7──魔王、民家へ
「さて、と······」
「お、お姉ちゃんっ、本気?」
「当然。配信者たるもの、どんなハプニングも物にしてバズに繋げなきゃ」
「で、でもっ······」
まだ何か言いたげなラヴィを押し退け、リヴルがルキファスへ声を掛ける。
「ねえ、お兄さん。今時間ある?」
そう呼び掛けると、ルキファスはただ顔をしかめただけだった。
「家に帰る前にさ、あたし達の家来ない? あ、家って言ってもお祖母ちゃんの家だけどね。この近くにあるんだ。そこでさ、ちょっと取材させてよ」
「シュザイ?」
ルキファスは少し考えた。
(こいつらの様子は妙だ。俺を恐れんとはただ者ではない。しかも、敵意もない。まさか、狂信者か?)
魔王として君臨していた時も物好きな──と言うより狂った人間達は居た。人間でありながら魔王を崇拝する世捨て人達が。
目の前の二人もその類いかもしれないとルキファスは考えた。
「······よし、いいだろう。案内しろ」
「む。お兄さん、態度悪いね。まあ、いいけどさ。あ、改めてあたしはリヴル。こっちは双子の妹のラヴィ。よろしくね」
「······」
「ほら、ラヴィも挨拶しなよ」
「ラ、ラヴィです······」
ルキファスは二人をジロリと見ただけで何も言わなかった。
「ささ、それじゃあついてきて。ほら、ラヴィ帰るよ」
「う、うん」
「······」
その場から歩き出す三人。
リヴルは歩きながらルキファスに話し掛けてきた。
「ねえ、お兄さん。ルキファスって本名?」
「当たり前だ。なぜ偽らなければならんのだ」
「んー、だって神話の魔王?の名前とおんなじなんでしょ? コメントに書いてあって思い出したよ。たしか、古文書にある魔王の名前だよね。よくそんな中二······勇気ある名前つけたなーって」
「古文書だと? なら、昔も俺と同じ名前の魔王が居たのか?」
「さあ? だってあれって神話でしょ? つまり、本当にあった事じゃない。神話に出てくる話ってさ、何か、災害とか戦争の比喩だって言うじゃん」
「???」
ルキファスは混乱していた。何故か話が噛み合わない。
(もしかしたら俺は既に罠にかかってるのかもしれん。幻覚か何かを見せる魔法とか、な)
それがしっくりきた。
「あんな所に居たなんて、お兄さんはあたし達の視聴者?」
「? いや、多分違う」
「なら、もしかして同じ配信者とか?」
「ハイシン?」
よくは分からない単語であったが、相手がどうやら自分の事を同類か何かと勘違いしてるようなのはルキファスにも理解出来た。
(ここは少し探りを入れてみるためにも肯定しておくか。こいつらの正体は分からんが、俺が人類の大敵魔王ルキファスだとは気づいていないようだしな)
「ああ。まあ、そんなとこだ」
「へえ! そっか同業者かー。事務所はどこ? どこ所属?」
「いや、所属は······」
「あ、フリー? へえ、凄いね。ところでさ、その格好とか物言いとかキャラ作りしてんの?」
「キャラ?」
「あ、いいのいいの。このご時世、話題に上がるためには個性的なキャラが必要だもんね。貴方もそうやって苦労してんだねえ。分かるよ」
「······よく喋る娘だな」
リヴルの話に適当に相づちを打ちつつも、ルキファスは油断なく、幻覚の可能性を考慮して魔力の流れなどを探った。
やがて、獣道と変わらない山道が小さな私道へと変わった。
「あ、戻ってこれた。さ、ここからは道を歩けば良いだけだから」
「貴様らはここの土地の人間か?」
「ううん。あたし達は隣のコミュン(いわゆる県や州などの街の単位。近代になって定められ始めた)に住んでてね。今は豊穣期(いわゆる夏休み的な長期休暇。夏の終わりから秋の中頃にかけての休み)じゃん? だからお祖母ちゃん家に遊びに来てたんだ。そしたらさ、お祖母ちゃんが裏山にダンジョンっぽい穴があるーなんて言い出すから、これはバズの予感って思ってさっきのダンジョンにラヴィと行ったわけ」
「??? 貴様の話はよく分からんな······それはこの土地特有の方言なのか?」
「いやいや、バリバリの都会っ子ですけど」
話してる内に森の木々は薄れ、明るい野原のような庭と、家が見えた。家は昔ながらのレンガや藁葺きで出来た田舎の古民家であったが、ルキファスからすると親しみのある物であった。
(ふむ。なかなかの家だ。最新の建築技術だろう)
「こんな所に人間の家があるとはな」
「凄いっしょ。お祖母ちゃん家って町の文化財にも指定されてるんだ。なんたって五百年近く前の家なんだから。まあ、リフォームくらいはしてるけど」
「ほう?」
五百年も保たれる家の話はあまり聞いた事がない。ルキファスは感心した。
「昔ながらの野苺ジュースあるよ。美味しいよ~」
「お、お姉ちゃん、本当に家に上げるの?」
「もちろん。外で話したってしょうがないじゃん」
「で、でも······」
「それじゃあえーっと、ルキファスさん。中へどぞー」
「······」
なかなかに大きな家であった。リヴルが木の扉を開ける。
木の温かみに満ちたインテリア、小さな窓からの明かり、石の湿った空気。
古き良き昔の面影がそこにはあった。
しかし、中には見慣れない物も。
「ん? おい小娘」
「あたしはリヴルっ。ちゃんと自己紹介したでしょ?」
「あれは何だ?」
と言ってルキファスが指差す物を見てリヴルがはぁ?と眉をひそめた。
「冷蔵庫に決まってんじゃん」
居間の隅に置かれた長方形に縦長な箱を見つめるルキファス。
「変わった石柱だな。しかし、レイゾーコ?」
ルキファスは次に棚の上に置いてある物を指差した。
「おい、あの薄い板は何だ?」
「テレビに決まってんじゃん」
「これは?」
「時計よ」
「あれは?」
「電子レンジ」
「そこにあるのは?」
「あたしのゲーム機!」
癇癪を起こしたように声を上げるリヴル。
「もう! 何のこだわりか知らないけどさっ、今は撮影とかしてないんだからキャラ作りは止めてよね!」
怒りながら冷蔵庫を開け、コップを三つ出すリヴル。
「オンオフくらいは切り換えてよ。その、どんなキャラ目指してるか知んないけど一々付き合えないよ」
ラヴィとルキファスにジュースの入ったコップが渡される。
(ふむ。身体も本調子ではない。とりあえず飲んでおくか)
魔王は長く食わなくても死にはしないが、食物からも魔力は生成出来るので、渡されたジュースを飲む事にした。
「······む? やけに冷えてるな」
「そりゃ冷蔵庫に入ってたんだもん」
「それにしても、このコップはガラスか? こんな民家によくそんな高級な物があるな」
「ちょっと! 田舎の家バカにし過ぎでしょ! あるわいっ、ガラスのコップくらい!」
ルキファスは部屋中を見回した。見慣れた物と、見た事の無い物が入り混じってる空間なのだ。
「ふー。ともかくさ、ルキファスさん。これも何かの縁だしlane(マイフォンに搭載されている機能。音声通話による連絡、文章による会話が可能)交換しない? お互い配信者同士コラボとかも出来るよ?」
「お、お姉ちゃんっ!」
それまで距離を置いて警戒していたラヴィが声を上げる。
「そんな簡単に個人情報渡しちゃ駄目だよ!」
「いーじゃん。というかお祖母ちゃん家は教えちゃったんだし。今更じゃん?」
「あ~、もう!」
「······何だそれは?」
「え?」
ルキファスが怪訝な顔のまま言う。
「そのレーンとかいうのは何だと聞いてるのだ」
「何って······え、マイホくらい持ってるよね?」
「それが何かは知らんが、俺の持ち物はこの服のみだ」
「えっ、嘘?!」
リヴルとラヴィが顔を見合わせる。
「も、もしかして、この人は配信者でも何でもなくて浮浪者なんじゃ······」
「う、うん······」
太古から甦った魔王などとは知らず、目の前の男のせいで困り果てる姉妹であった。
お疲れ様です。次話に続きます。




