第11章:招かれざる客
レストラン『ノラの菜園』の評判は、もはや一つの社会現象となっていた。その名は遠く離れた国の王族の耳にまで届き、アストリア王国の新たな名所として、その地位を確立しつつあった。
そんなある晴れた日の午後。店の前に、王家の紋章を掲げた、ひときわ豪華な馬車が停まった。従業員の一人が、慌てて支配人室に駆け込んでくる。
「支配人! シェフ! た、大変です! 王宮からお客様が……!」
私とカイがエントランスに向かうと、そこには見間違えようのない二人の姿があった。
私の元婚約者、アルベルト王子。そして、彼の腕に寄り添う、男爵令嬢リリア。
彼らは、店の支配人であるカイが制止するのも聞かず、ずかずかと店内に入ってきた。その目は、品定めをするように、きょろきょろと店内を見回している。
「ここが、噂の店か。辺境にしては、まあまあの作りではないか」
アルベルトは、尊大な態度でそう言った。しかし、彼の表情には隠しきれない驚きと焦りの色が浮かんでいた。想像していたような、うさんくさい詐欺師の店ではなく、洗練され、活気に満ちた本物の高級レストランだったからだ。客たちは皆、幸福そうな顔で料理を味わっている。
そして、彼の視線が、シェフコートをまとった私を捉えた。
「……エレオノーラ……!」
アルベルトは、息を呑んだ。
彼の記憶の中にいるエレオノーラは、いつも不満げで、棘のある言葉を吐く、陰気な令嬢だったはずだ。だが、目の前にいる私はどうだ。
日焼けした肌は健康的で、自信に満ちた笑みを浮かべ、何より、従業員や客たちから親しみを込めて「ノラシェフ」と呼ばれ、慕われている。その輝きは、かつて彼が知っていた令嬢とは、まるで別人だった。
リリアもまた、愕然としていた。彼女の顔色は優れず、どこかやつれている。私の生き生きとした姿と、今の自分を比べて、その瞳に暗い嫉妬の炎が揺らめいたのが見えた。彼女の聖なる力は、今やほとんど失われかけている。その原因が、目の前で輝くエレオノーラにあると、本能的に感じ取っていた。
「視察という名目でお越しとは伺っておりますが、あいにく本日は予約で満席でして。お席の用意はできかねます」
カイが、冷静かつ丁寧な口調で、しかし毅然とした態度で二人の前に立った。元王国騎士の持つ威圧感が、アルベルトの気勢をわずかに削ぐ。
「無礼な! 私が誰だかわかって言っているのか!」
「存じております。ですが、当店では、王子殿下であろうと、他のお客様と同じように扱わせていただくのがルールですので」
カイの言葉に、アルベルトは顔を真っ赤にした。プライドをいたく傷つけられたのだろう。
私は、そんな彼らのやり取りを、静かに見つめていた。
もう、この人たちを前にしても、心は少しも揺らがない。かつての憎しみも、悲しみも、今の私にとっては遠い過去の出来事になっていた。
「カイ、いいのよ。せっかくお越しいただいたのだから、お話くらいは伺いましょう」
私はカイを手で制し、アルベルトとリリアに向き直った。そして、シェフとして、この店の主として、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「ようこそ、『ノラの菜園』へ。アルベルト殿下、リリア様。本日は、どのようなご用件でしょうか?」
その落ち着き払った態度が、逆にアルベルトの神経を逆撫でしたようだった。彼は、自分がまだ優位な立場にあると信じて、次の一手を打とうとしていた。




