、特別な才能もありませんでした。あったのは、少しばかりの可憐な容姿と、そして、人の心を掴むための計算高さだけ。
「聖女」という役割は、そんな私が生き抜くための、必死の仮面でした。人々の注目を集めれば集めるほど、私の「奇跡」は輝きを増しました。アルベルト王子が私に心酔した時、私はようやく、安心できる場所を手に入れたのだと思いました。
エレオノーラ様は、そのための「悪役」として、都合の良い存在でした。彼女のプライドの高さが、私の悲劇性を際立たせてくれる。彼女を断罪し、追放した時、これで私の未来は安泰だと、そう信じていたのです。
でも、間違いでした。
私が手に入れたのは、偽りの輝きを愛する王子と、砂上の楼閣のような地位だけ。私の足元は、常にぐらついていました。
そして、辺境から届き始めたエレオノーラ様の噂。彼女が自らの力で輝きを取り戻していくたびに、まるで光を吸い取られるように、私の力は弱まっていきました。
『ノラの菜園』で彼女と再会した時、私は悟ったのです。
ああ、この人には勝てない、と。
彼女の輝きは、誰かに与えられたものではない。彼女自身の内側から、彼女が愛する大地から、湧き上がってくる本物の輝きでした。自信に満ち、愛する人々に囲まれた彼女は、私がどんなに着飾っても手に入れられない「幸福」そのものを体現していました。
嫉妬に駆られて叫んだ言葉は、私自身の惨めさを晒しただけでした。
すべてを失い、私は修道院の門を叩きました。もう、誰かのために「聖女」を演じる必要はありません。注目を浴びることも、誰かと比べることもない。
ここでは、朝早く起きて、掃除をし、シスターたちと質素な食事をとり、神に祈りを捧げるだけの毎日です。
最初は、色のない退屈な日々だと思いました。
でも、ある日、中庭の小さな花壇の世話を任されました。土に触れ、種を蒔き、水をやる。ただ、それだけのこと。
ある朝、私が蒔いた種から、小さな芽が出ているのを見つけました。
その時、なぜだか涙が溢れてきて、止まらなかったのです。
それは、誰かに見せるためでも、何かを得るためでもない、ただそこにある、ささやかで、確かな生命の輝きでした。
私が本当に手に入れるべきだったのは、これだったのかもしれません。
聖女の仮面を脱いだ今、私はようやく、本当の意味での「安らぎ」と、ささやかな「幸福」を見つけることができたのです。
いつか、遠い恵みの谷で輝き続けるエレオノーラ様のように、私もこの場所で、私だけの小さな花を、静かに咲かせていきたい。そう、心から願っています。




