第12章:対峙、過去との決別
「用件だと? 決まっているだろう」
アルベルトは、わざとらしくため息をつき、周囲に聞こえるように言った。彼は、私が彼の権威の前にひれ伏すものと、まだ信じきっていたのだ。
「エレオノーラ。お前の追放は、少々行き過ぎた罰だったと、私も反省している。だが、それもお前が心を入れ替える良い機会になったようだ。こんな場所で下賤な料理人などやっていないで、王都へ戻ることを許してやろう」
彼の言葉に、店内の空気が凍りついた。カイの表情が険しくなり、マルコが奥から駆けつけてくるのが見えた。
アルベルトは、そんな周囲の反応にも気づかず、言葉を続ける。
「お前の作る料理が、リリアの体調を回復させるのに役立つかもしれん。王都へ戻り、これからは私の、そしてリリアのために、その腕を振るうのだ。そうすれば、お前の過去の罪も、許してやらんこともない」
傲慢。あまりにも、身勝手で、傲慢な物言いだった。彼は、私がこの谷で築き上げてきたもの――仲間との絆も、村の復興も、このレストランも、何もかもを理解しようとせず、ただ自分たちの都合の良い道具として私を連れ戻そうとしている。
私は、彼の言葉を最後まで静かに聞いていた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「お断りします」
その声は、小さく、けれど店内の誰の耳にもはっきりと届くほど、凛と響いた。
「……なっ!? 今、何と言った!?」
「ですから、お断りいたします、と申し上げました。アルベルト殿下」
私は、彼の目を真っ直ぐに見据えて、続けた。
「私の居場所は、王都にはございません。私の居場所は、この『恵みの谷』です。私を必要としてくれる仲間たちがいて、私が愛情を注いだ大地がある。ここで育った野菜で料理を作り、それを喜んでくれる人々がいる。これ以上の幸福が、どこにあるというのでしょう?」
私の言葉は、静かな自信に満ちていた。もう、誰かの顔色を窺って生きる、かつての私ではない。自分の足で立ち、自分の意志で生きる、一人の人間として、私はここにいる。
「私にとって、あなた方との過去は、もはやどうでもいいこと。どうか、私の平穏を乱さないでいただきたい。お引き取りください」
私の毅然とした態度に、アルベルトは初めて、自分の犯した過ちの大きさを悟ったようだった。彼は、ただの嫉妬深い令嬢を追放したのではない。計り知れない価値を持つ、一つの輝く才能と、その未来を、自らの手で捨て去ってしまったのだ。彼の顔から血の気が引き、呆然と立ち尽くす。
その隣で、リリアがわなわなと震えていた。
「……どうして……どうしてあなたが、そんなに輝いているのよ……!」
彼女の瞳から、涙が溢れ出す。それは、悲しみや悔しさではなく、醜い嫉妬の涙だった。
「私が本物の聖女なのに……! みんなに愛されるべきなのは、私のはずなのに! あなたが、あなたが私の力を奪ったんだわ!」
叫びと共に、リリアは最後の力を振り絞るように、私に向かって手をかざした。しかし、彼女の手のひらから放たれたのは、か細く、すぐに消えてしまうような、弱々しい光だけだった。
力の源である人々の注目も、そして何より、「自分は聖女である」という自信も、完全に失ってしまった彼女は、もはや何の力も持たない、ただの少女だった。
その場に泣き崩れるリリアと、愕然とするアルベルト。
私は、彼らに一瞥もくれず、背を向けた。
「カイ、マルコ。お客様を、お見送りして差し上げて」
「「承知いたしました、シェフ」」
過去との、完全なる決別。
私は、もう二度と振り返らなかった。私の未来は、この輝く太陽と、豊かな大地の下にしかないのだから。




