欠陥種族、獣人。上位種族、天使。
天使なんて随分と久々に見た。
少なくとも種族の強さで見れば敵わない。天使は能力と魔力に優れているし、身体も魔力と翼の補助により簡単に飛ぶことが出来る。獣人程素早くは無いが、それでも飛ぶ事ができるのは強力。
そもそも奴らは呼吸が必要無いとか、そんな噂も聞いた事もある。生物的に色々違う。
それでも⋯
「優先度通り、能力の確保に移ります。」
首輪の横に手を当て、通信。
⋯返事が帰ってこないが電波が悪いのだろう。忠告されていたし驚きは無い、もしかしたら正面の天使の影響もあるのかも⋯?定かではないが。
「に、22番さん!?に、逃げまっ⋯逃げましょう⋯!」
「命令違反。優先度は能力、資源、技術の順番。相手は明らかに奴隷の見た目ではないし、この国を守ってた能力者なのは状況証拠的にほぼ確実。連れて帰るのが第一優先だよ。」
震える声で逃走を提案するニーロクに淡々と業務命令を告げる。
「私なら大丈夫、別に死んでも捕まえてやろうって感じじゃないよ。ヤバかったら逃げるから。」
「ぅぅ⋯気をつけてくださいねっ⋯!見守っていますからっ⋯終わったら迎えに行きます⋯!」
深刻そうに慌てふためいてる仕草が何となくかわいいと思ってしまう。まぁ、上位種族と戦うとなればこれくらいが普通の反応なのかもしれない。
「ニーロクこそ、一人で危ないからね。気をつけて。」
私からするとニーロクの方が心配だが⋯命令を破る訳にもいかない。一時的な別れを告げ、目印となる高い建物を決め、一時解散。
崩れている立体道路を跳ぶ。探索の時よりも遥かに速い速度で移動を開始。天使を中心に周囲の途切れ途切れに崩されている柱や建物を蹴ったり張り付いたり。
獣人らしい移動法なのだろうか、物理的な動きで徐々に天使に近づいていく。
ここから直接飛びかかって奇襲は難しくないが、能力の分からない都合上特攻はあまりしたくない。
だからこそ、こうして周囲をウロウロすれば⋯⋯
「⋯⋯⋯獣ね」
小さな呟きの後、天使の周囲に透明な剣が数本現れる。それを知覚した時には剣が意志を持ったかのように私に向かって飛んで来た。
「うわ、やべ⋯」
地面をえぐる強さで蹴る。吹っ飛ぶような身体を空中で制御して壁に張り付いては蹴る。ピンボールの様に高速で飛び続けても追い続けてくる剣に埒が明かない。
「ちっ⋯」
着地と同時にすぐさま剣の柄と銃を取る。同じような剣をイメージし、相手の剣を切るように弾く。
振りが間に合わない時は盾で受身を取り、弾いた剣に反対の手から拳銃を撃つ。私の魔力弾に大した威力は無いが、相手の剣の耐久性もそこまで高くは無い様子で何度かの攻防で崩れるように生きる剣が消え去った。
一連の行動の間に天使がこちらに向かって近づいて来ている。
立体道路の上。まるで橋の上の決闘のような構図だろうか。面と向かって見合うと、迫力がある。
ウェーブのかかった長い茶髪に、幼い顔立ち。天使の輪と翼を持っていて、私たちとはどこか生きている世界が違うようにも感じられる。
着ているものも白いワンピースの様な一枚布で、素足のまま平然とその場に立っている。
「魔力操作が上手。獣なのに知性がある。」
琥珀色の瞳がこちらをじっと見つめている。その瞳に映る自分の顔まで見えそうだった。
「お褒めに預かり光栄。連合大国の奴隷兵士、22番。抵抗せずについてくれば悪いようにはしない。」
武器の持ち手のエンブレムを見せる。特殊な技術で彫られた物で、見る角度によって銀と金が変わる不思議な物だ、私の脇腹の辺りに似た物が身体に直接貼り付けられている。武器だと最悪盗られる可能性があるから、そっちの方が信頼度は高い。
この世界でも有数の大国家⋯というより四大国家のうちの一つ。奴隷兵士界隈のエリートみたいなものだろうか。就職先としては最高だ。
「大国家の猫。悪くない提案です。」
「じゃあその魔力抑えて欲しいんだけど。」
こちらの提案に天使は、ふむ⋯とわざとらしく顎に手を当てて、ニヤリと笑いながら。
「力づくで捕まえてみなさい、獣。」
傲慢で上から目線。上位種族って気に食わない。
「あっそ⋯っ!」
地面を蹴る。飛びかかるような跳躍⋯と同時に、目の前に障壁が展開され――
「⋯⋯⋯ぇえ⋯」
思わず急ブレーキ。一瞬立ち止まってしまう。
強度や装飾に驚いた訳ではない。答えは単純。
でかい、でかすぎる。
黄金色の半透明なバリアが雲の上まで届きそうな程に伸びていて、左右もどこまで伸びているか分からない絶壁が展開されている。馬鹿みたいな規模感。
色々な疑問が湧いたが、これが能力で間違いは無さそう。魔力特有の匂いや魔力の流れは感じない。
「⋯⋯⋯」
数秒観察していても追撃が来ない。壁の生成に条件があるか、不便なのか。
それとも何かを待っているのか。
分からないが⋯
「⋯⋯⋯」
その場を蹴り上げて立体道路から飛び降り現状より一段下層へ、後一段程度下がれそうだが姿を隠すには一段で充分。飛び回って逃げ隠れ。
「⋯威勢だけの獣なの?」
安い挑発のような言葉が私の耳をくすぐったが、あまり気にならなかった。
それよりも天使のこの能力。違和感が凄い。
情報不足で完璧な推測はできないが、少なくとも攻撃寄りの能力ではないのだろう。遠距離で剣を飛ばすという安定した攻撃方法を持つのに、バリア展開後は何故か襲ってこない。壁越しでは攻撃出来ないのだろうか。
隠れていてもやはりというか攻撃がない。
バリアを好きに生み出すような能力なら、そもそも私を捕まえるのは容易なはず。私の周囲にバリアを作ればいい。
それをしないということは何か条件のような物があるのだろう。具体的に何かは分からないが。
推測を交えつつ、隠れて十数分、姿を隠していると⋯⋯先程までのバリアがスーッと消えていく。
よし。
同時にすぐさま地面を蹴って飛び上がる。壁も蹴り、何度かの跳躍を見せて、天使のすぐ近くに急接近。
「⋯⋯⋯!」
驚いた様に目を見開きつつ、目の前にさっき見た障壁を展開。
が、明らかにサイズは小さい。自身を球体のように守っている。
(でかい時は割れる気がしなかったけど⋯これなら⋯!)
間髪入れずに剣の柄を抜き、大剣をイメージ。振り下ろす。
片手とはいえ獣人の全力。物理的な威力は凄まじく、バリアがガラスのように割れ、叩きつけられた大剣が地面を割っている。
魔力供給を止め、大剣を消して更に接近。ほぼゼロ距離で手が届く位置。天使は羽ばたいて、私から距離を取ろうとしている。空中へ逃げ出そうという動きの兆候がはっきり見えた。
いくら天使でも、まだここは地上、空中以外の機動力はこちらが上。飛び付く様に接近し、相手の腕をぱしっ、と掴む。
「捕まえました。手荒な真似はしたくありません。」
「勝った気―――」
天使がそう言い終わる前に、腕をグイッと引き寄せ、剣の柄を首に当て貫く――訳ではない。
イメージするのは、私達奴隷と同じ、枷。
剣の柄から魔力を流す。武器ではなく、首輪。それも大きな重量を持った、逃走を許さない重りだ。
「きゃっ⋯!」
首輪が完成すると、掛かる重さに耐えきれずに、羽ばたいている所からバランスを崩して地面に倒れ込み、どんっ!と鈍い音と共に砂煙が舞った。
地面に貼り付けられた様になっていて、首輪が重いのかその場から動こうとしても、上手くいっていない。
「空を飛ぶには重いでしょう。暴れないでください。」
「⋯⋯この状態でも、魔法は使える。」
少し悔しそうな表情で、負け惜しみにも聞こえる一言。
見た目の幼さや傲慢さ、能力を強気に行使した割には追撃が無かったこと。そして、獣人の素早さを舐めていた⋯と言うよりは、特性を知らなかったであろう事。
様々な事から推測すると、戦闘に明らかに慣れていなかったように思える。あの馬鹿みたいなバリアはとても強力だが、戦闘では小回りが効かないのかもしれない。
「使ったらその枷を刃に変形させて、首を切り落とします。」
軽い脅し。実際私は善人という訳では無いし、自分の命が何より大事だとは思っている。
「⋯この武器は柄の部分を握っていないと形状を変更できない。」
素直に驚いた。
いい観察眼だ。戦闘慣れしてないのは間違いないが、天使は魔力の流れに敏感だし、何となくとはいえ武器の性質を見破ったのかもしれない。
「なら、私がその柄を握り首を飛ばすのと、天使さんが魔法を展開して状況を打開するの、どっちが速いか比べてみますか?」
「⋯⋯⋯」
半分ハッタリ。どっちが速いかなんて比べてみないと分からない。しかし天使は黙ってこちらを見ている。少なくとも抵抗の様子は無い。
⋯そんなに恨めしそうに見ないでも⋯とも思うが、仕方ないのだろう。天使からすればこの状況は屈辱的だろうし。
「拘束します。暴れないでください。」
出撃時に自分の腕を拘束していたテープを使い、天使の腕を拘束する。翼を拘束した方が効果的なのかもしれないが、首輪をかけている間は逃げ出す事は無いだろう。
ニーロクと合流したら追加のテープを借りて、連れて帰れば、任務完了だ。




