52──時の流れ
電車に揺られながら、一行はこれかの打ち合わせや確認をしていった。
「シュラヤの駅からもう一本いったココルの駅からなら歩いて10分くらいで着くわね。この分だと······11時くらいには着いて配信スタートよ! ラヴィ、ツブヤイターでお知らせはした?」
「うん。家を出る時にはしたよ」
「オッケー。さあて、魔王様。2000年ぶりの実家配信なんだから、期待してるわよ~?」
「何をだ」
そう聞き返すルキファスにリヴルはふふんっと笑った。
「ふっふ~ん。今までのダンジョンとは違うってこと」
「何が?」
ラヴィも聞き返すと、リヴルはますます得意気に笑った。
「いい? 今までのダンジョン配信では、あたしがルキファスさんに『さあっ、家に帰った感想はどうですか?!』ってナイスパスしても『知らん。覚えておらん。こんなとこ住んでなかった』という、ルキファスさんの無慈悲なカットがあったわ」
「そうだね」
「しかーしっ! 今回はそんな事出来ない! なぜならあたし達が目指すのはラスボスのラストダンジョン、ゼグルの深淵なんだから!」
「お、お姉ちゃん声落として。恥ずかしいよ」
「あっと······」
周囲の視線にリヴルも少し気まずそうにしてからコホンと咳払いした。
「まあ、要するによ。ルキファスさんがどこからこんなネタを拾ってきたかは分かんないけど、今回は自分から言い出したんだもん。きっと凄く詳細に情報を調べて、細かい設定を煮詰めて考えてきたはずだわ」
ルキファスは、その言葉に妙な表情を浮かべて首を傾げたが、何も言わなかった。
「つまりっ! 今回はコメントでやれ打ち合わせ不足だの放送事故だの言われずに済むって訳。きっとルキファスさんが『うむ。この柱に子供の頃からの慎重を記録していったな。これは俺が200歳くらいの時のだ~』とかやってくれるわけ」
「なるかなぁ······」
ラヴィも横目に魔王を伺ったが、当の本人は窓の外を眺めていて、二人の会話には興味が無さそうであった。
やがて、三人を乗せた電車は目的地の駅に着いた。少し小さい、田舎の風味をほのかに残したレトロな駅であった。
「さっ、着いたわよー!」
勇んで降りるリヴル。今日は一段と張り切る姉の姿にラヴィは可笑しそうに笑った。
「お姉ちゃん、気合い入ってるね」
「そりゃそうよ。ラストダンジョンに魔王様を連れて行くんだもの。実質最終回の配信っしょ」
「えっ、ダイバー活動辞めるの?」
「やーだっ、辞めるわけないじゃーん! 例えよ、例え。本当の最終回じゃないわ。内容が最終回と言っても過言じゃないって、それだけの事よ」
そう言いながら、リヴルはちらりとルキファスの方を見やった。
ルキファスは小さなホームからやはり景色を眺めていた。
「それにしても。ルキファスさんが行きたいなんて言うダンジョンなんてねえ。これはバズの予感がするわね」
「······ねえ、お姉ちゃん。実際のとこ、お姉ちゃんはどう思ってるの?」
「え? 何が?」
「だから······」
ラヴィはルキファスの方を少し見てから囁くように言った。
「本当にルキファスさんが魔王だったりしたらってこと」
「······」
リヴルは少しの間沈黙した。それは、もう笑い飛ばせない問い掛けであった。
魔王など居ない。あれはあくまで創作物。実在はしない。古い神話に出てくる架空の存在。リヴルはそう思っていた。彼女はロマンを追い求める求道者であったが、その実、物事を現実的に考える冷静な思考もあった。
故に、『もしかしたら魔王って本当に居たのかも』という考えは無かった。
しかし、その考えが最近揺らぎ始めていた。
ルキファスのその言動や物の考え。常人離れした数々の事象がリヴルの理論を壊し始めている。
「······うーん。まあ、何とも言えないけど······いいんじゃない? 別に」
「ええっ? そんな軽くていいの?」
「まあまあ。ラヴィの言いたい事は分かるわよ。確かにルキファスさんってちょっと普通じゃないっぽいし」
でも──とリヴルは続けた。
「魔王なんて居るわけない。これが全てでしょ?」
「それは······うん、まあ」
「仮に。本当に仮に。万が一魔王だったとしても大丈夫よ。だってあたし達に危害を加えようとしないし」
「そんな軽いこと言って······」
リヴルは口ではそう言っても薄々と妙な勘が働き始めている事を自覚していた。
『本物かも』という、突拍子もない事を。
しかし、頭の中の論理が『あり得ない』と否定してくるのだ。
そう。
リヴル自身、よく分かっていないのだ。
ルキファスが何者なのか。仮に魔王だったとしたら自分はどうするべきか。
「でもね、例えルキファスさんが何者であろうと、あたし達のやる事は変わらないわ」
リヴルはそう言ってラヴィに笑ってみせた。
「あたし達はダイバーだもん。ルキファスさんが本物の魔王だったなら、これ以上バズに繋がるようなネタは無いわ! とことん配信に出演してもらって、あたし達のチャンネルを育ててもらいましょっ!」
姉のそんな言葉にポカンっと口を開けたラヴィ。しかし、その後に吹き出すようにして小さく失笑した。
「何それ。お姉ちゃん、心臓に刺生えすぎ」
「ふふん。そうよ、魔王だろうが勇者だろうが、邪神だろうが、どんと来いって事よ!」
はっはっは!と声を上げて笑うリヴルを、周りの人間が怪訝な顔で見た。
離れた場所に立っていたルキファスも不思議そうに首を傾げていた。
駅から出た一行は早速目的地目指して歩きだした。
「えっと、この後30分後に始めます!っと。オッケー、ツブヤイターでも告知したし、後は配信あるのみ」
小さな町であった。閑静な住宅街と、遠くに山の峰が横たわり、小麦の畑があちこちにポツポツとまだ緑色の頭を揺らしていた。
「平和ねー。こんな平和で穏やかな地に悪の居城があるなんてね」
「ここは昔は我々魔族によって支配された地域だったのだ。人間どもは我々に代わって労働に従事し、武器などを作っていた」
珍しく町の話をしたルキファスにリヴルが意外そうな顔をする。
「へー。魔族って地下に住んでたって言ってたじゃん」
「生まれはな。しかし、俺が地上を統一した時代は地上でも栄えていた。人間どもと混じって暮らしていたのだ」
「へえっ! つまり共存してたのね!」
「なに?」
その言葉にルキファスは
「ハッハッハッハッハッ!」
と、珍しく愉快そうに笑った。
そんな魔王の笑いに姉妹は目を丸くした。
「共存か。可笑しな事を言う小娘だ。我らにとって人間どもは奴隷であり家畜。そんなのは共存とは呼べん」
「うっわー、倫理観の欠片もない言葉。正に魔王ね」
「······」
「だが──」
ルキファスはふっと笑いを静めて言った。
「ある意味ではそうだったのかもな」
「えっ?」
伸びやかな空と、緩やかな山を眺めて魔王はしみじみとしたように言った。
「我々は決して相容れない関係だった。だが、互いに存在する事が自然だった。それは、どちらかが不要というものではなく、どちらも必要だったのかもしれんな」
そう語るその眼には、ほのかな哀愁の情が僅かに見え隠れしたが、それは誰にも気付かれる事はなかった。
「今となってはどうでもいいことだがな。現に魔族はほとんど消えたが人間どもはこうして生き長らえている。これが答えだろう」
「「······」」
リヴルとラヴィは、どこか様子の違うルキファスに不思議な気分になっていた。
「勇者の奴が夢見たのはこんな光景だったのかもしれんな」
時が過ぎ、風景は大きく変わった。
しかし、それは同時に。魔王の中の何かをも少しだけ変えたのかもしれなかった。
お疲れ様です。次話に続きます。




