9──町に驚く魔王
「──て訳で予定より少し早く帰る事にしました。また来月の週末にでも遊びに来ます。リブルとラヴィ、っと」
手紙を書き終えたリブルがそれをテーブルの上の目立つ位置に置く。
「お祖母ちゃんに見つかると色々騒ぎになりそうだし、今の内に行っちゃおうっか」
「まったく、何考えてんだろう······もしもの事とかあったらどうするんだろう。この人が記憶喪失なのか、それを演じてる不審者なのかも分からないのに······そりゃあ、ちょっとカッコいいけどさ······」
ブツブツと文句を言うラヴィにはお構い無しにリブルが荷物の入ったリュックを背負う。
「ささ、善は急げ。帰ろう、我が家に」
「もう、知らないからね······」
まだ納得のいかない妹と、まだこれからの事をイマイチ理解していないルキファスを連れてリヴルは家から外へ出た。
家の裏側を回るようにして歩き、小さな道を行く。似たような家がポツポツと点在していた。
「ルキファスさん、改めてあたし達の事を話しとこうかな。記憶喪失で今までの事は忘れてても、言葉が分かるならこれからの事は理解出来るもんね」
「何の話かは分からんが······いいだろう、話せ」
リブル達にはさほど興味の無いルキファスであったが、今は情報を集め、周囲の状況を把握する事が先決だと考えていた。
「あたしとラヴィは二人で隣町のプロロル町に住んでるんだ。マンションの一室を借りて二人暮らし。あ、パパもママもちゃんと居るよ。でも、離れて暮らしてるんだ。今の時代、学生になったら独立して暮らす事くらい当たり前だもんね。で、あたし達は姉妹で“ダイバー”やってるんだ。アレグリアって事務所に所属してて、始めて二ヶ月で登録者8000人! 凄いっしょ! ここまでで何か分からないとこあった?」
「ある」
「ほいほい、何が分からなかった?」
「マンションとは何だ? ガクセイとは何だ。ダイバーとは何だ。アレグリアとは何の事務所だ。トウロクシャとは何だ」
「ほぼ9割分かってないやないかーいっ!」
ビシっと空気を手刀で切るリブル。
「うう、アレグリアと登録者は分からなくても、マンションと学生が分からないなんて······これはかなり重症ね」
「質問に答えろ小娘。お前のその奇妙な言葉の意味を一つ一つ説明しろ」
「態度悪っ! 何様のつもり? あ、魔王様のつもりだったわね。はいはい、魔王様、丁寧に説明いたしますーっ、だ!」
仕方なく日用用語のいくつかを説明していくリブル。
自分にとっての常識を他人に伝えるのは意外に難しいものだが、丁寧な説明によりルキファスも少しずつ理解を深めていった。
「ふむ。人間どもが親族や赤の他人関係なく同じ建物に住むのがマンション。宿のような物か。そして、学生とは学校という施設に所属する人種を示し、学校とは未成熟な人間どもを育て上げる教育機関」
「ちなみに、学生は幼少等級と中等級、そして高等級に別れていて、私達は中等級に分類されます」
「年齢別に分けてると言ったな。貴様らは16歳だったのか」
「そっ。花も恥じらう乙女よ」
三人の前方にバス停が見えてきた。そこに立ってバスを待つ。
「んで、ダイバーってのはあたし達みたいにダンジョン中継を主にしてる配信者のこと。『ダンジョン・ダイブ・ライバー』の略ね」
「そのチュウケイだとかハイシンとは何だ?」
「えっと、つまり······」
ラヴィによる丁寧な説明がなされたが、ルキファスはあまり飲み込めなかった。現代機器の全てを知らないから当然ではあるが。
「よく分からんが、貴様らの持つそのマイフォンとかいう水晶板は遠くにいる不特定多数の人間と視界や音を共有して同時に体験でき、そういった活動を生業とするのが配信者とかいう存在か?」
「そっ! そーいうこと。なかなか理解力あるじゃん」
「それで、そんなダイバーはたくさん存在していて、私達含む何人かが同じチームになってるんです。そのチーム名がアレグリアって言うんです」
「チームって言うか所属してる事務所だけどね」
話してる内にバスが向こうの道からやってくる。
それを見たルキファスが目を見張った。
「ぬ? なんだあの馬車は」
いやに四角く、無骨で装飾もほとんど無い味気ない馬車。さらに驚くべき事に馬の姿が見えない。
まるで一人でに走ってるかのようなその不思議な乗り物が目の前に停まる。
「馬はどこで引いてるのだ?」
「馬車じゃなくてバス。お馬さんは競馬場で一生懸命走って今日も皆にロマンと絶望を与えてるよ。ほら、乗るよ」
リヴルに続いて中へと足を踏み入れるルキファス。そこは想像以上に広くて明るく、整った空間であった。
「ほう。これはまるで部屋だな」
「あ、あの。ルキファスさん、私も乗りたいので早く進んで頂けると······」
ラヴィも乗り込み、バスが動き出す。
静かな立ち上がり、小さな揺れ。しかしカーブでかかる遠心力にルキファスが不思議そうにする。
「ふむ。本当に馬は居ないのだな。すると、あのひなびた御者のじじいが念力で動かしてるのか?」
「あのおじさんは運転手さん! 念力じゃなくて動力! もうっ」
窓の外を流れてく風景をルキファスはじっと眺めた。
「ほう、なかなかの速度だ。これは面白い。が、馬も居ないとは面妖な······」
「ねえ、もっと声を落としてよ。恥ずかしいからさ······」
妙な事を口走るルキファスを、他の客達が奇異な眼差しで見ていた。
景色は段々と森や畑から大きな道路や高い建物へと変わっていき、町の景色となっていった。
アスファルトやコンクリート、プラスチック。自動車に信号。
「なんだこの町は······風変わりな趣向の建物や舗装で出来ているようだが······」
「いや、一般的でしょ。どこにでもある小さな町でしょ」
バスが目的地で停まり、リヴル達含む乗客の大半が降りる。ルキファスもラヴィに背中を押されて降り、不思議そうに周囲を見回した。
「ほーう。緑が少ない。土や砂の埃っぽさもない。家畜小屋も見当たらん。しかもあの高い岩のような四角い建物は······?」
「はいはい、魔王様。人間界見物はまた今度にしましょーねー。早く電車に乗るよ」
リヴルに急かされ、歩き出すルキファス。三人が降りたのは駅前であった。
エスカレーターを見て驚くルキファス。
「ぬっ?! 足元が動いている。土魔法を常にかけて動かしているのか?」
「足元に気をつけてくださいね」
スムーズに上がっていくエスカレーターに感心するルキファス。降りる時には姉妹の介助が必要であったが、改札も潜りホームへ下りて、ちょうど来た電車へと乗り込む。
快速に走る車窓から、町並みの風景を眺める魔王。彼の頭の中はこんがらがっていたが、とある仮説がよぎっていた。
(もしや、俺は自分の想像以上に長く封印されていたのでは······。ここは幻覚の世界などではなく、遠い時間の先、つまり未來だとしたら?)
長く生きたルキファスはよく知っていた。人間の文明とは数百年で大きく前進するものだと。
(ここは未來なのか? これだけの大都会を人間どもは築き上げたというのか?)
見知らぬ魔道具の類いも、自分の知らない技によって編み出された道具なら説明がつく。
(もしや······)
『次はミネール駅。ミネール駅。お降りの方はお忘れ物の無いよう······』
「あ、そろそろ着くよ」
深みにはまり始めた思考をリヴルの明るい声が中断させた。
お疲れ様です。次話に続きます。




