逃げ出せない獣。捨てられない心。
天使との無駄話も交えながら、周囲を警戒する。いつもならここで漁夫にくる同業者も居るんだけど⋯
「⋯⋯⋯」
おかしい。
『ぅぅ⋯気をつけてくださいねっ⋯!見守っていますからっ⋯終わったら迎えに行きます⋯!』
最後のニーロクの言葉を思い出す。凄いスピードでやってくるとは思っていないが、遅い気がする。
何かあった?
天使を置いて探しに行くか。それも危険だが⋯この首輪を付けたまま運ぶには、首輪が重すぎて天使の首が物理的に危なそう。というか運ぶ私からしてもこの首輪は重い。
そう違和感を感じた時。
「⋯!」
天使が翼を大きく羽ばたかせた、当然浮力が足りなくて飛ぶことはないのだけれど。
(⋯何かの合図?⋯いや、違う。)
私の耳がピクっ、と反応する。奇妙な音だ、それに⋯こちらに向かってきて――――
刹那、一面を貫く甲高い音。反射的に跳躍。
同時に大地がクリスタルのような透明な結晶で覆われる。いや、変化していくというのが正しいか。崩れていた建物や道路が水色の水晶の様に変化していく。
何度かの逃げるような跳躍を経て、拳銃からワイヤーをイメージし放つ。建物の壁にぶら下がる様な体勢で空中に。
大規模に地面が変化しているし、地面に立っていると巻き込まれかねない。
「⋯⋯!」
天使は?と思い逃げ出した場所に目をやる。
恐らくこの大規模攻撃の主犯だろうと思われるグループが居た。
移動も速い、さっきまで居なかった筈なのにもうこんな所まで。
(⋯⋯嘘でしょ、こいつらどっちから来た?⋯ニーロクとの集合場所は⋯)
待ち合わせ場所のビルが建物丸ごとクリスタルに変化しているのを見ながら、ザワつく心を抑え込む。
今は、目の前に集中。これは異常事態だ。
遠目で見る限り、天使は攻撃の主犯グループと何かを話していて、この物質の変化に巻き込まれて居ない様だが⋯⋯遠目で確認すると、天使に倒されたであろう獣人達がいくらか変化に巻き込まれ、クリスタルになっている、または覆われているのが見える。
(抵抗力の問題か。)
獣人に比べ天使の方がずっと能力器官が大きく強い。それは単純に能力の強さだけでは無く外から受ける能力に対する抵抗力にもなっている。
天使が能力に対して鎧を着ているのに対して、獣人の能力抵抗は紙装甲。巻き込まれたら普通に終わる。
「⋯⋯拒否権⋯⋯ません」
「何を――」
周りを観察している間に、かなり遠いが会話の断片と共に、天使が拘束されていくのが見える。具体的にはクリスタルのような物で覆われている。
相手の身体を変質させなくても覆って物理的に拘束しているのか。
人影は多種族四人ほど。止めにいっても多勢に無勢、だが、やはりこの全体攻撃はアイツらの仕業か。
「⋯⋯⋯」
天使は諦めよう。
ニーロクの安全と帰還の方が優先だ。ワイヤーを解除し、大外周りからクリスタルに触れないように移動する⋯けど
(行くしかないか⋯)
待ち合わせ場所は既に広域攻撃に巻き込まれ建物から地面に至るまで、不気味な程綺麗な蒼いクリスタルに変化している。
こういう時飛べたら⋯と思うが、仕方がない。
意を決して待ち合わせ場所へ進む、蹴り上げる地面の質感が明らかに違うのが分かった。
(硬い。)
明らかに通常の地面よりも硬い。少なくともこの国が使っていたセメント類よりも何倍も強度がある。強く蹴っても物理的な衝撃では余程じゃないとビクともしないだろう。
今のところ身体に悪影響も無く順調に進んでいる、見晴らしのいい大通りを挟んで、高いビルの下。待ち合わせの場所。
「いた⋯!」
「22番さんっ⋯!」
ニーロクがしっかり待っていた。よかった⋯
一安心したのもつかの間、ニーロクが慌ただしく状況を説明する。
「あのっ、すっごい攻撃がきて、何とか私は避けたんですがっ⋯あの、貯蔵庫が⋯」
私の動きを確認する為に一時的に貯蔵庫を置いていたのか、地面や建物の変化に巻き込まれて貯蔵庫までクリスタルに変化している。⋯のと。
「ニーロク、足」
ニーロクの片足が靴から膝下までクリスタルに覆われている。
「大丈夫です、倒れている獣人さんも息をしている方は変化まではさせられていません。包まれて拘束されている方はいますが⋯この足は靴と衣服が変質しているだけです。足の感覚は残っています。」
「⋯なるほど」
獣人の抵抗力じゃ耐えられないのかと思ってたけど、そうでも無いのか、はたまた距離によるのか。
「貯蔵庫はどうしましょう⋯!」
ニーロクの慌ただしい仕草を落ち着かせるように、私はいつ通りのペースで言葉を紡ぐ。
「ニーロクの能力を使ってもなんともならなそうだし、置いて引き上げよう。一緒に怒られてあげるから。」
場を和ませるつもりでそう言いながら、撤退を促す。
「はい―――」
ニーロクからの返事を受け取りながら、駆け出そうとした瞬間。
「止まれ!」
何処からか聞こえた大声。私達に向けられたであろう命令。私は一瞬の迷いもなく無視、寧ろ大声に身体が反射する様に跳び上がった。
⋯が、ニーロクは違った。理由は分からない、奴隷兵士としての癖が染み込んでいたのか、単に恐怖か。一瞬だけ躊躇するのが時間が引き伸ばされたように鮮明に見えた。
(くそ⋯⋯⋯)
「22⋯⋯⋯」
ワンテンポ遅れて、ニーロクも跳ぼうとする。も、遅い。
ニーロクの足からクリスタルが覆う様に迫ってきて、あっという間に透明な檻に囚われてしまった。
こちらに目線を向け、最後に何を言おうとしたのか、私には分からなかったが、状況が最悪に近づいてきているのは確かだった。
私は二度の跳躍で、そのまま待ち合わせのビルの一室に飛び込む。窓枠からこっそりとニーロクの様子を見ていた。
「甘いね、こんな初歩的なトラップにかかるなんて。」
先程の小細工を仕掛けてきた声の主であろう敵が遅れてやってくる。
⋯⋯⋯同族だ。金髪猫耳の獣人。真っ先にこの複雑な地形を跳ねるように移動してきたのだろう。コンコン、とニーロクを包むクリスタルを叩いて勝ち誇っている様に見える。
続け様に三人。一人は地精種、ドワーフか。小さい体躯ながら天使を封じた大きなクリスタルを、ロープでぐるぐると身体に巻いて背負って移動している。
一人は分からない。天使のような翼を持っているが、天使の様な輪が無い。隠しているかもしれないが。
最後の一人は重力を無視している白いプレート。浮遊している機械に、ベンチに座るように乗っている蒼い長髪の少女。
⋯⋯⋯間違いがなければ⋯人間に見える。
この世で最狂最悪の種族だ。
(まだ生きてるのか⋯人間なんて種属。)
勿論違う可能性もゼロじゃないが⋯いや、今は忘れよう。
それよりもニーロクをどうするかだ。ここに隠れていればやり過ごせるか?
居なくなった後ならアイツらのようにクリスタルごと持ち運んで帰還するという手段もある。中のニーロクが無事かは分からないが⋯能力で強引に破壊という手も、無くはない。
「こいつが天使をやったの?」
「違うと思います。伝わる振動から結果的に動くマテリア⋯この捕まえた獣人に辿り着きましたが、振動は別にあります」
息を殺して会話を聞く。目による探知じゃない、このクリスタル⋯敵はマテリアと呼んでいるけれど、振動やこの物質の動きを探ってここまで追ってきたのか。
⋯物質が勝手に動く事は無い、ニーロクの足のクリスタルが動いて、それに加えてここまで移動の為の跳躍で位置がバレたのか。
つまり⋯⋯
「彼女を捕まえるよりも先に、二度の大きな振動と一つの微弱な振動を探知しています。あそこと、あそこ。ビルの中にも。今も居るか、ゆっくり逃げているか、どちらかです。」
(⋯⋯都合よく見逃してくれそうな感じじゃない⋯)
じわじわと追い詰められていく感覚がある。今の私は五体満足なのに、あいつの能力が足元まで迫ってきているような錯覚すら感じる。
「だってよー!出てきたらどうだー!天使狩りの獣人!」
「悪いようにはしませんから⋯!」
同族と、翼を持った奴から続け様に発声。
(⋯⋯くそっ)
ギリギリと自分の歯ぎしりが聞こえてくる。考えれば考える程、ニーロクを救う手立てが思いつかない。
一人で逃げるのが最善だ。なんて一瞬考えてしまった。
(それだけは、しない⋯⋯でも、どうすれば⋯)
思考の間も無慈悲に時間は流れる。こちらが思考をしている間も相手も思考を止めることはない。
「効率化を計ります。」
「五秒以内に出てこなければ、この獣人の首を切り落とします。」
すーっ、と背筋が凍る感覚。⋯⋯脅しだ、出ちゃいけない。ここまでしてくるという事は相手はこっちの位置を分かってない。罠だ。
そう、 分かっているのに。
「ごー、よ⋯ふむ、時間ギリギリまで待たされると思いましたが。」
「⋯⋯⋯⋯」
私の身体は勝手に窓枠から飛び出して、唯一のアドバンテージを簡単に手放してしまう。
面と向かって改めて対面すると、相手の服装がどこかお洒落で色鮮やかなのもあり、そこまで恐怖は感じない。
状況は絶望的だけど。
「両手を後ろで組んで、抵抗しなければ危害は加えません。」
命令を無視、観察する。⋯ほんの僅かにピー⋯と震える音。聞き覚えがある。
「なんの音?」
音がかなり小さいからか、敵の獣人だけが反応している。⋯これは⋯奴隷兵士の首輪の音だ。もっと言うなら能力解除の音。ニーロクの首輪からだ。
ただ、ニーロクの能力で打開できる状況じゃない。
でも、少なくとも魔力を操る体力と意識があるのは確実。それに⋯⋯
(私に何かを伝えようと⋯⋯?)
⋯分からなかった。
能力を使って逃げろ、なのか、まだ息があるから助けて、なのか。
そのまま何も起きずに10秒が過ぎる。
「ファル、あなたの言う音の正体も気になりますが、目の前に集中を。」
「はーい。」
翼を持つ人が目の前の獣人と話してる。こっちが警戒態勢を解いてないからというのもあるだろう。
「拒否権はありません。抵抗せずに手を後ろで組んで膝をついてください。できなければこの獣人を殺します。」
「⋯⋯⋯何が、目的?」
絞り出した答えは、対話。⋯というより、もうこれしかない。
「貴方達と同じです。より優秀な人材、技術を回収に来ました。」
「獣ならその辺にいくらでも居ると思うんだけど。」
「天使を組み伏せる獣人は一人しか居なかったようで。」
目的は⋯私か?
「なら、その子を⋯ニーロクを離せ。そしたら素直に捕まってやる。」
「無理な相談です。この獣人も私の広域攻撃に反応するいい物を持っています。人材不足なので、連れて帰ります。」
⋯そう都合よくもいかないか。しかし、これで分かった。アイツらはそう簡単にニーロクを殺すつもりはない。
つまり――と考えた瞬間。
「っ⋯!!」
目の前に拳。ストレート一閃。
間一髪ギリギリの所で躱す。速い。
「やり手だね、楽しめそう!」
私が戦闘態勢を取るよりも先に攻撃を仕掛けてくる獣人。独特な前後のステップと素早さを活かした拳が何度も襲ってくる。
(速い、こいつ⋯⋯!)
今までの雑兵とは根本から違う。
奴隷兵士じゃないこいつには能力のストッパーなんてものは無い。フルパワーの獣人。
「♪」
楽しそうに拳とステップを振るう敵に対して、こっちは余裕の欠片もない。風の音を切る拳をギリギリで躱し、軽いジャブは受け流す。蹴りは絶対に貰えない。
肉薄しない距離感をできる限り保つ。獣人同士の一瞬の攻防。
相手が焦れたのか、スピードを活かしてやや強引に私の腕を掴む。でもそれは⋯
「⋯っ!」
(来た⋯!)
絶好のチャンス。
強引に踏み込んだ相手の足元を自分の足で抑えつけ、スピードを殺す。一瞬で振り解かれるだろうけど、その一瞬で充分。
掴まれた腕と反対の腕を思いっきり相手に叩き込む。顔をガードされたのが一瞬見えて、避けるように腹に一発。
鈍い音と共に相手が吹っ飛んで、少しこちらもよろめく。そのまま追撃しようとして⋯⋯
「⋯⋯?」
よろめく⋯?と思った時にはもう遅く、片足がクリスタルに徐々に覆われている事に気づき、慌ててその場から飛び上がるように跳ねて後退。
クリスタルの地面にくっついてた部分は何とか振り解けた様だったが、片足の動きが鈍い。感覚はあるが膝より下、足首が動かせない。
「獣人は素晴らしい動体視力と反応速度を持ちます。それを活かす集中力も。しかし集中とは裏を返せば視野が狭いという事でもあります。」
勝ちを確信したかのように語られる。ムカつくのと同時に、少し冷静になる。そうする事で、気づかなかった事にまた気づいた。
(⋯片手が動かない。)
さっき獣人に掴まれた腕も同じようにクリスタルに封じられている。⋯獣人の能力⋯な訳がない。恐らく道具。
注視してなかったが、グローブかなにかに仕掛けがあるんだろう。あの獣人は勝算あっての無理気味の掴みだったのか。
(重力無視の空飛ぶ機械に乗ってる人間も居るんだし、道具を注視するべきだった⋯)
そんな反省をしても状況は良くならない。力を入れても腕のクリスタルは割れそうに無いし。いよいよ決断の時が近づいてきた。
(使うか⋯⋯⋯捕まるか⋯⋯)
能力を使えば、状況は確実に良くなる。
―私だけで逃げるだけなら、確実にできる。
けれど。
「⋯それはしない。」
首輪に魔力を込めた。
「!⋯この音、さっきも聞こえた!」
ピー⋯⋯⋯という能力解除前の独特の機械音が響く。
「⋯⋯首輪?警戒を、最後の足掻きでしょう。」
10秒だけの。私のチャンス。
『能力制限解除まで――0』
瞬間、音を置き去りにする。
「へ?」
目の前の私に、良くも悪くも反応した獣人の驚愕する声。
「死ぬなよ。同族。」
能力××。残り9秒。




