6──不思議な姉妹、不審な魔王
声は二つ。それが段々と近づく。
「やめようよ~っ。あんな所戻りたくないよ~!」
「だまらっしゃい! あれがなきゃ今後の配信に支障が出るでしょうが!」
「新しいの買うからいいもん!」
「お金が無いの!」
争うような声が近づいてくるのをルキファスはじっと止まったまま待った。
すぐに、近くの茂みがガサガサと揺れた。
──バサッ──
「えっと、ここだったわよ、ね······?」
「······」
現れたのは少女であった。10代半ばくらいで、少し幼さが残っている。
「どうしたのお姉ちゃん?」
また一つ茂みから顔が覗く。これまた少女で、年は同じくらい──というより、よく似た顔であった。
「······え? だ、誰?」
「それはこちらのセリフだ小娘ども」
ゆらりと二人を正面に見定めるルキファス。
「まさか俺様を迎え撃つのがこんな小娘二人という訳ではあるまいな?」
「な、なにこいつ?」
最初に顔を出した方の少女が動揺する。
「え、え? 不審者?」
少女の視線がルキファスに這う。警戒心と好奇心の交わった視線であった。
後ろの少女は怯えたように、その背に隠れて僅かに顔を覗かせていた。
「お、お姉ちゃん······」
「······下がってなさい、ラヴィ」
少女──リヴルが一歩前へと出る。手には護身用の筒を握りしめている。
「え、えーっと······。オホン。どーもー、アレグリア所属のダイバー、リヴルです。お兄さんはもしかしてファン、とか?」
「アレグリア? ダイバー?」
ルキファスが眉を寄せる。
「そんな名前の騎士団なんかあったか?」
「キシダン? えっとー、あー、お兄さん、あたし達の視聴者ですか?」
「???」
ルキファスは困惑した。目の前に居るのは確かに人間だ。人間なら自分の姿を見た瞬間、恐怖に怯えてすくむか、あるいは敵意を剥き出して攻撃体勢に入るかのどっちかであるのが普通だからだ。
例え子供でも、直接見た事のない人間であったとしても。ルキファスの姿は噂や見聞で嫌になるくらい知っているはずだ。
しかし、目の前の少女リヴルはそのどちらとも違った。警戒こそしてるものの、魔王として見ている気配が全くしない。
(何かの作戦か? 俺の油断を誘うための罠か?)
「あっ!」
と、そこで。リヴルの背中に隠れるようにしていた少女、ラヴィが声を上げた。
「その手にあるのは······」
「うん?」
ルキファスが、自分の手にあるマイフォンに視線が刺さるのを悟る。
「そ、それ、私のマイフォンじゃないですか?」
「貴様の?」
ルキファスが訝しげに顔の高さに掲げる。
「この得体の知れん板は貴様の物か?」
「あっ、配信画面が映ってる! それ、私のなんですっ、返して下さい!」
「······」
ルキファスは返すかどうか判断に迷ったが、相手の出方が気になっているので一先ず渡す事にした。
「そら」
「わわっ」
無造作に投げられたのを慌ててキャッチするラヴィ。画面をタップして、何も壊れてない事を確認するとホッとため息を吐いた。
「よ、良かった~、壊れてない」
「ほんと? 良かったわ~。新品なんか買う余裕は無いからね」
「······」
喜ぶ二人の姉妹を眺めてルキファスは一人静かに考えた。
(妙だな。この二人、魔力の反応が極端に小さい。あの手にある道具と、もう一人の腰にある道具の二つからは僅かに魔力を感じるが、全く大した事はない。こんなのが俺を待ち伏せしていた刺客か?)
「わっ、コメントすごい! 高速で流れてくよ!? えっと、『その人誰?』『何そのキャスト?』『同じ事務所の人?』『演技上手いね』······。ち、違うよっ、ヤラセじゃなくて本当に知らない人です!」
「み、みんな! あたし達に何かあったら警察に通報よろ!」
訳の分からない言葉を喚き散らす二人にルキファスは眉をしかめた。
(まあいい。放っておいてもさして問題のなさそうな小虫どもだ。それより、我が軍の現状を確認せねば)
姉妹には興味を失い踵を返すルキファス。
背を向けて歩き出す彼にリヴルが慌てて声を掛ける。
「あっ、ちょちょっ、ちょいとお兄さん!」
「······俺の事か?」
「そうだよ、お兄さんしか居ないじゃん」
リヴルが歩み寄る。
「お兄さんは結局何者? ラヴィの······妹のマイフォンをどこで見つけたの?」
「あの板か? 台座のある部屋だ。聖剣と一緒に落ちてた」
「せ、聖剣?」
戸惑うような表情を浮かべるリヴル。
「あ、あのー······お兄さんもあのダンジョンに入っていたんですか?」
「ダンジョン?」
「ほら、そこの」
リヴルの指差す方向には、さっき出てきた封印区画への入り口があった。
「あそこに入ったの?」
「? 俺は出てきたんだ」
「はい? 出てきた?」
ますます混乱するリヴルであったが、とりあえずこんな質問をした。
「えっとー。お兄さんのお名前は何て言うんですか?」
「なに?」
これには逆にルキファスも困惑した。まさか自分の事を知らない人間が居るとは思ってもみなかった。
(相当な田舎娘のようだな······)
ならばここで震え上がらせてやるかと、ルキファスは名乗る事にした。
「いいだろう小娘。よく覚えおくがいい」
「え? 小娘?」
「この俺の名は······ルキファスだ」
「ルキファス?」
しかし、せっかく名乗ったにも関わらず、相手の反応はイマイチであった。
「へえ、ルキファス······。なんか変わった名前だね」
「なに?」
相手の予想外な言葉に流石の魔王も虚を突かれた。
「貴様、俺の名を聞いても恐れないのか?」
「え? なんで?」
「なんでも何も、貴様らにとっては恐怖であり天敵たる魔王だぞ」
「はい?」
リヴルが目を丸くする。そんな姉を
「お姉ちゃん、ちょっと、ちょっと」
と、少し後方へ下がったラヴィが手招きして呼んだ。
リヴルは迷うようにルキファスとラヴィを交互に見ていたが「ちょっと待ってて!」と言って妹の元へ馳せた。
「ね、ねえ。あの人なんだか変だよ?」
ラヴィが声を潜めて言う。
「格好とか雰囲気もそうだけど、何て言うのかな······物言いというか、言動が変というか······」
「そうね······」
リヴルもヒソヒソと応える。
「なんかちょっとアレなのかも」
「アレ?」
「ほら、アレよ。中二病とかいうやつ。だって自分のこと恐怖の魔王とか言ってんのよ?」
「見た目は大人だけど······」
二人はチラリとルキファスを見た。当の本人は苦い顔で何か考え込んでいた。
「どうするの? 警察に連絡する?」
「そうねえ······」
考えあぐねたリヴルが配信画面を見ると、様々なコメントが飛び交っていた。
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:greencha・『魔王wwwwwww』
:チェックメイド・『恐怖の魔王wwwww』
:tissuekenja19・『魔王様ーーwwww』
:婚約破棄おじゃる令嬢・『魔王様は草』
:摂氏50℃のゴミ箱・『イタタタwwwwwww』
:芋のポテト・『ルキファスって確か神話の魔王だっけ?』
:操之命大神・『これは神回wwww演技上手すぎ』
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「············そーだ!」
画面を見ていたリヴルがパチっと指を鳴らす。
「ねえラヴィ。あのお兄さんさ、とりあえず連れてかない?」
「ええ?!」
すっとんきょうな声を上げる妹。
「な、何言ってんの?!」
「だって、ほら。コメント欄めっちゃ盛り上がってんじゃん。あのお兄さん、どこの誰かはまだ分かんないけどさ、もしかしたらあたし達の配信を盛り上げに来てくれたファンかもしんないじゃん」
「そんな都合良い話ある訳ないじゃん! 絶対不審者だよ!」
「まあ、いーから、いーから。そうだ、オフレコにしとけばタネ明かしとかしてくれるかも」
リヴルがカメラに向かって手を振る。
「みんなーっ、今日の枠はここまで! またすぐに配信予約するからツブヤイター確認してね! とりあえず、あの謎の魔王を名乗る青年を尋問しまーす!」
言いたい事を言い、リヴルが配信を終了させた。
お疲れ様です。次話に続きます。




