5──拍子抜けの襲来
深い縦穴の底から上へと舞い上がっていく魔王ルキファス。
「フハハハハハハハッ! ハーッハッハッハッ! ククククっ! この俺様の力を侮ったな人間どもよ! すぐにまた力と恐怖によって全てを支配してやるぞ!!」
喜びと昂り。そして、これから始まるであろう巨大で壮大な聖戦に魔王の鼓動は高鳴っていた。
(クククク。かなりの封印を施したようだが、俺は破ったぞ。だが、人間どもも油断ならない奴らだ。きっとそれを見越して何らかの対策はしてるだろう)
ルキファスの身体に流れる魔の血が騒いでいた。
いくら封印を施そうと、破られる可能性は0ではない。
ならば、人間は復活した魔王を迎え撃つ用意をしているはずだ。
例え再び目覚める事はあっても、二度と好きなようにはさせないだろう。
もう一度打ち倒すために万全の準備を整えて待ち構えているはずだ。
となれば、深淵から脱した瞬間壮絶な戦いになるだろう。
全力と全力。魂と魂のぶつかり合いが繰り広げられるのだ。
大地は荒れ、海は裂かれ、空は泣くだろう。
そう考えては、堪えきれずに高揚した笑みを浮かべるルキファスなのであった。
(人間どもめ、どんな仕掛けを用意している? 爆薬でも仕掛けてるか? それとも槍が天井から降ってくるか? 岩が雪崩れてくるか? 魔方陣に入った途端、雷撃か炎が襲ってくるか?)
これから起こるであろう人間達からの熾烈な攻撃を想像しては気力と魔力が身体の底から湧いてくるのである。
縦穴の中には激しい乱気流が渦巻いていた。長い間沈黙していた空間に突如として亀裂が入り、空間内の圧力が激しく変動したためであった。
内壁が崩れてゆく。あちこちで崩落が始まっていた。
頭上に落ちてくる岩を手で砕きながら、凄まじい眼光を瞬かせるルキファス。
「これが仕掛けか? こんな温くはあるまいっ、人間どもおお!」
とてつもないスピードでさらに上昇していく。
暗闇の中さえ見透かす魔眼が、天井を見つけた。
「ぬう?」
ルキファスが止まる。穴はそこで終わっていた。出口は無い。
「深淵の口を塞がれたか。まあ、当然ではあるが······」
しかし、見回してみると、すぐ近くの岩肌に明らかな人工物があった。美しく整えられた壁だ。
「なるほど。ここから塞いだわけか」
壁にスッと手をつけるルキファス。
「フンッ」
──ズドオオオンッ──
壁は呆気なく破壊され、大きく穴が空いた。
そのまま穴へと入るルキファス。中は空洞になっていた。
「なんだここは。部屋か?」
そこは正方形の小さな部屋であった。辺りを見回すと、見覚えのある物と見慣れない物の二つが床に落ちているのに気がついた。
「これは······」
まず見覚えのある方を拾うルキファス。
それは美しく研ぎ澄まされた一振の剣。かつて、自身を打ち倒した伝説の聖剣であった。
「おのれぇ、忌々しい剣だ。が、妙だな。なぜここに置いてあるのだ?」
近くには台座があったが、剣は床に落ちていた。
「?」
聖剣は魔王を倒すための切り札の一つだ。
それが、誰の手元にもなく床に無造作に落ちている事にルキファスは首を傾げた。
「······まあ、いい」
その刃を掴んで折ろうと試みるが、逆に自身の手が焼けただれた。
「チッ」
以前にも破壊しようとしたが叶わなかった。ルキファスはすぐに諦めて投げ捨てた。手は何事も無かったように元に戻っていた。
「······さて」
ルキファスはもう一つの、見慣れない物の方へと歩いた。
そこには光を放つ小さな板のような物が落ちていた。
「何だ、これは······?」
訝しげに拾い上げる魔王。
その板は小さな景色を映し出していた。
「なっ······これは······水晶のような物か?」
そこには、どことも知れない森の中の景色が映し出されていた。景色は絶えず動いて揺れていて、洞窟らしき穴や少女の姿を映し出していた。
「ふうむ。これほどまでに軽量化した水晶があるとは。人間どもが作ったのか?」
他にも細かい文字が浮かんでは消えていくのも見受けられた。
「ぬっ? これはどういう仕組みだ。手記が次から次へと生まれていく?」
文字の大半は人間が使っている物として読めたが、いくつかは聞き慣れない単語や知らない文字で、全てが理解出来た訳ではなかった。
「なになに······『マジデヤバカッタ? ケイサツニレンラクシタホウガヨクナイ? カミカイナノカ、ヤラセカ』なんだ、これは」
読めても内容はよく理解出来ないルキファス。
「······興味深い魔道具だ。よし、念のために持っておこう」
それをそのまま手にして再び周囲を見回すルキファス。
すぐ目の前に開け放たれた扉があるのに気がついた。
「む?」
足から細かい振動が伝わる。封印区画を破壊した事によって深穴を支える地盤が崩れ始めたのだ。部屋中に細かい亀裂が生じる。
「このまま崩落しそうだな。まあ、いい」
勇者の剣に一瞥だけやると、ルキファスはそのまま部屋の外へと出た。
廊下にもあらゆる魔法を込めた呪文や術式が施されていたが、全て効力を失っていた。
(おかしい。まるで外から封印を解いたかのようだ。しかし、そんな事はありえん。一体どういう事だ。何かの罠か?)
罠なら罠で蹴散らすまで。ルキファスは一人で不敵ににニヤリと笑った。
背中に崩落の音を感じながら廊下を進んでいく。途中途中に扉があったが、全て開放されていた。
(まるで外から開いたかのようだな)
流石に様子のおかしい状態にルキファスも思考を巡らした。
彼が第一に考えたのは手下の存在。
(そうか。もしかしたら僕の誰かが俺の封印を破ったのかもしれん。十分あり得る。それに、この不可解な状況にも納得がいく。が、それでも解せぬのは、当の僕が見当たらん事だが······)
最もしっくりくる話だったが、それでも何か府に落ちない魔王なのであった。
しばらく進むと、遠くに小さな光が見えた。地上への出口だ。
「ふむ。襲撃は無し、か」
ならばきっとあの出口に何かあるに違いない。ルキファスはそう踏んだ。
──ゴゴゴゴゴゴゴ──
既に崩落は今まで歩いて来た通路にまで及んでいた。ルキファスが封印されていた祭壇はもちろん、聖剣の落ちていた部屋も全て埋もれてしまった。
光へ歩いていく魔王。やがて、地上への入り口が大きくなり──
「むう······」
世界が明るむ。
青々としげる森の中、自然の生き生きとした息吹きと、葉の屋根を貫いて足下に滴る木漏れ日。土の香りとそよぐ風。
それは地上の美しい空気であった。
「ぬぬ。相変わらず居心地の悪い世界だ」
呟くルキファス。
今ここに、古代の魔王が再び地上の日の光を二千年の時を経て浴びたのであった。
復活は果たした。
しかし、これからどうすべきか。
ルキファスが首を捻る。
「しかし、何も攻撃が無いとはな。どうするか······」
と、その時であった。
『ちょっとー! なんでマイフォン落としたの早く気がつかなかったのよ!』
『しょうがないじゃん! いきなりあんな声聞こえるんだもん!』
『もう! 今月厳しいんだからね! 新しいのは買えないから!』
『やだやだー! 戻りたくない!』
『いいから探しに行くの!!』
「?」
若く、忙しない声が魔王の耳に入ってきた。
お疲れ様です。次話に続きます。




