55──姉妹の仲違い
『ジュルルル······』
「はっ、はっ、はあっ······」
「はあ、はあ、はあ······」
姉妹をしつこく追い回していたスライムは、ボロボロに削れ、元の半分程の大きさになったところでやっと動きを止めた。
ジェル状の体から淡い光が失せると、その場にゆっくりと溶けるように平たくなっていった。
「か、勝った、の?」
「と、止まった?」
上がった息を整えて顔を見合わせる姉妹。その後ろで魔王の淡々とした声が答える。
「死んだ。もうそいつは襲ってこない。貴様らの勝ちだ」
そう述べてから、冷たい言葉を紡いだ。
「こんな雑魚ごときにその無様な体たらくとはな。人間どもは本当に弱体化したようだ」
そんな心無い言葉にも反応する余裕すらなく、リヴルがガクっと膝に手をつけて肩を落とす。
「や、やばかった~······まさかあんな強いスライムが居るなんて······」
「こ、恐かった~······」
スライムなど、昔の人間なら子供でも余裕で倒せた。
ルキファスはそんな事を考えながら、改めてこの時代の人間の弱体化を目の当たりにした。
「っ! 出ようっ、お姉ちゃんっ!!」
「え?」
息を荒くついていたラヴィが意を決したように言った。
「ここ、やっぱりヤバいよ! 普通のダンジョンじゃない! 明らかにおかしいもんっ! あんなスライムの親玉みたいのが居るなんて!」
「ちょ、ちょっといきなりどうしたのよラヴィ」
かつてない妹の剣幕にリヴルが戸惑う。
「落ち着きなって。ほら、スライムはもう倒したんだから」
「ギリギリだったよ! もしかしたら、あとちょっとで私たちっ······」
「まあまあ、あたし達ならどんな相手でもいけるって」
リヴルは何時ものように軽く流すようになだめたが、ラヴィは何時もと違って食い下がった。
「ここ、変だよ! 入った時から思ったの。ここは普通じゃない! 嫌な感じがする······!」
「そりゃあラストダンジョンだからね」
茶化すような答えを返すリヴル。しかし、彼女にも妹の言わんとしている事は分かっていた。
何か違うのだ。それが何なのかは本人にもハッキリとは分からなかったが、カンが告げていた。
『ここに来てはいけない』と。
それは、久しくなまってしまった人間の第六感、あるいは原始的な本能とも言えるものであった。
しかし、だからと言ってリヴルはここで戻るつもりなどなかった。
やっと掴んだチャンスなのだ。それも、普通の人間なら努力しようとも掴めないような。まさに幸運としか言い様のない、そんなチャンス。おそらく、もう二度と同じ幸運は訪れないであろう、と。
リヴルはダイバーを始める前からゲーム実況などの活動をラヴィにも内緒で一人でやっていた。
彼女は、ネットで自分らしく自由に生きるインフルエンサー達に憧れ、自分も同じ存在になるのを夢見ていたのだ。ショート動画なども手掛け、夢を追い求めていた。
しかし、それらは全くと言っていいほど注目されず、リヴルの努力は誰にも気にも留められず、情報の瓦礫の中に埋もれていった。
そんなある日。彼女は『ダンジョンダイブ・ライバー』に目をつけた。今最もホットなジャンルであった。
リヴルとラヴィ姉妹は幼い頃より魔力が周りの人間より抜きん出て強かった。
今となっては、魔法の力の大小など、個人によってそこまで優劣の出るものではなかったが、姉妹は違った。明らかに周りの人間より優れていた。
そこでリヴルはラヴィを無理やりに誘ってダイバーになる事にした。事務所に応募し、双子の姉妹である事と現役女子学生である事と魔力が強い事が買われ、無事にダイバーになれたのだ。
それはゴールではなく、スタートであった。リヴルにとっての、夢への入り口であった。
そんな彼女にとって、この数日間の急激な成長はそれこそ夢のようだった。
『この勢いだけは手放したくない』
リヴルの中で強い意志がそう叫んでいた。
「お姉ちゃん、戻ろう! 今ならまだ引き返せる!」
「······なーに言ってんのラヴィ! あんな凄いスライムが居たダンジョンなんだよ?! これはもう撮れ高爆盛りの神回になること間違いないじゃん!」
自身の中にもある不安を押し込めて、リヴルは強がりながらそう言った。
「やっぱここに来て正解だったわね! これなら今回の放送だけで登録者4万、いや5万人いっちゃうんじゃない?」
カラカラっと楽しげに笑う声。しかし、ラヴィの顔は全く晴れなかった。
むしろ──
「真面目に聞いてよ! 本当に、ここはやめた方がいいんだって!」
「何を言ってんの! こんなチャンス二度と無いよ! あたしらはこの神回で更なるステージに駆け上がるんだから!」
「そんな事言ってる場合じゃないよ! だって、私は別にそんなことっ興味ないもん!」
「な、何よそれ!」
その言葉に、リヴルは自分でも驚くくらいに声を荒げた。
「あんたそんな事言って何様のつもり?! 沢山の人があたし達の事をこんなに応援してくれてるのに、どうでもいいっての?!」
「わ、私が言いたいのはそういう事じゃなくてっ······!」
「こんなに頑張ってきて、こんなにラッキーなチャンスに恵まれているのに、何でそんな事言うのよ! どうしてそんな何もかもぶち壊すような事言うの?!」
「ち、違うっ······」
言葉を詰まらせたラヴィの瞳がふるふると揺れていた。リヴルがはっとする。
「わ、私はただ、あぶないって······」
そこまで言って口をつぐむと、ラヴィは突然背を向けて走り出してしまった。
「あっ! ラヴィっ!」
リヴルが呼び止めるが、ラヴィは構わずにそのまま元来た道を走って行ってしまった。
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:芋のポテト・『大丈夫か?』
:Cityビースト・『これトラブル?』
:妹推し紳士・『ラヴィちゃん!!』
:リヴルちゃんすこすこ侍・『なんか様子が変だったけど······』
:新月の鷹・『今日は帰った方がいいんじゃ······』
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思わぬ展開にリヴルだけでなく、一連の出来事を観ていた視聴者達も困惑していた。
「ラヴィっ!」
リヴルはもう一度妹の名前を呼んだが、返事は返ってこなかった。
「······」
少しの間、呆然としたように妹の消えた闇を見つめていたリヴルであったが
「ごめん、みんな。一旦カメラ切るね」
と、カメラを切った。配信は続いていたが、画面には何も映らない、聞こえない。
やけに静まり返ったその場で、リヴルは暗い顔をルキファスに向けた。
「どうしよう、ルキファスさん。ラヴィ、怒って行っちゃった」
「そのようだな」
ルキファスは特段なんとも思わないように言った。
「どうやらこの場に残った瘴気を感じ取って恐れを抱いたらしいな。人間にもまだ古の本能が残っていたという事か」
「今はそんな演技してる場合じゃ······いや、ごめん。何でもない」
リヴルは言おうとした言葉を飲み込み、ライトの光をラヴィが走り去った方へ向けた。
「あたし達も帰ろっか。ラヴィ、外で待ってるだろうし」
「貴様らはこの深淵を調べに来たのではなかったのか?」
「まあね。本当は······もっと進みたい気持ちもあるけれど、妹が心配だから」
「······」
静かに歩き出すリヴル。ルキファスもその後に続いた。
「残念だけど、今回は諦めましょう。またチャンスもあるだろうし。その時にルキファスさんにまた里帰りシチュやってもらうから」
「貴様が何の話をしているかは分からんが、別にそれでも構わん。どうせ今日ここへ来たのも気まぐれだ。何時でもいい。どうでもいい」
「そっか」
二人の足音が洞窟の中で孤独に響く。
「ラヴィ、ちゃんと外に出られたかな」
それはどうという事もない言葉であったが、次に返されたルキファスの言葉は意表を突くものであった。
「どうだろうな。それはなさそうだ」
「え?」
思わず立ち止まるリヴル。
ルキファスは淡々とした口調でこう告げた。
「この深淵は生きている。つまり、ただの洞窟ではない。中の道が変化し、入り込んだ者を迷わせる」
「······笑えないよ、その冗談」
そう言ったリヴルであったが。
「あ、あれ?」
すぐにそれが空気の読めない冗談ではないことを思い知る事となる。
お疲れ様です。次話に続きます。




