8──魔王のこれから
「えー······ルキファスさん、お名前は何ですか?」
「自分で言ってるではないか。ルキファスだ」
「歳はおいくつですか?」
「覚えておらんが······大体800歳くらいだろう」
「······ご職業は?」
「職業とは呼べんが、あえて言うなら王。魔の支配者たる魔王だ」
「えー······お家はどちらに?」
「さっきの深淵だ。もっとも、今は埋まってしまったから宿無しだがな」
「······」
居間のテーブルにて行われる事情聴取。
それまで真剣に聴取を行っていたラヴィが泣きそうな顔を姉に向ける。
「お姉ちゃん、嘘ついてる感じが全くしないよ。怖いよ······」
「これは相当に重症なアレな人物か、あるいは完璧なキャラ作りのプロのどちらかね」
リヴルも頭を抱えた。所持品は何も無く、身分を確かめる物が一切無い。おまけに金すら持っていない。
と言うことは、この謎の人物はこの布切れ一枚であんな山中に居たという事になる。明らかに普通ではない。
「困ったわね······警察に突き出すべきか、それとも放っておくべきか」
「つ、通報! 絶対に通報! だって意味分かんないもん!」
「でもねー。別にあたし達が何か危害加えられた訳ではないし。何か犯罪してる訳でもなさそうだし。それを通報ってのはねえ」
「で、でも~っ!」
途方に暮れている姉妹。対して、ルキファスはルキファスで一人で深く考え込んでいた。
(こいつらは訳の分からん輩だ。話しても埒が明かない。それより、この家にある不自然な物の方が気になる)
冷蔵庫やテレビ。その他家電製品の類い。
当然、全てルキファスの知らない文明の産物である。
(あのレイゾーコとかいう代物。中に入ってる物を冷やす力があるそうだが、魔力は感じられん······一体どんな仕掛けだ?)
「う~ん。仕方ない。とりま警察に行くかあ」
ルキファスが考えていると、リヴルがそう言った。
「ねえ、ルキファスさん。今から警察に行こうと思うけど、来る?」
「ケイサツ? ケイサツとは何だ?」
「嘘でしょ······」
リヴルが呆然とする。
「えっ? もしかして本当に知らない?」
「知らん」
「······」
リヴルは一旦席を外して再び妹とコソコソ会議を開催した。
「ねえ、もしかしてなんだけどさ。単なる危ない人ってより遭難者か何かで記憶を無くしてるんじゃない?」
「つまり、記憶喪失してるお兄さん?」
「そうよ。キャラ作りにしてはガチ過ぎる感じだし、かと言って支離滅裂な事ばっか言って、冷蔵庫も分かってないみたいだし」
「確かに······それなら変な挙動とか説明つくかも。じゃあ、ルキファスって名前は?」
「多分、歴史オタクか何かでそれだけは覚えてたんでしょうね。で、それ以外を忘れてしまった。本当の名前すら忘れて、自分を魔王だと思い込んでるんだわ」
「な、なるほど~。お姉ちゃんにしては冴えてる推測だね」
「一言余計! でも、困ったわね。ますます扱いに困るわ。こんな人間を警察署に連れてったらあたし達まで変人の仲間か何かだと疑われるかも。あるいは再生数稼ぎの悪質ライバーとか」
「そうだね。どうしよう?」
会議を終えた二人がルキファスに向く。彼はリモコンや新聞などを興味深そうに撫で回していた。
「とりあえず、あの格好をまずはどうにかしましょう。たしか、奥のタンスにお父さんの使ってない服とかあったわね」
リヴルがポンっと手を打つ。
「髪とか顔も汚れてるし、お風呂貸してあげよっか」
「そうだね。記憶を失って遭難してんだから、きっと疲れてるだろうし」
勝手な憶測を立てた二人は同情し、優しくなった。
「ねえ、ルキファスさん」
「ん?」
新聞をまじまじと見つめていたルキファスが顔を上げる。
「なんだ?」
「とりあえず、お風呂入って汚れ落としてきなよ。帰ったら入ろうと思って沸かしてあるんだ」
「風呂?」
「ほら、全身汚れまくってるわよ?」
リヴルが鏡を取って見せると、ルキファスが顔をしかめた。
「ぬう、我ながら酷い姿だ」
「でしょ? ほら、服はお父さんの貸してあげるからこっち来て」
案内されるまま、ルキファスは風呂場へ向かった。風呂はリフォームされて近代化されていた。
「ほう、変わった浴槽だな」
「いや、普通っしょ。じゃあ、出た所にタオルと服置いておくから」
脱衣場から出ていくリヴル。一人残されたルキファスはおもむろに自身の服を掴むと、そのまま難なく引き裂くようにして脱いだ。
その時、千切れた服の中から何かがポロっと落ちた。
「ん?」
拾ってみると、それは小さく結ばれた紐であった。
そう、魔王が唯一持っていた所持品ワープロープであった。
(ほう、これだけ残っていたか。まあ、一応取っておくか)
ルキファスはロープをそこらに投げた。
「湯浴びか。まあ、復活した肉をほぐすのにはちょうど良いか」
ザブっと湯船に入る魔王。湯水が溢れ出す。
「ふむ。狭いが悪くない」
頭を沈めたり顔を擦って汚れを落としていく魔王。ややして、プラスチックの扉越しにリヴルのボヤけた姿が現れる。
「タオルと服ここに置いとくわよ」
「ああ」
数分して、湯から上がったルキファスが用意されていた服に着替える。一般的なズボンにシャツ、そしてゆったりとした短めのローブだ。
しかし、そのデザインや材質は彼の知る人間の服とはやはり何か違うのであった。
ルキファスは着替え、ワープロープをポケットに突っ込んだ。
着替え終わり、居間へ戻るルキファス。テーブルに着いて待っていた姉妹が驚いたように声を上げた。
「えっ、意外」
「わあ······」
「? なんだ」
二人は少し浮かれたように笑った。
「ルキファスさん、けっこうカッコいいじゃん」
「う、うん。意外。もっと変な感じかと······けっこう美形だったんですね」
二人の反応にルキファスは違和感を抱いた。今まで人間から恐ろしい、おぞましい、禍々しい意外の感想など言われた事がなかったからだ。
「その格好なら町に出ても大丈夫だろうけど······問題は行く当てねえ。どうしようかな」
「やっぱり警察?」
「一番妥当だけど、なーんか嫌な予感すんのよねえ。面倒事に巻き込まれそうで」
「じゃあどうするの?」
「うーん············」
腕を組んで天井を睨みつけるリブル。
長い思考が、しばらく居間に沈黙を落とした。肝心の魔王は相変わらずそこら辺の機械をいじったりしていた。
「··················よしっ!」
ややして、ついに決断が下ろされる時がきた。
リブルの決心の声にラヴィとルキファスが振り向く。
「あたし、決めたよ。こうなったら取るべき行動は一つ」
首を傾げているルキファスにリブルがビシっと指を差す。
「ルキファスさん。あたし達の家に来ない?」
「ええぇっ?!」
驚きの声を上げたのはラヴィであった。
「お、お姉ちゃんっ、何言ってんの?!」
「いや、ほら。行く当て無いならそれしか無いかなーって」
「いやいやいやっ、あり得ないでしょ! 常識的に考えてっ! あの家は私達しか居ないんだよ?! そこに見ず知らずの男の人なんて······」
言いながらルキファスをチラリと伺うラヴィ。首を傾げる怪訝な顔が返ってきた。
「ま、いーじゃん。どちらにせよルキファスさんとはまたコラボ配信したいと思ってたし。行く当て無いならしばらくあたしらん所で一緒に配信やってれば良いでしょ」
「なんでそうなるの!?」
「ほら、配信してれば視聴者の中にルキファスさんの事知ってる人とか現れるかもしんないし」
「そ、それはそうかもしれないけど······いやっ、私達みたいな弱小チャンネルじゃそんな展開にはならないよ!」
「弱小チャンネルですってー?! こ~の~っ、自虐ネタは禁止よ~!」
バタバタと絡み合う姉妹を見て、ルキファスは首を傾げっぱなしであった。
お疲れ様です。次話に続きます。




